第二十一章② 冷たい雨の中で
ベブルは激闘の末にマナを殴り倒すと、ムーガを狙うオルスに掴みかかった。そして、横様に投げ飛ばす。
ウィードのつくり出した竜巻が消えると、エアはウィードに襲い掛かった。エアはウィードを殴り飛ばす。一撃の下に、ウィードは倒れてしまう。エアたち『レイエルスの神の神』の攻撃は、普通の人間にとっては尋常ならざる威力だ。
「油断、しました……。ムーガさん、逃げて……」
だがムーガは、倒れたウィードを見るや、逃げるどころか逆にエアに向かって行ったのだった。
エアは嗤う。そして、ちょいちょいと、人差し指を自分のほうに向けて挑発する。
「面白い。お前の『力』、俺に撃ってみろよ」
ムーガはそんなものを気にも留めず、ひたすら走った。そして、『力』を解放する。
驚く間もなく、エアは撥ね飛ばされる。彼は、この『力』は手で触れたものにしか効果がないと思い込んでいたのだ。ムーガの『力』は、短距離ならば、離れていてもその威力を発揮できる。彼の体組織は見る間に消え去っていく。
吹き飛ばされたエア本人もそうだが、オルスもマナも、これには驚愕した。この『力』は明らかに、自分たちの持つものよりも威力、攻撃範囲、共に上回っている。
マナは立ち上がりながら、冷や汗混じりに嗤った。
「これは……、面白いことになってきたじゃないかい」
—— オルス、マナ、攻撃目標はこいつだ。
—— 男のほうよりも、女のほうが明らかに危険だ。
—— こいつを攻撃しろ。
「了解」
オルスは笑って、ムーガのほうへ駆けようとする。
だがそれを、ベブルが止めた。彼は問答無用で、『力』を纏った一撃をオルスの顔面に食らわせたのだ。
オルスは真横に飛び、地面の上を滑ったが、すぐに立ち上がった。そしてまた、彼はこう言ったのだ。
「助かる、ミクラ」
声だけの存在が、オルスの傷を治しているのだ。これでは、いくら攻撃しようと切りがない。それでも、ベブルたちは攻撃の手を止めるわけにはいかなかった。
ムーガは両膝を地面に付き、空を仰いで放心していた。彼女は、この『力』を遣う度に意識が遠退くのだ。彼女がこうなっている間は、周りの者が守るしかない。
襲い掛かるマナに対して、応戦したのはオレディアルだ。巨大な剣で何度もマナを殴り付けては、ムーガに近づけさせまいとした。
スィルセンダがそれに加勢を立て、魔法でつくりだした大型の魔獣に、マナを撥ね飛ばさせた。魔獣は土煙を上げ、マナを転がしながら遠くのほうへ走っていく。だが、そんな方法がいつまでも通用するはずがない。案の定、あっけなく、マナはその魔獣を倒してしまった。
エアの傷もまた、オルスのときのように、即座に完治していた。そのエアがまた、ムーガに殴り掛かる。応じたのはフィナだった。杖を構え、自分の周りに魔力障壁を展開させて割り込んだのだ。彼の拳はフィナの障壁で止まる。
「なかなかやるじゃないか、人間のくせに」
エアが嗤いながら、二撃目でフィナの魔力障壁を破壊しようとしたとき、彼の横からウィードが斬り込んだ。ウィードは、フィナに“
「ここにいる人間はすべて、お前たちの下らない遊びに付き合ってやるような、下らない人間じゃないんだ!」
エアは跳ね除けられたが、すぐに二本の足で大地を捉える。彼は高笑いした。
「アーケモスに暫く来なかったうちに、随分面白い人間がいるじゃないか!」
ベブルは連続でオルスを殴りつける。オルスは口から黄色い血を撒き散らしていた。最後の一撃で、ベブルは相手を遠くへ飛ばした。だが、倒れた相手が起き上がった頃には、いままでの攻撃はすべて無駄になっていた。どれだけ攻撃しても、声だけの存在がそれを治癒してしまう。
オルスは、口の周りに付いている血を拭い、嗤う。
「俺としては、あの女を相手にしたほうが面白くていいんだがな」
