第七章⑧ 古の黒い風
フィナとウォーロウは、自分たちの時代のラトルに戻ってきた。『時空の指輪』では、時間は移動できても場所は移動できないので、ザンの時代で魔導転送装置でラトルに飛ばしてもらい、そこから『指輪』を使ったのだ。ベブルだけは、ラトルに着くとすぐに、北上してノール・ノルザニへ帰って行った。
彼女らの指輪には宝石がふたつずつついており、それらはふたつとも黄色だったが、今回の時間移動により、ふたつの宝石のうち片方が青色になった。黄色が未来へ行く時空輝石、青色が過去へ行く時空輝石だ。
「帰ってきましたね。僕らの町、ラトルに」
ウォーロウは言った。夕日が山の向こうに沈み、夜がやって来たところだった。それから、彼は言葉を続ける。
「とりあえず、ソナドーン師匠に報告ですね。僕たちが帰ってきた、と」
フィナは何も言わずに歩き出す。その向かう先は、霊峰ルメルトス。この町から間近に見える山だ。
未来人騒動があってこの町を出てから、本当にいろいろなことがあった。時空の指輪、過去への時空移動、魔王、そして大魔術師デルン。そうしてまたこの町に戻ってきて、町は何も変わっていないように見える。物騒な、デルンの兵隊なんてどこにも見えない。
「おーい、嬢ちゃん!」
暗くなっていく町の向こうから、声が聞こえた。見やると、自称『戦う木こり』のゼスだった。片手を振り翳して、こちらへ歩いてくる。フィナは立ち止まった。
「お知り合いの方ですか?」
ウォーロウは小声で傍らの彼女に訊いた。
「そう」
彼女は答えた。
ゼスは微笑いながら、彼女たちの傍までやって来た。
「久しぶりだな。元気してたか? 俺、折角この町に戻ってきたのに、嬢ちゃん、全然会わなかったなあ」
フィナの代わりにウォーロウが答える。
「僕たちは町にいなかったんです。フグティ・ウグフまで行っていたもので」
それで、ゼスは何かに気付いたような表情になる。
「おお! そうか、学術都市に行ってたのか。勉強熱心だな、嬢ちゃんは。で、こっちの兄ちゃんは嬢ちゃんの研究仲間とかかい?」
ゼスはフィナにウォーロウのことを訊いた。
フィナは横に振った。
またウォーロウが代わりに答える。
「同門の魔術師なんですよ。僕も、ソナドーン師について学んでいます。もう六年ほどですか、彼女にお世話になっているのは」
「長い付き合いなんだな。時間がふたりを恋仲にしたりはしないのかね?」
ゼスはにやにや笑ってふたりに訊いた。
ウォーロウは返答に戸惑ったが、フィナは、「ない」と、即答した。
そこで、ゼスが豪快に笑った。
「ははは、やっぱりな! 嬢ちゃんだもんな!」
時間じゃないさ。ウォーロウは胸のうちに思った。恋愛ってのは。僕の場合は、一目惚れだったしな。
「ところで、ベブルはどうしたんだ? 一緒じゃあなかったよな?」
ゼスはフィナに訊いた。
これに答えるのはやはりウォーロウだ。
「途中までは一緒でしたが、彼はノール・ノルザニに帰りましたよ」
「ああ、そりゃ良かった。実は『懸崖の哲人』さんが遂にノールに行ったんだ。息子に会いに。六日くらい前の話だから、もうとっくに向こうに着いてるだろうな」
++++++++++
ベブルはノール・ノルザニの母の墓である石碑のところまで来て、絶句した。そこには自分の父親、ヨクト・ソナドーンがいた。
「親父……」
「ベブルよ」
ヨクト・ソナドーンは立ち上がった。彼は消し炭になった石碑の横手の岩に腰掛けていた。ずっとここにいたようだ。
「何しに来たんだ! ここに!」
ベブルは瞬時に激昂した。彼はヨクトから十五歩ほど離れた場所に立ち止まり、それ以上近づこうとはしなかった。
「お前は私の後継者だ。ルメルトスに来て、私のあとを継いではくれまいか?」
前にも言った台詞だったが、今のヨクトには以前ほどの力は感じられなかった。
「あの女に継がせろよ! あいつの方が、俺よりよっぽど適任だ!」
「お前の母、レイメの言ったことなのだ! 彼女が望んでいるのだ!」
その瞬間、ベブルの怒りが最高潮に達した。
「お前がその名を……、母さんの名を口にするな! 帰れ!」
「お前だって、彼女の遺志を……」
「帰れ!」
「だが……」
「もう帰れよ!」
ヨクトは沈黙した。彼はじっと、自分の息子を見た。睨まれている。完全に敵視されている。話し合う余地は無い。
ヨクトは黙ったまま、静かに立ち去った。
ベブルはじっと、立ち尽くしていた。
ベブルは石碑の前に立った。石碑は彼の身長よりも高く、そして横幅もあるものだった。それには何やら文字が刻んであるが、彼に読めるものではなかった。
彼はその石碑の前に跪いた。
「帰って来たぜ、母さん……」
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