第284話 ■「マリーのお願い3」

「それにしてもマリーが自分のお願いを通すためとはいえ、愛しい愛しいエルの前で貴族的な発言をするとはねぇ。

 お姉ちゃん、マリーの成長が嬉しいわぁ」


 マリーから孤児を引き取って魔術師として教育していく施設を併設するお願いについて、クリスとアリスから了承がもらえた後、裏庭の休憩所でお茶を飲みながらクリスはしみじみと言う。


 ちなみに休憩所の左手の一角の席は、僕の妻や家族の集合場所として定着したようでこの周りだけ四季折々の花が多めに植えられている。

 どうやらその世話を任されることはメイドたちにとっては憧れの役割らしい。


 辺境侯館やその周辺は、いまや新規事業に必要な施設が次々と建設されそれに伴い維持管理のためのメイドも大量に採用されている。

 シャワーの完備や僕が定めた休憩時間の徹底などにより職場環境の良さが評判となっていたため今ではエルスリードのみならずバルクス辺境侯内で女性にとって一番憧れの職業となっている。

 そのため応募倍率もかなり上がっているようで身辺調査を行うフレカ、アーシャ、ミスティを筆頭とした諜報メイドたちも大忙しらしい。


 メイドたちの多くが平民だからこそ当主の妻や家族というのは高嶺の花。そんな高嶺の花たちと花壇の世話をしていると一言・二言会話が交わせるということは、彼女たちにとってご褒美と等しいらしい。


 ――閑話休題


 クリスとアリスのことだ、ある程度の事前準備は出来ているだろうから直ぐにでも、教育施設の手配は始まるだろう。


「だってクリスお姉さまとアリスお姉さまを納得させるには、出し惜しみできないもん」


 そうマリーはカップから紅茶をそっと啜りながら恥ずかしそうに言う。

 それにクリスと珍しいことにアリスもマリーを両側から抱きしめる。


「あーん、可愛いなぁ。ねぇエル。この子頂戴!」

「お断りします」


「三人も可愛い妹がいるんだから一人くらいいいじゃない」

「三人が可愛い妹であることには一欠けらの異議はないけど駄目です」

「ケチ―」


 そう言いながらもクリスとアリスはマリーのほっぺに自分のほっぺを擦り合わせる。

 それに照れながらもまんざらではない表情をするマリー。うむ、良き光景である。


「ま、冗談はこれくらいにして……と、普段の孤児たちの世話は誰にしてもらう?

 マリーも侯爵公女としての仕事があるから、ずっと付き合っているわけにはいかないだろうし」


 マリーも三女とはいえバルクス辺境侯の貴族であるから貴族としての責務はどうしても発生する。

 なので一日中孤児の世話をしているというのは物理的に不可能なことだ。


「それなのですが、貴族学校でスカウトしてきた中に実家が宿屋だったり孤児院だったりと保育知識がある娘が何名かいます。

 その方たちにお手伝いをお願いできないか聞いてみようと思います」

「あー、そうか。マリーやクイ達がスカウトしてきた子たちの働き先も決めなきゃいけないもんなぁ」


 貴族が貴族学校に通うのは勉学だけではなく優秀な人材をスカウトしてくる場所でもあるというのは、クイやマリーも同様である。

 実際、アリシャやリリィが戻ってきた際も十名ほど、今回も十五名ほどスカウトして連れてきていた。


 四人とも僕に似たらしくほとんどが平民または下級貴族。一番上でも伯爵家の六男と後継問題から程遠い子と地位ではなく優秀さでスカウトしたようだ。


 拡張が著しいバルクスにおいて貴族学校で高等教育を受けてきた人材は不可欠ではあるが、全員が全員、執務官に。となると席が足りないのだ。

 とはいえ、クイとマリーがスカウトしてきた人材は、なかなかに粒が揃っているので遊ばせておくのはあまりにもったいない。


「それじゃ、マリーが適していると思う子を三・四人ほどピックアップして説明してもらえるかな?

