第十九章④ 救世主、そして悪魔たち
ファードラル・デルンが死んだことは、まだほとんどの人は知らない。
ただ、デルンタワーの宴会に来ていた各地域の支配者たちには、それを知らせておいた。『アーケモスの救世主』ムーガ・ルーウィングが圧政者デルンを討ち滅ぼしたと。
それを聞いて逃げ帰る者もいれば、どうしたらよいかわからず戸惑う者、そしてあっさりと宗旨替えをし「ルーウィング様万歳」を叫ぶ者までが出てきた。
「無茶苦茶だな」
ベブルは、傍らのムーガに言った。彼女は首を縦に振る。
「これがいまの、アーケモスなんだ」
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それからベブルたちは一度、ナデュクの隠れ
工房には、ウェルディシナとディリアが先に帰っていた。ふたりは、オレディアルまでもが一同とともに帰ってきたので、彼を睨みつけていた。
「オレディアルは、わたしたちと一緒に“イフィズトレノォ”と戦うと約束したんだよ」
ムーガがそう言ったが、ふたりはなかなか聞き入れようとはしなかった。
ディリアは帰ってきた仲間たちを見廻す。
「それで、ナデュクは?」
誰も答えられなかった。沈黙していた。
ディリアとウェルディシナの表情も変わっていく。
「何なのよ、はっきりしなさいよ」
「死んだ。……ムーガを庇って、“アドゥラリード”に撃たれた」
ベブルは、ディリアたちを直視できなかった。
そのあと、また、誰もなにも言えない時間があった。ただ、ディリアとウェルディシナが息を呑む音だけが聞こえた。
「あんたの……。全部、あんたのせいよ! オレディアル・ディグリナート!」
ディリアは滔々と涙を溢していた。
「……すまない」
「ふざけるな!」
ウェルディシナがオレディアルに掴み掛かった。他の仲間たちが彼女を抑えようとしたが、できなかった。彼女は、そのあともなにか言おうとしたが、激しい感情によって喉を塞がれてしまう。
ディリアは服の袖で顔を拭きながら呟く。その声は激情に駆られ、だんだんと大きくなっていく。
「あんたはなにがしたかったのよ……。“神の幻影”を倒すんだって言いながら、やったことはなに!? デルンを蘇らせて、世界を破滅させて! ナデュクまで殺して! この時代に来て、一体なにがしたかったのよ! あんたはわざわざ未来からナデュクを殺しに来たのよ! あんたは、未来から来た悪魔だわ!」
オレディアルには、なにも答えられない。
ウェルディシナは、オレディアルの襟首を絞める。
「どうした、答えられないのか? そうだろうな、お前は悪魔なんだからな! お前なんか、滅びた未来に帰れ! 一生、そこで行き場に迷ってしまえ! 未来をつくるのは私たちだ。お前の手出しなんか願い下げだ!」
「やめろよ、おい!」
ベブルがふたりの間に割って入り、無理やりウェルディシナを引き剥がした。彼は彼女のほうを見る。
「こいつはもう、ムーガの——『アーケモスの救世主』の手下なんだ。許してやる必要はない。こいつには、ずっと戦わせてればいい」
「こいつを許せるものか!」
「それでいい。だがその分、こいつにはやることがある。こいつは約束した。命に代えても“神の幻影”を倒すってな」
それでも、ウェルディシナの怒りは収まらない。
「命に代えてもだと? こいつの安い命が何になる! ナデュクの命は……、こいつの命よりもよっぽど必要なものだったんだ!」
オレディアルはずっと、ウェルディシナやディリアの怒りの言葉を聞きながら、うつむいて直立していた。
ベブルは断言する。
「もう決まったことだ。こいつには戦わせる」
「勝手にしろ!」
ウェルディシナはそう言い残して、廊下の向こうへと歩き、居室へと入る。ディリアは、しばらくその場に残って無言でオレディアルを睨み付けていたが、やがて同様に廊下を歩き去り、ウェルディシナの部屋に入っていった。
ウィードが呟くように言う。
「しばらくは大変ですね。あとは功績次第です。頑張って下さい」
オレディアルは静かにうなずいた。
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ベブルは壁にもたれて座っていた。
見上げると、窓の外に星空。
こいつは、結局どこから見た景色だったんだ?
ベブルは、ぼんやりとそう思っていた。
この隠れ工房は、魔法によって外界との接触を絶たれていると、ナデュクが言っていた。この景色は、実際の工房の場所から見たものではないと。
まあ、いいや。
ベブルは溜息をついた。
フィナとレミナは厨房で料理をつくっていた。彼はそれができあがるのを、ただひとりで待っている。
他の面々は、墓地にナデュクの墓を造りに行った。おそらく今頃、ウェルディシナとディリアはオレディアルに恨み言を言っているだろう。
死んでしまったナデュクにとって、『時空の指輪』は不要のものとなった。だから、オレディアルはそれを持ち帰るべきだと言った。それに関しては、ウェルディシナもディリアも文句はなかった。
だが、その指輪を代わりにつけたいという者はいなかった。ムーガも、スィルセンダも、ウィードも、そしてレミナも、いまのままでいいと言っていた。この時代の者は、この時代の者として生きるのだと。ひとまず、『指輪』はウェルディシナが預かっておくことになった。
ベブルは星空を眺めて考える。
オルス……か。あいつは一体、何者なんだ? それに、あの『石碑』は……。
“神の幻影イフィズトレノォ”ってのは、一体、何なんだ?
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ムーガたちは、朝になってから帰ってきた。そしてそれから皆眠ってしまった。
夜の間に寝ていたベブルには、特になにもすることがなかった。だが、起こすわけにはいかない。彼は、ただじっとしていた。
窓の外には、太陽が昇っている。
ムーガとスィルセンダは並んで眠っていた。ベブルはそれを見て、姉妹みたいだと思った。
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