(13) 添削は無理!
酒は嫌いな方じゃないが、しかし今は生活費の心配が頭を占めて酒どころじゃない。職業作家というと聞こえはいいが、大学時代より貧乏な暮らしが続いていて、カネの問題が頭を掠めると、離れなくなってしまうのだ。
「なんで急に添削を断ったんだ? 話の途中だろ。酒はそのあとだ」
ぼくの言葉にレン太がグラスを置く。カラカラと涼しげな音が消え、部屋に静寂がおとずれる。書物というのは、不思議と音を急襲し、静かな環境を作り出すのだ。
「それはな、青海川先生、意味がないからだよ」
「意味がない?」
「あぁ。いくら作家センセイの添削を受けたって、作品が売り物になるレベルにまで上がるわけではない」
「それはやってみないと分から……」
「先生、本気で言っているのか!?」
ぼくの言葉の途中で、レン太が強い語調で言ってくる。
「じゃあ、大金を出して野球選手やサッカー選手を雇えば、地方大会でレギュラーも取れない補欠選手がプロになれるかな?」
「うーん……」
「ワタクシの小説書きのレベルは、例えればその補欠選手だ。甲子園常連校のレギュラーですら、プロはむずかしいというのに、補欠選手が極上のコーチから指導されたからといって、劇的に変わるものではないだろう」
「それは、そうだけど……」
「だから、たんなる添削は時間の無駄なだけだ。そしてワタクシは、すでに家業の一部に携わっている。仮に青海川先生が全力で添削してくれたとしても、こちらには時間的な制約がある」
レン太の言っていることは正鵠を得ていて、ぼくは頷かざるを得ない。つまりは添削は、諦めなければならないということだ。
「でも、試しに読んでみたいな、レン太の作品。もしかしたら、卑下しすぎているかもしれないだろ」
「いや……」
レン太は悲しそうに、ため息をついて首を振る。
「卑下しすぎていない。客観的に見て、ワタクシの書いたものは補欠レベルだ」
「どうして補欠レベルの人間が、正確に評価できる?」
「青海川先生、君も作家なら、ある程度読みを働かせてもらいたいものだな」
「読み?」
「あぁ。カネにあかせていろいろできるワタクシが、最初から青海川先生にアプローチしたと思うか?」
アッと、ぼくは思った。たしかにレン太の財力なら、有名な小説家を呼び寄せることも可能だろう。おそらくその作家たちに作品を読んでもらって、誰からもダメ出しを喰らったのだ。
「悔しいが、今、青海川先生が想像していたとおりの顛末だ」
再びレン太が、悲しそうに首を振った。
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