第五章
第五章① 共に生きるもの
三人は、その家で歓待された。久しぶりの客だと言って、どうやらその家ではめったに出ないらしい肉の蒸し焼が振る舞われた。この家にベブルたちを招待した男の妻は笑顔を振り撒き、頻繁におかわりがいらないかどうかを訊いた。しかも、これだけもてなして、代金は不要という。
まったく、気が良すぎるったらねえなと、ベブルは思った。
さすがに三人分のベッドだけは用意できないので、ベブルたちは納屋の干草の上に寝ることになった。不満はない。あまりにも、その夫婦の態度が非常に丁寧だったから。夫婦の名前は、ドート、セルマといった。
次の日、ベブルが目を覚まして家の居間の方に行くと、セルマは朝ご飯を作っているところだった。
「おはよう。今つくっとるから、そこで待っとって」
セルマにそう言われるままに、ベブルはテーブルの椅子に掛けた。ウォーロウはすでに起きていて、席についていた。ドートも座っていた。まだ寝ているのはフィナだけだ。
「金を払わんわけにはいかん」
ベブルはいきなりそう言った。彼はずっと気持ち悪いものを抱えていた。彼の中では、貸し借りをすぐに相殺するというルールは基本的なものだったからだ。
だが、ドートは気楽に、「気にせんでええ」というだけだった。しかし、今度はウォーロウが同じことを言う。彼もずっと、似たようなことを思っていたのだろう。
「いえ、やっぱりお支払いします。そうしないと、こちらの気が済みませんので」
「別にええんよ」
セルマが朝食を運んできた。葉物野菜とチーズをはさんだパンが、皿の上に沢山乗っていた。彼女は続けた。
「人のために何かするゆうことは、自分のためになるんよ。自分のためにこうしとるんやから、あんたらは気にせんでええんよ」
まったく、どこからどこまでも人の好い……。これ以上言っても無駄だ。そう思ったベブルは、遠慮なくパンを食べることにした。だが、この村は嫌いじゃない。
フィナも起きて来て、五人で朝食を取る。
ドートとセルマから見て、ベブルとフィナは寡黙な人だった。フィナのほうは特に。ウォーロウも黙って食べてはいたが、ときどき夫婦に笑顔で話し掛け、一番まともに受け答えしたので、最も社交的な人物と評価された。
「この先どうします? フィナさん」
ウォーロウは隣の席のフィナに話し掛けた。彼女はちまちまとパンを齧っており、何も言わなかった。考え中だった。
「魔王ってのは強いのか? そいつ、何者なんだ?」
ベブルはドートに訊いた。彼は、昨日の夜にドートが魔王の事を口にしたのを覚えていたのだ。だが、この質問にドートは驚いた。
「魔王さまを知らんとな!」
知るわけねえだろ。ベブルは顔をしかめた。
この時代に来たばかりのベブルにとっては知らないで当然のことだったが、ドートにとっては、それは知っていて当たり前のことだったようだ。この時代の、しかも魔王の支配する地域に住んでいるのだから。
「すみません、こいつ、無知なもので。そうだ、こいつに教えてやってくれませんか、魔王さまがいかなるものか」
ウォーロウがそうドートに頼んだ。ドートは了解した。ベブルはじと目でウォーロウを睨みつけていたが、何も言わなかった。
「魔王さまは五年程前に魔界からやって来られた方でな。大抵いつも、ソディという名の家臣を連れとるそうだ。デルンがアーケモスじゅうを支配しようと勢力範囲を伸ばしとるときに、魔王さまは黒魔城を建てて、そいつに対抗したんだ。魔王さまは干害のときには雨を降らしてくれるし、雷が降ったときにはそいつを村から遠ざけてくれた。おらとしては、アーケモスじゅうが魔王さまの国になれば、一番いいと思う。じゃが、デルンは歴史上の九番目の大帝になろうとして必死なんでな。魔王さまでも、奴だけはそう簡単にはどうにもできねえようで」
やはり、直接その時代のその地域の住人の話を聞くと、伝承からだけでは得られない情報が含まれていた。異世界・魔界からやって来た魔王は、その勢力下の住民には歓迎されているようだ。
「だがなぁ、ただ、ひとつだけ問題があってな……」
ドートが声を落としてそう言ったので、三人は非常に気になって、食事の手を止めた。人々に恩恵を与えているらしい魔王に、何か問題でもあるのか。
「魔王さまがいらっしゃってから、凶悪な魔獣が村の外に出没するようになったんだ。人も何度も襲われとる。ときどきは村にも入って来よる。魔王さまは違うと言うが、皆は、魔の者には魔の者が近づくちゅうとる。おらも信じとうないが、他に理由がないからな。だが、豊作が保証されるのはありがたいことでな。誰も何も言わん」
「それでも、あんたらはデルンよりは魔王とやらのほうがいいと思ってるのか」
ベブルはそう訊いた。ドートは頷く。
「もちろんだとも。デルンは魔術師のなかでも、特に野心家でな。とんでもない怪物をつくって全世界を自分のものにしようと企んどるそうなだ。そんなのに比べりゃあ……」
フィナはその話を、パンを齧りながら黙って聞いていた。
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