 承認に関してはクイから出してもらうようにしておくからさ」

「はい、わかりました。お兄様」


「それで魔術師教育についてだけれどまず何から行うつもりだい?」

「そうですね。お兄様の見立てですと、魔力増強は早ければ早いほど効果がある。ですよね?」

「うん、そうだね。僕やクリス、それからベルは五歳の頃から始めたからか魔力量は知り合いの中でも群を抜いているだろ?

 けれどアインツやユスティ達は貴族学校に入学した後、つまりは八歳から始めて確かに他の人に比べれば魔力量は多いけれどそれでも僕やクリスの半分ほどしかない。

 アリスに至っては……」

「単純に私の才能がなかっただけという事もありますでしょうけれど。せいぜい下級魔術師くらいですね」


 このように魔力量の増強を始めた年が若ければ若いほど魔力量が違うのだ。

 もちろん対象件数が少なすぎるから別の理由がある可能性はある。

 例えば僕やクリスが『四賢公』の血を引いているからということも一つ考えたけれど、それだとベルの魔力量が説明できない。


 ならばギフト持ちだから。だとすれば次はアリスの魔力量の少なさが証明できない。

 なので単純だが若いうちから始めれば伸びるのではないか? という仮説を立てたに過ぎない。

 言ってしまえば、孤児たちにはその仮説を立証するための参考でもあるのだ。


 まるで人体実験のような感じだけれど、別に最初は危険なことをするつもりは無い。

 毎日魔力切れギリギリまで消費してそれを睡眠による時間経過で回復させるを繰り返すだけである。


「そうだね。長い目で見て魔力増強が効果的なのかから確認してもらえるかな? その結果をもとに今後のカリキュラムを決めていくってことで」

「はい、了解しました」


 僕の言葉にマリーは頷く。

 そんな会話をしている僕たちのもとに一人の若いメイドがやってくる。

 今や父さんの世話役として好々爺となったドルテさんの孫娘のカストーラだ。十五歳になるということで今年からメイド見習いとして働き始めている。

 ……うん、念のために言っておくが、幼馴染の許嫁がいるから僕のハーレム要員ではない。


 実のところメイドさんが増えて華やかになった事はうれしいが、どうにも上手くすれば僕の妻の末席に……と玉の輿を狙った応募も増えていたりする。

 一次応募の時点でそういった邪な考えの子は、かなり弾かれてはいるけれどそれでも少なからず残ってしまうことがある。


 たまにクリスたちと歩いている際に熱っぽい視線を向けてくることがあるのだが、その際のクリスたちの視線を確認するのが怖いので勘弁してほしいものだ。

 ギフト持ちの中枢人物でもあり正室のクリスがアリスを気に入った……いやけしかけたからこそであり、平民を妻にしたところで侯爵位の僕には何のメリットもないからあり得ない。


 メイドにお手付きした貴族もいないわけではないが、逆にそのメイドは口封じや遺産目当てから除外するために殺されることだってあり得るのだ。

 その点、カストーラはドルテさんから開口一番、許嫁がいることを教えてもらえたからクリスたちも安心して僕の身の回りのお世話係として受け入れている。


 もちろん、僕にクリスたちの目を盗んでお手付きにするような度胸も甲斐性もあるわけがないが。


「エルスティア様、イシュタール様が火急で確認したい意見があるとのことで執務室でお待ちなのですが……」

「うぇー、イシュタールか。なんか面倒くさい話になりそうだなぁ。あっ、急病で寝込んでいるって……」

「だめよ、エル。イシュタールも遊びじゃないんだからちゃんと行きなさい」


 僕のささやかな抵抗はあっさりとクリスによって却下される。

 まぁ、イシュタールの話は面倒なことが多いとはいえ、それでも彼はアリスが認めるほど優秀だ。

 精査したうえでも僕の裁可が必要な話しか持っては来ないだろう。それをクリスも知っているからこその却下である。

 

「……ふぅ、わかったよ。うちの奥さんは厳しいなぁ。それじゃマリー、後の事はクリスとアリスに相談してくれるかな?」

「わかりました。お兄様」


 そういって僕はイシュタールの待つ執務室へと向かうのであった。

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