お遊び番外編!もし「呪われた龍にくちづけを」の世界にバレンタインがあったら!?

綾束 乙@迷子宮女&推し活聖女漫画連載中

1 ばれんたいんでーって、なんですか?


※ ※ ※

 「呪われた龍にくちづけを」シリーズのスピンオフです!

 中華風ファンタジーですので、本来ならバレンタインなどないのですが、お知り合いのカクさんに教えていただいた診断メーカーの「推しにチョコもらえるかチャレンジ」の結果が面白くて……。

 

 つい、調子にのって書いてしまいました!


 本編では季節が初夏でバレンタインデーじゃなかったり、そもそもこの世界、たぶんチョコレートなんてないだろう⁉ とか、いろいろツッコミどころ満載ですが、お遊びということで、ひとつお許しくださいませ!


「呪われた龍にくちづけを」本編をご存知の方も、ご存知じゃない方も、かる~く読んで笑っていただければ幸いです!


 ちなみに、途中、名前だけ出てくる「初華はつか」、「玲泉れいぜん」は「呪われた龍にくちづけを 第三幕 ~いきなり迫られるなんて聞いてません!~」で登場予定です~。


※ ※ ※



「ばれんたいんでー、ですか?」

 ぎこちなく呟いた明珠めいじゅの言葉に、青年姿の龍翔りゅうしょうが「ああ」と頷く。


「最近、西方の口から伝わってきた風習でな。なんでも、「チョコレート」なる菓子を、大切な相手に贈るらしいが……」


「それで、卓がこんなことに……」

 明珠は感嘆のまなざしで、龍翔の私室の中央に置かれた大きな卓を見やった。


 卓の上には、色とりどりの包みが山のように積まれている。もう数個積んだら、崩れ落ちるのではないだろうか。


 明珠の感嘆のまなざしに気づいた風もなく、龍翔が小さく吐息する。


「ああ、王城の宮女達から、山と贈られてな……。ああ、妹の初華はつかとその侍女達からも、やたらと渡されたな……。みな、負けじと流行はやりに乗ったのだろうが……」


 本当に、流行に乗りたかっただけなのだろうか、と、明珠は主人の秀麗な面輪を見上げて、疑問に思う。


 天女と見まごうように美しい、しかし凛々しさを兼ね備えた顔立ちは、衆目を集めずにはいられない。


 ほんの一瞬でよいから、宝石のようにきらめく黒曜石に瞳に映りたいとこいねがう者は、星の数ほどいるだろう。その結果が、この大量の贈り物なのだろうが。


「これが初華姫からのちょこれーとですか? うわぁ、豪華……」

 チョコレートの山の中に、ひときわ豪華な包みがある。


「あれ? でも二つ……?」


 なぜか、同じくらい豪華な包みが二つある。

 小首を傾げると、龍翔の吐息混じりの答えが返ってきた。


「ああ、一つは季白きはくからだ」

「ええっ⁉ 季白さんから⁉」


 龍翔に心からの忠誠を誓っている従者の名前に、明珠はすっとんきょうな声を出した。


 初華姫と同じくらい豪華なチョコレートなんて……いったい、いくらしたのだろう?


 貧乏人の明珠には、考えるだけで恐ろしい。と、龍翔の後ろに控えていた季白が、「当然でしょう」と声を上げる。


「バレンタインデーが大切な御方にチョコレートを贈る日ならば、わたくしが龍翔様に贈らない理由がありませんっ‼」


 きっぱりと断言した季白が、悔しげに顔を歪める。


「わたくしの龍翔様への忠誠は、この程度のチョコレートでは表せないのですが……っ! しかし、初華姫より豪華なものをお贈りしては角が立つため、お贈りすることが叶わず……っ!」


