一章「美しい星と滅びた人類」
第4話
☆☆☆
太陽が世界の裏側に姿を隠し、世界に闇が戻る。
僕は空を見上げていた。
今は夜。だからそれは夜空。
見上げた夜空には数え切れないほどの星たちが瞬いている。
だから――それは星空でもあった。
星はいつだって輝いているはずなのに……昼の青いスクリーンの中では太陽の荒々しい輝きに覆い隠され、見上げることは叶わない。夜の漆黒のスクリーンの中でこそ輝く、月と星たちの優しく淡い瞬きの空。
それを僕は美しいと思った……
そういえば、聞いたことがある。
人は死ぬと星になると。
だから今見上げる空にはこんなにも星が多く、美しいのかもしれない。
しかし、美しいのは空だけではない。
見上げた先、遥か遠くに在るもの以上にこの星自身は美しい。
人類がその命を賭して守った地球。
今、地球は生命に溢れ美しく温かかった。
多くの植物に動物。澄んだ空気と水。世界の全てが生命の輝きに満ち溢れていた。
一年前とは全く変わった世界。
世界は人類が望んだ姿に戻りつつあった。
「お腹減ったよー! ご飯にしようよー」
高速道路の上、仰向けに寝て空を見上げている僕の横で、ナリアも寝転がりながら手足をジタバタと動かして訴え掛けてくる。
「ナリア、もうお腹がすきすぎて、お腹と背中がくっついちゃうよ。ペッチャンコになって死んでしまいそうだよ。圧死するよー」
確かに今日はいつもより夕食の時間が遅くなってしまった。
「はいはい。じゃあ、そろそろご飯にしようか」
「やったーーー!」
僕の言葉を受け、ナリアは飛び起きると、バッグをこっちに押し付けてきた。
これでもかと、ぎゅうぎゅう押し付けられて少し痛い。
「何が食べたい?」
バッグを空けながら聞いてみる。返ってくるのであろう答えはわかっているのだが、念のため。
「カニ缶、カニ缶。後、デザートもカニ缶ね」
やっぱりナリアから返ってきたのは想像通りの答え。ナリアはカニ缶が大好きだ。
「ナリアは本当にカニ缶ばっかだね。焼き鳥とか鯖缶とかもおいしいよ。果物なんかもあるし」
「ナリアはカニ缶がいいの。いっつもカニ缶を食べているナリアの体の半分くらいはカニ缶でできていると思うの。残りの半分は水とか空気とか、きっとそういった物だと思う」
「じゃあ、ナリアはカニ缶、二つでいい?」
「三つでもいいよ」
指を三本立てて満面の笑みを浮かべながら言う。
「二つにしておこう。三つ食べちゃうと明日のぶんがなくなっちゃうよ。もう残りは三つしかないから」
「ぬぅっ! それは非常事態。カニ缶がなくなったらナリアは何を食べて生きていけばいいの……」
大げさに崩れ落ち、膝を突いて倒れるナリア。
「桃缶。ミカン。パイナップル。鯖、豚の生姜焼き、コンビーフ。他にもいっぱいあるよ」
「ぬぅ。カニ缶がいいのっ!」
「わかったよ。じゃあ、明日は高速道路を下りようか」
「うん。カニ缶をいっぱいゲットしよう」
「後、鳥の本もね」
「そうだった!」
そう言って、ナリアはうれしそうに微笑む。
だから僕も、笑顔を浮かべることができた。
今日も一日、たくさんの笑顔をナリアに貰った。
ナリアがいたから、二人だから……今日という日が良い日だったと思い返すことができる。
だから僕は、明日がくるのも楽しみに思えた。
そんなことを想いながら再び空を仰ぐ。
少し前に見上げた空となんら変わらないはずの星空。それでもその星空はさっきよりずっと鮮やかできらめいて見えた。
そのとき――星空に一筋の光が線を引く。
……早く、明日になりますように。
そう心の中で願ってから、思い出した。
以前にも一度、僕は流れ星に願いを唱えたことがある。
たった一人だけいた人間の友達と、同じ空を眺めて流れ星に願った。
流れ星が消えるまでに三度願いを口にできれば願いが叶う。彼女はそう言っていた。
だから今のは失敗だ。
願いは言葉にできなかった。心の中で思うだけで精一杯だった。それもたったの一度だけ。
それでも僕は、あの日願った願いをもう一度願うことができた。
それはとても幸せなことだった。
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