第338話 ●「焦土作戦2」

「このルートで五百輌超えの馬車か。まったく資源が潤沢なバルクスが羨ましいもんだね」


 バルクス側の予想される輸送ルートは計三か所。そのうちの一つが土砂災害により除外されて残り二つの監視を始めてから三日後。

 偵察兵よりもたらされた情報にラスティアは苦笑いする。

 大まかな値とはなるが馬車一輌で満載にすれば兵二百人が一週間ほど軍を維持できるだけの食料・消耗品を運ぶことができる。


 それが五百輌。バルクス軍が民兵五千も含めて二万ほどであることを考えると五週間分の物資ということになる。

 しかも以降の町村が焦土作戦により物資提供が必要であることを考慮しての第一陣だろうからバルクス軍側の蓄財資源の豊富さを窺い知ることができる。

 これがエウシャントであれば場合によっては重税を課す必要に迫られるだろう。

 この時点でケンカを売る相手ではなかったのだ。


 だが逆にその物資を奪取または焼失させることができればバルクス側への打撃は計り知れない。

 そして一度の成功によりバルクス側はより慎重さが必要となり、それは多くの遅延を発生させる。

 もちろん、それは一時的なことだろうが自分の能力をバルクス側に見せつけるには十分だろう。


(いや、何もかもがうまくいくと考えるな。自分を売り込もうと焦ると足元を掬われるぞ。冷静にだ。ラスティア・ヒアルス・ファーナ)


 一度深呼吸をしてラスティアは、自戒する。


「それで護衛部隊はどれほどだった?」

「はっ! 各車輛に御者と護衛が一から二名。合計で千二百ほど。

 武装の質から考えると民兵が中心かと」

「ふむ……」


 偵察兵の報告にラスティアは考え込む。

 車輛に火を放つことさえできればこちらの目標は達成できることを考えれば、民兵が千二百であればこちらからは四分の三となる三千もあれば十分に対応できるだろう。


 だが彼の中に僅かながらとはいえ違和感を感じる。


「……本当にそれだけしかいなかったのか?」

「は、はい。後方にも前方にも敵の姿はありませんでした。 輸送隊を確認した場所は数名程度であれば身を隠せる場所はありましたが軍を伏せるのは難しいかと」


 その報告とは裏腹に彼の中でさらに違和感が広がる。

 あまりにもこちらの希望通りの展開すぎるのだ。もちろんこちらの希望通りに進むことは彼にとってはありがたい。


 だが女性だからといってリスティアを見下すことは一切ない。むしろ戦術眼・戦略眼の面から考えても自分より上と彼は考えている。

 そんな彼女があまりにも無防備すぎる。兵站の重要性は彼女も十分に理解しているはずである。


「報告、ご苦労だった。引き続き監視をしてくれ」


 ラスティアの言葉に偵察兵は一礼すると幕舎を出ていく。


(罠か……だがそうだとしてどこで罠を張っている……

 そもそものこの輸送隊自体が囮という可能性もある。

 いや、だがバルクス軍の物資が焦土作戦によって逼迫しつつあることは間違いない。

 どこかのタイミングで物資輸送は絶対に必要だ……)


 そういった思考が堂々巡りする。

 だが警戒網にバルクス側の輸送隊が引っ掛かった時点で時間的な猶予はそこまで多くはない。

 エールドバームに駐屯しているバルクス軍本体が救援に来ればこちら側に対抗するだけの戦力はない。


 救援軍が来るまでに事を済ますことが可能な位置にこちらの軍を配置することを考えると即断する必要がある。

 ラスティアは、一抹の不安を抱えながらも決断する。


 幕舎をでて侍従たちに各将の招集を命令するのであった。


 ――――


「……敵の輸送隊は、ルクトリア盆地で夜営を開始したようです」

「そうか。よし何とか間に合ったようだな」


 偵察兵からの報告に男――ベルクリック将軍は安堵したようにつぶやく。

 ルクトリア盆地からエールドバームの距離を考えれば救援が来る前にことを終わらせることも十分に可能であろう。

 ベルクリック将軍は、ラスティア基準で凡将が大半を占める北部貴族連合の中でも数少ない優秀な将であろう。

 彼の出自が平民でさえなければもっと高みが望めたであろう。と同情の目で見られるほどに。


 ベルクリック将軍が率いるのは兵三千。民兵ということにいささかの不安があるものの贅沢を言ってはいられない。

 四千ほどの兵のほとんどを将軍に預けてくれたラスティアのことを考えれば文句を言えない。


 ラスティアの本陣が空も同然に近い兵しか残っていないことに不安があるが彼曰く本陣の位置は地元の住民しか知らないような場所だから大丈夫だろう。 だそうだ。 それを信じるほかない。


「よいか、無理に敵を倒そうと考えるな。兵糧に火を放つことが出来さえすればこちらの勝ちなのだ」


 ベルクリックは兵たちに繰り返し伝える。

 彼自身、今回の戦争に反対した一人である。いや、反対したからこそ厄介者としてラスティアとともに民兵ばかりの軍に放り込まれたに等しい。

 その事に彼の中で義と不信が葛藤している状況であった。


 ――


「……将軍。 やつらのあれ・・は何なのでしょうかね?」


 バルクス軍の補給隊を望遠鏡で確認できる距離まで近づいたベルクリック将軍の横に追従してきた副官が小さな声でつぶやく。


「ふむ……松明……とは異なるな。 魔道具の一種か?」


 野営地の周りを囲むように置かれた四十センチ四方の箱。そこから伸びた八十センチほどの棒の先端が煌々と光り輝いている。

 その光によって本来は深い闇が広がる盆地はまるで昼間のような明るさである。

 彼らが知る由もなかったが、それは四年の歳月をかけ一昨年実用レベルに達した『魔力蓄積器』とそれを利用した魔力灯である。


 魔力充電に関して未だ試行錯誤中で大量の魔力が必要となるという欠点――ここから二年後にはバルクス全領土の街灯整備が開始されるまで改善する――はあるが夜間は継続して灯し続ける事ができるためいち早く軍に配備されたものである。

 もしその欠点をベルクリックが把握していたならば、違和感を感じたことであろう。

 『千二百人ほどの民兵になぜ魔力補充ができたのか?』と。


 だが未だバルクス内でも軍内でしか使用されていない物の知識を求めるのは酷であろう。

 故にベルクリックもただの魔道具としてしか認識できなかった。


「……これだけ明るいと完全なる夜襲は難しいですな」

「うむ……だがやるしかなかろう。運のいいことに荷馬車は一か所にまとめられている。幾つかに火をつけることができれば延焼も期待できよう」


 煌々と魔力灯が光る中で兵舎のテントから幾分離れた位置に黒い布で荷が覆われた馬車が纏めて置かれているのが見える。

 周りに見張りだろうか? 何名か確認できるがこちらは一撃後に即離脱するために騎馬隊を中心とした編成である。

 その程度の人数であれば突き抜けることも容易であろう。


 幾つかの懸念材料はある。だが既に賽は投げられたのだ。もう引くことはできない。


「よし、総員騎馬に搭乗。この一撃をもって敵の兵站に打撃を与えるっ」


 そのベルクリックの号令により大きく動き出すのであった。


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