第十七章⑦ 安息のために
逃げろと言われて逃げるベブルではない。“アドゥラリード”を倒す好機と見た彼は、この怪物に向かって真っ直ぐに駆け出した。
しかし、ベブルは“アドゥラリード・キャノン”によって吹き飛ばされる。その強烈な光線によって、舗装された地面はめくれ上がり、上空に向かって打ち上げられた。周囲で魔導銃を構えていた兵士たちもそれに巻き込まれ、その大半が消滅するか、或いは重傷を負って倒れていた。死んだ者もいれば、痛みのあまり言葉にならない呻きをあげている者もいる。一瞬にして、一撃にして、戦場が地獄絵図に変わる。腕を、足を、脇腹を失った人間たちが大勢転がっている。
魔法に対する耐性の強いベブルでさえ、身体じゅうに激痛が走るのがわかった。彼は何とか素早く立ち上がった。かなりの距離を吹き飛ばされていたらしく、“黒風の悪魔”は彼の間合いよりも遥か遠くにいた。ファードラルなどは、それよりも更に遠い。
“アドゥラリード”はその場で滞空し、力を溜め始める。二射目の“アドゥラリード・キャノン”の準備に取り掛かっているのだ。
兵士たちは、その怪物が自分たちの味方であるということを忘れて、怪物に向かって魔導銃を撃ち始めた。しかし、そんなもので最強と謳われた“黒風の悪魔”の魔力障壁が破れるはずがない。
ベブルは、ここはひとまず退却することにした。“アドゥラリード”の攻撃範囲はあまりにも広い。彼を救出に来たフィナが巻き込まれるおそれもある。彼は、あの怪物が彼女の近くに到達するよりも先に、彼女を発見しなければならない。
“アドゥラリード”は“キャノン”を撃ち出した。ベブルは素早く建物の陰に隠れる。通りのほうから轟音と、閃光と、悲鳴とが爆弾のように噴き出してくるのが判ったが、彼はそれを背に走った。
不意に、デルンの兵士たちが魔導銃を持って現れる。彼らはどうやら自分たちの仲間が“アドゥラリード”に虐殺されているということをまだ知らないようだ。
「逃がすな!」
兵士たちはベブルに向かって魔導銃を構える。
細い道を抜けて来たから、あの怪物は通れないだろうと、ベブルは思った。だが、それは大きな間違いだった。
“黒風の悪魔”は最強の防御力を誇るその魔力障壁で、建物を破壊しながら現れたのだ。兵士たちはそれに驚き、攻撃を躊躇する。
ベブルは走り、兵士たちの間を抜けた。“黒風の悪魔”がそのあとを追う。兵士たちは巨大な怪物に弾き飛ばされ、あるいは押し潰される。
“アドゥラリード”はまた“キャノン”を撃ち出す。その気配を肌で感じたベブルは、それに背を向けたまま、横様に跳んでそれを
一度に大勢の人間を見たからだろう。どれがベブルか判断が付かなくなった“黒風の悪魔”は、その場で“アドゥラリード・キャノン”を乱射し始めた。次々と建築物が崩落していく。
その間に、ベブルは街中に逃げおおせた。
ベブルは建物の陰から見ていた。ボロネの街から外へ至る門を。
その門は大通りの向こうにあった。それは何人もの兵士に守られており、そこへ近づけば、すぐにファードラル・デルンに通報されるだろう。今頃はファードラルの魔力も回復しているだろう。なんとかここをやり過ごしたいと、彼は思った。
だが、退くことはできない。相手に叫びを上げる暇さえ与えずに始末できればいい。
そう決心し、ベブルはそこから飛び出した。
その時、通りの向こうからなにかが走ってきた。屋根の付いた乗り物だ。それは“
それがベブルの傍で止まり、ムーガは運転席と反対側の扉を開ける。
「乗って!」
言われるままに、ベブルは“魔導車”に乗り込んだ。それと同時に、ムーガは加速装置を踏み込み、“魔導車”を思い切り加速させた。
そして、大通りに飛び出し、兵士たちが守っている門に向かって直進した。それに驚き、兵士たちは散り散りになって逃げる。閉ざされている門はムーガが魔法で破壊した。門の残骸を吹き飛ばしながら、“魔導車”が突き進む。ふたりはボロネを脱したのだ。
「ムーガ、デューメルクが来てるはずなんだ。なんとか戻らねえと……」
ベブルは後ろを振り返りながら言った。ボロネの門が遠くなっていく。
「大丈夫。フィナはもう、あそこにはいない。もうボロネの外まで出てるはずだから」
ムーガは落ち着いていた。
「なに?」
「フィナには囮になってもらったんだ。本当は、ベブルを探してたのは、わたし。フィナには兵士たちを撒くのを手伝ってもらっただけ。デルンだって、わたしがここにいることには気付いてないはず」
話をしているふたりの後ろから、なにかが物凄い速さで近づいてきた。空を飛んでいる。ベブルは“アドゥラリード”かと思ったが、どうやら少し違うようだ。身体の表面の色が、“黒風の悪魔”とは異なっていた。
「なんだありゃあ?」
ベブルが言うと、ムーガが一瞬振り返った。
「あれはボロネの門番、“
ベブルは軽々と、“魔導車”の窓から、屋根の上にのぼった。
「俺が片付けてやるよ」
ムーガは運転しているので手が離せない。
「気をつけて。敵は魔法を使ってくるはずだから、敵の魔法を“車”に当てさせないように。あいつの魔法なんて受けたら、“
「わかった、任せろ。俺は“炎の魔法”が使えるんだ」
やや腰を屈めたままの姿勢で、ベブルは構えを取った。
案の定、“マディリブム”は“魔導車”を破壊しようと魔法を連発してきた。それに対して、ベブルは魔法を打ち返す。互いの魔法がぶつかり合い、爆発する。だが、“車”は無事だ。魔力ではベブルのほうが上だった。撃ち返した魔法の余剰分がが“白雨の悪魔”に激突する。
“魔導車”は森の中の道を南に抜けている。この時代のボロネは森に囲まれているようだ。そして、そのあとを、“マディリブム”が追って来る。
「これでも食らえ!」
ベブルは“マディリブム”に向けて、“
“マディリブム”は炎の中から姿を現す。まだ死んでなかったか。上等だ! そう思いながら、ベブルはまた炎の魔法の詠唱を開始する。
そうしている間に、ふたりの“魔導車”は、森の中の別の道との合流点に差し掛かる。ベブルが驚いたことには、その別の道から、また別の“魔導車”がやって来たのだった。
そしてさらに驚いたのは、その“魔導車”を運転しているのは、『銀の黄昏』の『紅涙の魔女』ウェルディシナ・エルミダートだったのだ。
ベブルは一瞬、そちらに向かって“炎の魔法”を投げ付けようかと思ったが、それは思い留まった。その“魔導車”の後部座席には、『蒼潤の魔女』ディリア・レフィニアと、なんと、フィナが乗っていたからだ。
後部座席の左右の窓からは、フィナとディリアとが顔と杖を出し、呪文の詠唱をしている。
“
三人はそれぞれに魔法を打ち続けた。“マディリブム”には反撃する機会すら与えない。そのうちに、“白雨の悪魔”は飛行高度を下げ、遂には地に落ちた。それでも彼らは攻撃の手を止めず、徹底して魔法攻撃を継続した。見えなくなるまで。
“白雨の悪魔”の屍骸を残して、二台の“魔導車”は森を抜け、走り去った。
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