さっさと崩壊してしまえ
鈴雲朱理
さっさと崩壊してしまえ
死にたい、と私は呟く。
この場合の「呟く」とは、喉や空気を震わせる行為ではなくて、右手に持った長方形の板の表面を親指でなぞることを言う。そうして私の親指が描いた軌跡は、この便利な板が秘めた複雑な構造と、その先にある目に見えない巨大なネットワークのもとで意味を獲得し、私の荒涼たる心の渇きを媒介する。
物足りなくて、もう一度呟く。
死にたい。
ほんとうは、自殺するつもりなんかないけれど、いや自殺するつもりがないからこそ、私は死にたいと言葉を紡ぐ。死にたくないのに死にたいと言う。その乖離が、その矛盾が、私の生を再認識させてくれる。その背理だけが、私の今を証明してくれる。
手首を切るのに似ているな、なんて、思ったり、したりして。
スマホの画面を下から上にスクロールすると、私の数えきれない「死にたい」が溢れてくる。虚空に放たれた無数の「死にたい」たちは、誰に見られることもなく、ただ私のためだけに、私の存在を証明してくれる。
けれど少しずつ、それでいて確かに、「死にたい」は特別な言葉ではなくなってきた。私が死にたいと呟くたびに、「死にたい」は稀釈され、ありふれた言葉に成り下がっていった。
だから初めて「死にたい」以外の言葉を呟いてみた。
さっさと崩壊してしまえこんな世界。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます