名大電情日記

をれを

夢の土地アトランティス

1

 大学に行きたくないな、

なんとなくそう思った。



 四月七日。大学一年生の春、その初日。大学といえば人生の夏休み、レジャーランドとまで言われる場所だ。受験生の頃に聞いた覚えがある。

 自分の好きな授業を集めて自分だけの時間割を作る。授業を分散させて楽に過ごしたり、逆に偏らせて休みを作ったり。空いた時間はカフェで友達と喋ったりする。高校みたいに髪型と色にケチをつける先生もいないし、制服もない。バイトも自由だから自分で稼いだお金を自分で使える。部活動だけじゃなくてユニークなサークルで遊べるし、そしてなんといっても長期休みは春夏合わせて四か月!一年の三分の一が休み!

 多くの学生が希望に胸を膨らませて、自由を謳歌する場所。それが大学。


 大学に行きたくないとは思ったけど、芽衣めいにだって希望が無い訳ではなかった。むしろその逆で、サークルをやってみたいしバイトも怖いけどちょっとしてみたい、もしかしたら友達もできるかも、と希望を抱いていたが、それゆえに必要な決断も多くなってしまうのだろうと思うと、嫌で嫌で身体が重くなってしまうのだった。

 芽衣は昔から決断が苦手だった。小学校のときは兄の真似をしてクラブチームで野球をやっていたけれど、中学ではどの部活がいいか迷いに迷った末に、結局決められずどこにも入らなかった。

 何かを決めるとなるとついつい周りの目を気にしてしまう。周りはそれほど自分のことを気にしてないと言うけれど、頭ではわかっていてもなんだか恥ずかしくなってしまう。決断のあとはいつも、親兄弟にいつ聞かれるかとびくびくしながら過ごす。部活動のときも、夕食を食べていたら、何部に入ったの、とやはり聞かれて、へらへらしながら、まあ、うん、とごまかしにならないごまかしをした。そしたら夕食時の尋問が次の日もまた次の日も続いてしまって、またそれも意味のない受け答えをし続けた。尋問が二週間くらい続いたのちに、長男が察してくれて、芽衣が帰宅部だとやっと全員が理解した。

 芽衣はNEW YORKとプリントされた紺色のちょこんとしたリュックに荷物を詰めた。靴紐を結んでスマホの画面を覗く。八時十分。ここから学校へは一時間弱かかるから、八時四十五分の授業には間に合わない。

 さっきの憂鬱は若干の寝坊のせいな気がしてきた。

 はあ、と小さくため息をつく。

 玄関を開けて、行ってきます、と言うかわりに、大学行きたくないな、と小さくつぶやいてみた。

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