 切れ長の目の細め、心底悔しげに歯噛みする季白に、明珠は、制限がなかったら、いったいどれほど高価なチョコレートを贈るつもりだったのだろうと、空恐ろしくなる。


「季白……。お前の龍翔様への忠誠心は、もう、みんな嫌というほどわかっているから……」


 穏やかな顔立ちに苦笑を浮かべて、同僚をなだめたのは張宇ちょううだ。


「まあ、俺は自分用にあれこれと物色して買ってきたけれどな!」


 ふだんは穏やかで物腰の柔らかな張宇の目が、らんらんと輝いている。

 甘いものに目がない張宇は、甘味が絡んだ時だけは、人が変わったように熱心で貪欲どんよくになる。


「けど、俺も意外と宮女達から贈られて……」


 ほくほくと嬉しそうに話す張宇は、子どもが一人、優に入りそうな大きな鞄を背負っている。

 先日まで出かけていた辺境の街・乾晶けんしょうで甘味巡りをした時にも背負っていた鞄だ。


 床に下ろしていた鞄を張宇が開けると、あふれんばかりのチョコレートの包みが見えた。


「季白。お前がもらった分をわけておこう」

「わたしの分ですか? 要りません。あなたが食べてくれたらいいですよ」


 季白の返事はにべもない。


「えーっ、季白サン、それは人としてちょっとどーかと思うっスよ~?」


 抗議の声を上げたのは、ちょうど部屋へ入ってきた安理あんりだ。

 肩で扉を押し開けて入ってきた安理に、季白が切れ長の目を怒らせる。


「安理! 入室の伺いも立てずに入ってくるとは何事ですか! しかも肩で扉を開けるなど! ここがどなたのお部屋だと……っ!」


「え~っ、だって、両手がふさがってて無理だったんスよ~」


 悪びれずに、にへら、と笑った安理は、両手いっぱいに色とりどりの包みを抱えている。


「いや~、モテる男は大変っス~。あっちこっちで呼びとめられて……。少なくとも、周康しゅうこうサンには勝ってるっスよ!」


 きしし、と笑いながら歩いてきた安理が、部屋の真ん中にある卓を見て、「ひょわ――っ!」とすっとんきょうな声を上げる。


「なんスかこのチョコレートの山っ⁉ えっ、これ龍翔サマがお一人でっ⁉」


 龍翔の無言を肯定と受け取ったのだろう。安理が、


「さっすが龍翔サマ! すごいっスね! これ、王城どころか王都一じゃないっスか⁉ たぶんこれ、玲泉れいぜんサマも越えてるっスよ……」


 と、感嘆の声を上げる。が、龍翔は安理の言葉に心を動かされた風もない。


「皆が皆、流行りに乗っただけだろう? それに、馬のように甘味を食せる張宇ならともかく、これほど大量にあっても食べきれん」


 うっとうしそうに呟いた龍翔が、不意に明珠を振り返る。


明順めいじゅん。好きなだけやるぞ。ほら」


 明珠は男装し、「明順めいじゅん」という少年の従者として、龍翔に仕えている。


 今まで、年頃の異性をそばに置いたことのない龍翔が、明珠を従者に加えるにあたり、存在が目立たぬようにと考慮された結果だ。

 しっかりした仕立ての男物のお仕着せを支給され、給料もよいとなれば、貧乏人の明珠に不満などない。


 なにより、龍翔は心から尊敬できる素晴らしい主なのだ。一介の庶民に過ぎぬ明珠が、こんな素晴らしい主に仕えることができる僥倖ぎょうこうを感謝するべきだろう。


 明珠は、目の前に差し出された立派な包みに固まった。


 山の中でもひときわ豪華なこの包みは。


「こ、これっ、季白さんが龍翔様に贈ったチョコレートじゃないですかっ‼ こんな立派なもの、いただけませんっ!」


 背後から、ものすごい視線の圧を感じる。見なくても、季白の鬼の形相がまざまざと浮かぶ。


 もし、視線が実体をもっていたら、今頃、串刺しになっているだろう。


 明珠の辞退に、龍翔は、

「ん? 初華からの方がよかったか?」


 と、もう一方の豪華な包みに手を伸ばす。明珠はあわてて主人の手を押し留めた。


「なんで初華姫のなんですかっ! 季白さんのだろうと初華姫のだろうと、こんな分不相応なもの、いただけませんっ!」


 というか、他の包みだって、どこからどう見ても高価そうなものばかりで、明珠にふさわしいものなど、一つとしてないのだが。


「甘いものは好きだろう?」

 明珠の必死の辞退に、龍翔が不思議そうに首を傾げる。


「そ、それは大好きですけど……っ! でも、こんな高級なちょこれーと、私なんかが口にしていいわけがないというか……」


「何を言うかと思えば、変なことを」

 龍翔が小さく吹き出す。


「食べる者に、ふさわしいもふさわしくないもあるものか。先ほども言った通り、これだけの量を一人で食べることなどできぬ。お前が手伝ってくれたら、助かる」


 優しい声音で言われて、明珠は口ごもった。


 明珠だって、甘いものは大好きだ。貧乏で、ふだんは甘いものなど滅多に食べられないだけに、このチョコレートの山は、夢の光景に等しい。


「り、龍翔様がそうおっしゃってくださるのなら、ありがたく、いただきます……」


「うむ」

 満足そうに頷いた龍翔が、季白が贈った包みを渡そうとする。


「あっ、でももう少し小さいものの方が……っ」


 こう季白に睨まれていては、せっかくの高級チョコレートなのに、食べても味がしなさそうだ。


 明珠の懇願に、龍翔は、


「そうなのか。では、これとこれと……」

 と、いくつもの包みを取り分けようとする。


「ちょっ、ちょっとお待ちください! こんなにいただいたら申し訳ないですっ!」


 明珠は固辞したが、龍翔の手は止まらない。


「わたしが良いと言っているのだから、気にするな。それに」


 龍翔が明珠を振り向き、優しく微笑む。す、と長い指先が伸び、明珠の頬にふれた。


「食べたお前の愛らしい笑顔を見られるのなら、わたしも嬉しい」


「ふえっ⁉」

 柔らかな微笑みとともに告げられた言葉に、思わず変な声が出る。


 このあるじは、ときどき、明珠の思いもよらないことを言うので、驚かされる。

 誰もが見惚みほれずにはおれぬ美貌を持ちながら、いったい何を言うのか。


 温かな龍翔の指先の熱がうつったように、瞬時に頬が熱くなる。


 まるで宝物にふれるように、龍翔の指先が明珠の頬をすべり、明珠は思わずれそうになった声に、ぎゅっ、と唇を引き結んだ。


「で?」


 うきうきと割って入ったのは、安理の声だ。


「明順チャンは、龍翔様にチョコレート、用意してないんスかぁ~?」





  

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