第六章⑦ 力あるもの
「しかし、どうして『相討ち』だったところが『敗北』になってしまったのだろう……。その『未来人』たち――俺たちにとっては『未来の未来人』なんだが――奴らはそれほど強いのか?」
ザンは、ベブルとウォーロウに訊いた。
「それほどでもねえな」「結構強いですよ」
ベブルとウォーロウの評価が割れた。なので、ザンはとりあえずウォーロウの意見を参考にしておくことにした。用心しておくに越したことはないし、どうやらベブルはかなり強がりのようだからだ。
「だが、奴らの存在は、力の均衡を破るには十分だったようだな。お前は結構強いみたいだから、その“アドゥラリード”ってやつはよっぽど強いんだろう。デルン本人は問題外だがな」
ベブルはそう、何気無しに言った。だが、これにザンから指摘があった。
「待ってくれ、デルンの奴もかなり強いぞ」
「何? デルンが? まさか。あいつは俺たちが、一度殺したんだぞ?」
ベブルは笑い飛ばした。
「「一度殺した!?」」
ザンと、フリアが驚いて声を上げた。ソディは声を出さなかったが、目を見開いて発言者の方を見ていた。
ベブルはにやりと笑う。
「ああ、そうさ。俺たちの時代で、俺たちはデルンが復活するところに出くわしたんだ。あいつが暴れて俺に攻撃してくるから、その場でぶち殺してやった。だから実際には、俺たちの時代にはもう、デルンの奴はいないんだ」
ザンは叫ぶ。
「なんてことだ! あのファードラル・デルンを殺したなんて! いったいどうやって!?」
「どうやるまでも、俺の魔法で一発だ。それで死んだ」
「ああ……、君の魔法はよほど強いらしいな……。そうか、わかった。君たちがデルンを倒しに行くのに、俺もついていこう。その方が奴を確実に倒せる。……そうだな、ソディも一緒に行くだろうし」
ザンがそう言ったとき、ソディは無言で深く頷いた。彼はまた話を続ける。
「フリアと……、それからその娘――フィナには、ここで待っておいて貰うことにしよう。その娘には暫く休んでいてもらった方が良さそうだしな」
そこで、フリアが意見を差し挟む。
「待ってよ! どうして私がここで待っておかないといけないんだ! 私だって戦力になるはずだ!」
それを聞いて、ザンは苦笑いする。
「ああ、わかってる。それはわかってるんだ。けど――」
そこでソディがザンの言葉を代弁した。
「フリアよ、貴女は戦力と呼ぶにはまだ弱い。先程も、いとも簡単に彼に倒されたではないか。……戦いは我々で終わらせる。貴女は折角、二界戦争に参加しないで済んだのだ。戦いのない世界で生きて欲しい」
これにはフリアは反論できなかった。確かに、いまの彼女の力は不十分だ。実際、普通の人間に比べるとかなり強いが、ザンやソディという、彼女よりも遥かに強い者に言われては、反論の余地はなかった。
「そういえば、まだ訊いていませんでしたね。なぜ、神が魔王とともにいるのか」
ウォーロウがそう言った。彼は指を組んでいた。
「そうだったな」
ソディが言った。ザンが片手で髪を撫でる。
「確かに、通説から言ったら、神界レイエルスの住人と魔界ヨルドミスの住人は対立してるはずなんだよな。特に俺は、ヨルドミスに数ある王家のひとつの跡取りだったんだからな」
それからまた、ソディが言う。
「だが、我々だけは違う。フリアはレイエルスの破壊神たちの上流の家の娘であり、彼女とザンは世界の垣根を越えた友人であったのだ。そして私は、彼女の世話役であった」
ザンはため息をつく。
「個人的な付き合いと、全体の付き合いというのは随分違うものでな……。戦争が激化して、ソディはフリアを連れてアーケモスに逃げるつもりだったんだが、神界レイエルスの時空塔が破壊されていてアーケモスに脱出できず、俺のいる魔界ヨルドミスまで来て、ヨルドミス側の時空塔で俺たち三人はアーケモスに避難したんだ」
ウォーロウが訊いた。フリアが答える。
「共倒れさ。私たちがこっちに来てから、暫くはアーケモス側の時空塔を塞いでおいたんだ。追っ手が来たら危険だから。……それから数年して、ヨルドミスに戻ったよ。レイエルスの兵も、ヨルドミスの兵も、住人も、皆死んでたさ。ひとり残らずね」
そのあとを、ソディが続ける。
「レイエルスには行けなかった。ヨルドミスからレイエルスにいく手段はすべて破壊されていたし、アーケモスからレイエルスへいく時空塔はまだ見つかっていない。だが、レイエルスがヨルドミスよりも先に陥落したところを見ると……」
「全滅さ。両方ともな」
ザンが力なく言った。
「それで、今でもヨルドミスとやらには行けるのか?」
ベブルはずっと腕を組んでいた。
ザンは首を軽く横に振る。
「いや。時空塔のブート・プログラムがデルンの軍勢に奪われてしまってな。安全のために時空塔からそれを取り外して、黒魔城に持って帰っていたんだが、その最中にデルンの兵隊に強奪されたんだ。アーケモスの人間を殺したくはないから、それほど力も出せずにな。しょうがないから、ブート・プログラムは奴らに与えて、それから、奴らがヨルドミスに行けないように、時空塔の方に警備システムを導入した。仲間の墓場は、そっとしておいて欲しいからな」
そこで、ソディが唐突に話題を変え、ベブルの方に顔を向ける。
「そういえば、二界戦争の話をしていて思ったのだが。貴方は、一体何者なのだ? その力……物を貫通する力は、ただ穴を開けるだけの力ではないだろう……それは消滅の力。そして、我らの攻撃をことごとく防ぐ力。一体なんなのだ?」
ベブルは肩を竦める。
「さあね、これは生まれつきだ」
「何か心当たりでもあるのか?」
フリアがソディに訊く。彼は頷いた。
「貴女は知らぬだろうが……。レイエルスの最上位の神々には、そのような力を持ったものがいると聞いていた。もっとも、私とて実際に見たわけではない。彼らも、そうそう姿を現す存在ではなかったそうだからな」
「じゃあこれはその最上位の神の力だってのか?」
ベブルはソディに自分の拳を見せた。
「そうではない。貴方はレイエルスの出身には感じられないからな。だが、私の聞いた、最上位のレイエルスの力とよく似たものを持っているということだ。出所に心当たりがないのならそれまでだが……」
ソディはそう言った。
力の出所―――
ベブルは考えた。それは明らかだ。あの『声』の主。それがこの力の出所だ。そしてその『声』の主は……。
全ての生き物の母―――
++++++++++
それから彼らは暫く話しつづけ、互いの自己紹介も完全に済ませた。結局、もう日が暮れてしまったので、デルンの宮殿を攻撃するのは明日、ということになった。
ザンは客人に部屋をあてがい、自分自身は自室に戻った。椅子に座ってため息をついたところで、ベルが鳴った。
「どうぞ」
ザンが言うと、部屋の扉が開き、ソディが入ってきた。ソディは入って来るなり、こう言った。
「フリアには何らかの埋め合わせをするべきだ」
ザンは力なく、何度も頷く。
「ああ、ああ、わかってる」
「彼女は貴方を守るつもりで城を飛び出したのだ。それが、貴方の悪ふざけであんな目に遭うことになってしまった」
「わかってる、わかってるよ」
ザンは椅子から立ち上がり、深呼吸した。
「貴方は彼女に一番大切に思われている。それも、わかっているはず。彼女の好意を台無しにして、傷つけてはいけない」
「ああ……わかってるよ」
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