第342話 ●「焦土作戦6」

 リスティから発せられた言葉に、ある者は困惑し、ある者は頷く。


「先ほどもアインツ殿に聞かされたのだが、その真意を教えていただけますかな?」


 その困惑したものの一人であるベルクリックがリスティに対して口を開く。

 その言葉にリスティは一つ頷く。


「もちろん本当に死んでいただくわけにはいきません。

 優秀な人材を無下に処刑するほどこちらも人材は飽和はしていませんから。

 お三方が北部貴族連合に復帰したいということであれば、幾つかの条件のもと許しましょう。

 ただ少なくともハインリッヒ様はご家族をバルクス領内に逃がすという事をされていますのでそのつもりはないと思いますが」


 そのリスティの言葉にハインリッヒは苦笑いする。家族の情報は既に把握済みということ。

 それは詰まるところ場合によっては人質としても有用ということだ。

 もちろんハインリッヒの心は決まっているとはいえすべてを見透かされているようでばつが悪い。


「復帰したいといったところでエウシャント伯の気質だ。それも叶うまい?」


 ラスティアの言葉にそれ以外の二人は表情を曇らせる。

 リスティ自身は、アリスやクリスが調査した情報上でしかエウシャント伯爵のことを知らないが、それでもその傲岸さは見て取れた。

 すぐそばに仕えていた二人からすれば、ラスティアの言にはよりリアリティがあるのだろう。


「だが私には残した家族が……」


 そう、独り身のラスティアや既に家族をバルクスに逃がしたハインリッヒとは異なりベルクリック将軍の家族はいまだにエウシャント伯領に住んでいる。

 しかもラスティアの副官に過ぎないハインリッヒとは異なり、ベルクリックはエウシャント伯直属の部下。

 エウシャント伯爵の気質からして裏切ることが無いように少なからぬ監視下に置かれていることだろう。


「はい、ですのでお三方には投降ではなく今回の戦闘で戦死した。そういうことになっていただくのです。

 戦死した人の家族をいつまでも監視しておくほどエウシャント伯も暇ではないでしょう。

 まぁこれからそんなことに現を抜かしていられぬほどの状況になるでしょうし」


 そう言うリスティにラスティアは苦笑いする。

 リスティの言う通りすでに初戦で大敗北を喫し、すでにエウシャント伯領の南部の三割ほどがすでにバルクス側に落ちているのだ。


 以降の主都までの間でどうにかしてバルクス軍を倒すための準備に追われることになるだろう。

 そしてその準備を一手に受けていたラスティアとハインリッヒは既にいないのである。


「もちろんこれからは別人として生きていただくことになりますので、これまでのキャリアはすべて失うことになりますが」


 もしこの三人が、栄達を目指しているのであればこの選択は身を切る思いであろう。

 だが三人は笑う。


「私はエウシャント伯には煙たがられていますからね。今日までこの地位にあったのは以前の戦いで幸運にも勝利を収めたから。

 幾度もの暇乞いも握りつぶされていましたからそれが図らずも許された形になる。それだけですから」

「私も既に家族はバルクスにあります。それにラスティア様同様にこれ以上の恩もありませんから」


 ラスティアとハインリッヒは既に心を決めていたのだから、あっさりとエウシャント伯との決別を口にする。


「私の懸念である家族が無事であれば私も問題ありません。……もっともエウシャント殿にとっては私は平民出の人間でしかありませんでしたからね。

 リスティア殿にお願いしたいことがあるのだが」

「なんでしょうか?」

「私の家族に私のことを伝えていただくことは可能でしょうか?」

「えぇ、問題ありません。ベルクリック殿が無事であること。こちらに降ったこともお伝えしましょう。

 望まれるのであればバルクスまでの移住のお手伝いも」


 その言葉は、バルクス側が既にエウシャント伯内に人を入れていることを決定づけるものである。

 その言質に改めてラスティアは今回の戦争に当初から敗北していたことを思い知る。


 一方でベルクリック将軍はそのバルクス軍のトップの言葉に一つ安堵のため息を吐く。

 そして深々と頭を下げ。


「ならばこれからの半生。すべてバルクスのために」


 と告げる。


「さて、それでは我々のお味方になった三方には新たなお名前が必要ですね。

 何か希望はありますか?」


 三人の言葉に嬉しそうに頷いたリスティは問いかける。


「それでは私は曽祖父の名であるアレックスと祖母の家名であるエルゴでアレックス・エルゴと名乗らせていただきます」


 その言葉にまずはハインリッヒが口を開く。


「私は……王国建国において勇将と名高き二将軍。ウルリッヒ・ジャコブとエイントン・ワーレンよりウルリッヒ・ワーレンと」


 ベルクルックも続けて新たなる名を名乗る。


 一方でラスティアはしばらく考えた後。


「それでは私はミュラー・パソナ。そう名乗らせていただきます」

「ミュラーは、かつて王国と帝国の戦争で大挙する帝国軍を押し戻したファウント公爵家の始祖。【銀の盾】ミュラー・ファウント・ロイドからですね。そして……」

「えぇ、パソナは我が亡き弟。パソナ・ヒアルス・ファーナの名。既に家族以外には忘却された名」


 そう在りし日の弟を思い出しているのだろう。少し寂しそうにラスティアは笑う。


 それにリスティは、力強く頷き。

 

「それでは、ミュラー・パソナ殿。ウルリッヒ・ワーレン殿。アレックス・エルゴ殿。

 これよりバルクス家家臣として三方の活躍に期待しています」

 

 そう告げるのであった。


 ――――


 エウシャント軍指揮官 ラスティア・ヒアルス・ファーナ。

 エウシャント軍指揮官補佐 ハインリッヒ・ゲーブル。

 エウシャント軍将軍 ベルクリック・ルーデル。


 この三人の戦死がエウシャント側にもたらされたのは、これより五日後のことである。

 それは有象無象の寄せ集めに過ぎない北部貴族連合内の数少ない玉を失ったことを意味していた。


 それにエウシャント伯が気づくのにそれほどの日を費やすことは無かった。

 彼は失って初めて彼らの今までの献身に気づくことになる。

 そして、いまだ十万ほどの兵を要するとはいえ、敗北への道を一歩踏み出したことを意味するのであった。

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