マナは、オレディアルの攻撃の合間を縫って懐深くに入り込み、その場から彼を殴り倒した。オレディアルは土の上に血を吐いた。
「さあ、次はあんただよ、覚悟しな」
マナは不気味な表情で、嗤っていた。彼女はムーガに襲い掛かろうとする。
だが、先制攻撃とばかりに、何とか意識を持ち直して立っていたムーガが『破壊の力』を放出した。マナは弾き飛ばされ、中空に打ち上げられると、地面に墜ちた。
再びムーガは大地に両の膝を付き、そして、両手をついた。呼吸は荒く、肩は激しく上下していた。意識が遠退くのだから、痛みはないはずだというのに。彼女は短く声をあげていた。
「あ、あ、あ、ああ……」
地に伏していたオレディアルは自分自身に“治癒の魔法”を掛けると、急いで立ち上がった。
ムーガの様子がおかしい。
オルスを投げ飛ばすと、ベブルは急いで走った。その途中、マナが彼に殴り掛かったが、彼はそれを回転蹴りで倒すと、そのままの勢いで駆け続ける。
「邪魔するんじゃねえ!」
ベブルからは、ムーガを守ろうと人間の壁になっている仲間たちの向こうに、四肢を大地に付いて呻いている彼女が見えた。長い髪が垂れ下がり、地面の上に流れていた。その顔は見えない。
「ムーガ!」
その瞬間、ムーガは叫ぶ。
「アアアアアアアアアッ!」
彼女は空中に舞い上がった。
その表情は空ろで、その瞳は、最早どこも見ていなかった。
光り輝きながら、虚空に佇む女神。
オレディアルは後退る。
「なんということだ! ”イフィズトレノォ”が……、ルーウィング師が、“イフィズトレノォ”に負けたというのか!」
仲間たちの誰もが、”イフィズトレノォ”から間合いを開けた。
女神は口を開いた。
「
「お前……!」
ベブルはムーガ——“イフィズトレノォ”に構えた。
女神はベブルのほうに身体を向ける。
「ベブルよ……。妾はこれで、遂に身体を手に入れたのだ……。妾の姿が見たいと言っていたであろう。これが、妾の姿だ」
「ふざけるな! それはムーガの身体だ! 返しやがれ!」
女神は無表情に嗤う。
「すべての人間は余が創ったのだ。その人間の身体は、すべて、妾の物なのだ」
そこへ、ウィードが訴えかける。
「ムーガさん! いますぐに目を覚ましてください! このままでは、貴女は……、大変なことになってしまいますよ!」
女神は空に浮かんだまま、回転し、ウィードのほうに身体を向ける。
「うるさい人間共だ。身体が手に入った以上、人間は不要。妾のベブルを除いて、
仲間たちはそれぞれに、武器を構えた。誰もが、気持ちの悪い冷や汗を掻いていた。
この状況に、エアが割り込んでくる。彼は大声で嗤っている。
「面白そうなことをしているじゃないか。俺たちを越えた『力』の次は、一体なにを見せてくれるんだ?」
エアはその拳で空中に佇む“イフィズトレノォ”に殴り掛かる。
女神はただ、片手で空間を撫でた。
それだけで、エアは猛烈な勢いで弾き飛ばされ、そして、砕け散り、閃光を発しながら消滅した。
「お前たちはすぐに根絶やしにしてくれる。いましばらく待っておれ」
女神はそう、オルスとマナに告げた。
この事態は、そのふたりにとって只事ではなかった。人間の攻撃で傷のひとつも被ることのない彼らの仲間が、一瞬にして消されてしまったのだから。
「エア!」
オルスが叫んだが、その返事があるはずもない。
—— オルス、マナ、今すぐ帰還しろ。
—— こいつを相手にするのはまずい。
—— いますぐに逃げろ!
「言われなくても」
マナが、上空から降る声にそう答えた。
それからオルスとマナは”イフィズトレノォ”に背を向け、『石碑』のほうへと駆けた。ふたりはそれに吸い込まれ、そしてそのあとで、その『石碑』も消えた。どこかへ帰ったのだ。
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