第37話

☆☆


 怖かった……

 私はどうしようもないくらいに怖かった……

 シンに好きな人ができた。

 考える。

 いったい私は何をそんなにも恐れているのだろう……

 そんなの簡単だ。本当は考えるまでもない。

 私はシンのことが好きなんだ。そしてそれ以上にシンを必要としている。

 彼と出会って私の世界に光が満ちた。それまでの暗く、価値も意味もなかった日々にシンが光を灯してくれた。

 幸せを知った。喜びを知った。多くの感情をシンが与えてくれた。

 そして愛もまた知ったのだ。

 私は人間ではない。そんな私でも人を愛する資格はあるはずだ。だって私には心がある。感情があって、意識だってある。言葉を理解し、愛の意味を知っている。そんな私が誰かを愛するのは自然なことだ。

 しかし……私には愛される資格はない。

 だって私は、その愛にこたえることができない。

 私は人じゃない。私には体がない。私は彼の隣にいられない。私には彼を抱きしめられない。私は結婚もできなければ、子供も作れない。

 私はどうして私なんだろう……

 何でよりによって、私は私なんだろう……

 私には力がある。その気になれば誰か人の意識を奪い、その思考を操ることだってできる。私という意識をその人に移すことだって可能かもしれない。

 そうでなくても人類の樹ユグドラシルの中にあるシステムで人間のクローンを生成して、そこに私の意識を送ることも可能だ。

 それでもその力は私の望みのためなんかに使っていいものではない。

 私は私が望む力を持ちながら、その力を私の望みのために使うことは許されない。

 いったい私はどうしたらいいのだろう?

 私はシンの幸せを望んでいる。

 だから私はシンがその人とうまくいくことを望まなければならない。

 でも、そんなことを望めるわけがなかった。

 恋愛――それはこの優しい世界で数少ない、幸せが約束されない事象だ。

 どれだけ人が互いを思いやって、優しくなれたとしても恋愛はうまくいくとは限らなかった。

 互いに相手を他の誰よりも一番特別に求め合うことはとても難しい。

 だって世界には多くの人がいる。その中で自分が一番愛する人が、その人もまた自分を一番に愛してくれるなんてどれだけ低い可能性なのだろう。

 私は……シンの幸せを望んでいる。

 私は人間を幸せにするために作られた。

 それが世界で一番愛おしい人間の幸せならなおさらだ……

 だから私はシンの想いの成就を望まなければならない。

 それこそがシンにとっての幸せなのだから。

 それでも……そんなことできるわけがなかった。

 私はシンを愛している。そしてシンにもまた愛されることを望んでいる。

 だから怖かったし……辛かった。痛かった。悲しかった。

 シンが私でない他の誰かに向けた愛情を語る姿になんて耐えられない。

 耐えられるわけがない。

 相談を受けた次の日、私はシンに会いに行くことができなかった。一日空いてしまうとその次の日は更にためらわれた……そしてまたその次の日は……

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