第十三章④ 声が呼んでる
星の海を再び渡り、ベブルたちはアーケモスに戻ってきた。ここは彼らが飛び立った時空塔の最上階だ。彼らのところへは待機していた『真正派』の魔術師たちが駆け付けた。
三人は魔法の解毒薬を与えられ、それを飲んだ。ベブルとルットーはそれで問題はなくなった。だが、フィナだけが、身体の不調が治らなかった。彼女は依然として、立ち上がることすらできず、目を瞑って横になっていた。彼女の顔は火照っており、荒く呼吸していた。
様子が変だということで、『真正派』の魔術師たちの中で、人の身体を専門に研究している者が出てきて、フィナの身体を調べた。
「ああ、なんてこと。信じられない。酷い病気よ。一体どうしたらこんな急に熱が出るの? ……この傷、肩に受けた傷よ。ここから何かが入ったとしか考えられないわ」
「飛んできた矢に、病気の原因が付いていたんだな」
ベブルは自分の意見を言った。実際、そう考えるのが道理だった。
ルットーは真剣な表情で、人体の専門家に言う。
「リシ、早く治療を」
「それが……、無理なのよ、ルットー。この病気は不治の病なの。ここにある器具や魔法はおろか、『アカデミー』の先端魔法でも治すことはできないわ」
「なんだって?」
「残念だけど……」
リシはそう言って、少し退がる。フィナの顔が一番見やすい場所をルットーに譲ったのだ。
フィナは苦しそうに呻いている。気温は低いほうだというのに、彼女の頬や額はびっしょりと汗に濡れていた。
「そんな……」
「何てことだ……」
『真正派』の魔法学者たちは、顔を真っ青にしてそう囁き合っていた。だが、誰もルットーやフィナに言葉をかけることはできない。
「フィナ」
ルットーは屈み、床に臥している妹の手を取った。熱い。異常なまでの熱を帯びている。彼はその手を握り締めると、見上げる。そこにはベブルが腕組して立っていた。
「リーリクメルド君。君の行ける未来は、いまから何年後?」
「六十年くらい後だが」
ルットーはまた視線を下ろす。そこには、重い病気に身体を蝕まれ、まともに瞼も開けられずに苦しんでいる妹の姿がある。彼は決意した。
「そうか……。じゃあ、頼む。フィナを連れて未来に行ってくれないか?」
この発言には、周りのすべての『真正派』が驚いた。時間移動のことを知らない彼らには、突拍子もない言葉だったからだ。
ベブルは少しの間黙っていた。だが、溜息をついて屈み、今のルットーと同じ視線の高さに合わせる。
「ああ、いいぜ。だが、こいつが回復するまで、俺はこっちに帰って来れねえ。時間移動には、この指輪をつけたふたりが必要だからな。それまでは待ってろ。いいな?」
「もちろんだ。早く未来に連れて行ってやってくれ。未来ならば、もしかすれば、この病気も治せるかもしれない。それに賭けるしかない」
「……わかった」
ベブルは首肯した。
ルットーはフィナの手をもう一度強く握り締めると、それを離した。
離した手を、今度はベブルが取る。指輪の宝石と宝石を合わせる。それから、彼は目を上げ、ルットーのほうを見た。
ベブルもルットーも、無言で頷く。
ベブルはまた視線を下ろし、空いているほうの手でフィナの頬を軽く叩いた。
「おい、起きろ。いまだけ起きろ」
何度かそう言うと、フィナはうっすらと目を開けた。黒い目が、瞼の間から少しだけ覗く。涙が溜まっているのか、そこには周囲の光が映り込んでいた。
「聞こえるな? 未来に行く。お前の病気を治す。一度でいい、魔力を指輪に」
フィナの唇が動く。だが、声は出てこない。それでも、ベブルにはわかった。「了解した」のだ。
指輪の宝石が輝き始める。光は淡く、穏やかに。そして、徐々に強くなっていき、膨れ上がり、ふたりを飲み込んだ。
光が消えると、ルットーたち『真正派』の魔法学者たちの前から、ベブルとフィナの姿が消えていた。
++++++++++
ベブルは、灰と砂の広がる乾いた大地を
靴の裏で砂が擦れ、微かな音を立てる。
それはまるで、遥か遠くから響くもののようだった。
視界はすべて揺らぎ、世界は確かな形を持たなかった。
炎に灼かれ焦土と化した世界は、陽炎の中に揺れている。
だが、それは、陽炎のせいだけではない。
世界は、そもそも、揺らいでいたのだから。
存在と、無と、安定と、変化と。
世界の揺らぎ、それそのものによって、いま、この世界が動いているのだから。
時が過去から未来に流れる。
揺らぐ荒野を歩き続け、どこへ行き着くとも知らずに、まだ歩き続け。
世界は揺らぎを止める。
ベブルはただの、動かぬ彫像となる。
世界のすべてのものは凍りつく。
風も、空も、炎も。
夢も。
世界すべてが、彫刻と、箱庭となる。
ベブルは再び歩き出した。
風は走り、空は唸り、炎は踊った。
世界は歩く彫像を包み、緩やかに回転を始めた。
声が呼んでる――。
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