さっさと崩壊してしまえ

鈴雲朱理

さっさと崩壊してしまえ

 死にたい、と私は呟く。

 この場合の「呟く」とは、喉や空気を震わせる行為ではなくて、右手に持った長方形の板の表面を親指でなぞることを言う。そうして私の親指が描いた軌跡は、この便利な板が秘めた複雑な構造と、その先にある目に見えない巨大なネットワークのもとで意味を獲得し、私の荒涼たる心の渇きを媒介する。

 物足りなくて、もう一度呟く。

 死にたい。

 ほんとうは、自殺するつもりなんかないけれど、いや自殺するつもりがないからこそ、私は死にたいと言葉を紡ぐ。死にたくないのに死にたいと言う。その乖離が、その矛盾が、私の生を再認識させてくれる。その背理だけが、私の今を証明してくれる。

 手首を切るのに似ているな、なんて、思ったり、したりして。

 スマホの画面を下から上にスクロールすると、私の数えきれない「死にたい」が溢れてくる。虚空に放たれた無数の「死にたい」たちは、誰に見られることもなく、ただ私のためだけに、私の存在を証明してくれる。

 けれど少しずつ、それでいて確かに、「死にたい」は特別な言葉ではなくなってきた。私が死にたいと呟くたびに、「死にたい」は稀釈され、ありふれた言葉に成り下がっていった。

 だから初めて「死にたい」以外の言葉を呟いてみた。

 さっさと崩壊してしまえこんな世界。

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