第七章⑦ 古の黒い風
フィナは目を覚ました。
「ああ、気がついたか?」
誰かが言った。
フィナはうめきながら体を起こし、見回した。どうやら自分はベッドに寝かされていたようだ。すぐに、彼女は自分が黒魔城の内部にいるのだということがわかった。
彼女の傍らには、フリアがいた。フリアは椅子に座っていた。
「他には?」
フィナは言った。だがこれだけでは、フリアには通じなかった。
「人」
そう言われて、やっとわかった。
「お前の仲間は、みんなデルンの宮殿に行ったよ。ザンもソディもだ。あ、でも安心しろ、私がいてやるから、デルンがここを攻めてきても、お前だけは守る」
フリアはそう答え、フィナを安心させようとした。
だがフィナは、何も答えないでじっと虚空を見やっていた。彼女には、わざわざ安心させてやる必要はなかったようだ。彼女は何も怖がってはいない。
沈黙の中で、フリアが呟いた。
「……悪かったな」
「なにが」
フィナは言った。だが、別段感情が篭っている声でもない。
「お前が気を失った原因になった傷のことさ。私が槍を投げたんだ」
「そう」
「そう、って! お前、あの槍で死にかけたんだぞ! もう少しで……」
「それで」
フィナは言った。フリアは何を言われるのかと思って黙ったが、暫くして、それが疑問文であることに気がついた。
「それで……って」
「なに」
「いや……別に……」
フリアは黙った。こいつはあまりにも、話すに手ごたえがなさ過ぎる。そう、彼女は思った。こう言えば、普通は、もう少しくらいは突っかかってくるもんじゃないのか?
「お前、変な奴だな」
フリアは言った。
フィナは黙っていた。彼女はフリアと目を合わせず、何もない空間を見やっていた。
だがフリアは、フィナが彼女の側面で、自分の存在を感じ取っているかのような錯覚を覚えた。自分は彼女によって、目も合わせていないのに、完全に捕らえられている。
ピーン、と音が鳴った。フリアの傍らに置いてあった装置が発した音だった。彼女はその装置から映し出されている映像を見ると、すぐに椅子から立ち上がった。すると、椅子は床に溶け込んでいき、消えた。彼女はフィナに言う。
「みんな帰ってきたぞ!」
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ザンとソディとフリア、そしてヒエルドは、四人で食卓についていた。ザンは嬉しそうな表情で、果実酒のグラスを振っていた。濃いオレンジの液体が、彼の顔を映していた。
「未来から来た三人……か」
彼はそう言って、グラスの中身を少しだけ飲んだ。
「変な奴らだったね。特にフィナが」
フリアは言った。彼女は何かを口の中に入れて、噛んでいるところだった。
ベブル、フィナ、ウォーロウの三人は、戦いののち、一度、彼らの時代に戻ってみた。そしてどうやら、自分たちの時代からデルンの軍隊が消えているようだということを確認し、この時代に戻って来て、ザンたちにそう伝えた。
目的は達成されたのだ。ベブルが“アドゥラリード”を撃破したおかげで、ザンとファードラルとの戦いは、少なくともファードラルの勝利ではなくなったのだ。
そうして、ベブルたちは自分たちの世界へ帰って行った。だから、ここには――この時代には、彼らはもういない。
「ここから先は、我らの仕事だ」
ソディが言った。
フリアが同意する。
「そうだね。未来が変えられるってわかったんだ。百二十年後に奴らに逢えるようにしよう」
「もう、俺たちふたりだけで十分なんじゃないかな。君が戦う必要はないよ」
ザンがそう言ったので、フリアは不満を持つ。
ソディがたしなめるように言う。
「あの強力なデルンが、“アドゥラリード”を喪失したのだ。もう我々ふたりで掛かれば、十分だろう」
ザンとソディは、フリアを戦力としてみていない。フリアは自分が役に立たないのだと思われていると感じて、不満を抱えて黙った。
フリアは肩をトントンと叩かれた。何だろうと思って見ると、ヒエルドがにこにこしながら彼女を見ていた。
「何なんだ?」
フリアは不機嫌そうに言った。
「争いは避けるためのものやねん。ザンやんもソディやんも、それを知ってんねん。せやから、フリアに起こる争いを避けたいねん」
「でも、目の前で戦いが起こってるのに、ザンが戦ってるのに! 私がいなくて負けたらどうするんだ!」
「同じことだ」
ザンは言った。フリアは、自分がいてもいなくても戦力に変わりはない、と言われるのだろうと思った。だが、違った。
「フリアは自分がいなくて、もし俺たちが死んだら、と思う。それと同じように、俺たちは、君を戦わせて、もし君が死んだら、と考える。君が俺たちを心配してくれるように、同じくらい、俺たちは君を死なせたくないんだ。わかってくれ」
「私は絶対に死なない!」
フリアがすぐさま叫んだ。
「じゃあ、俺たちだけで大丈夫だろう? フリアが死なないような戦いで、俺たちが死ぬわけがない」
ザンが微笑んだ。
フリアには言い返せなかった。もうごねるつもりはなくなった。言い争いはもうやめた。
争いは避けるためのものだから。
ザンとソディを信じる。きっと勝てる。
ザンは絶対に、自分が死んだら悲しんでくれる。だから、悲しませたくない。
「ところで、ヒエリン殿はどうされるのか?」
ソディがヒエルドに訊ねた。
ヒエルドは食事を終わらせており、彼の椅子の傍でじっとしているシュディエレを撫でていた。大犬は嬉しそうに喉を鳴らしていた。彼は言う。
「僕はな、街に行ってみようと思ってんねん。ほら、『未来人』の人らはみんな、僕のに似た黒いローブ着てたやん。みんな白いの着てると思っててんけど、『未来人』の人らが着てるんやったら、いまも誰か着てる人おんのかなと思って。村やなくて、街やったら人多いから」
「そうか、確かにそうだったな。それで、どこの街に行くんだ?」
ザンが訊いた。
「そうやなぁ」
ヒエルドはシュディエレを撫でながら、斜め上を見やった。
「ここから近いとこやったら、フグティ・ウグフかなぁ? あそこは魔術師も多いから、黒いローブの人も簡単に見つかるかもしれへんし」
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