第283話 ■「マリーのお願い2」

「マリーのお願いは、私たちも考えていたから、とても嬉しいわ。

 特にマリー達は、エルのメモを元に子供の頃から魔力強化や練習をしていたから経験の意味でも安心できるしね」


 クリスはそう言いながらマリーの頭をなでる。それに嬉しそうにマリーはされるがままとなる。

 つくづく思うが、クリスはどうも僕の妹や弟に非常に甘々な気がする。

 うーん、自分の兄妹たちがいわば骨肉の争いをしているから、義理とはいえ自分を敬愛してくる妹や弟たちに自分が注いでもらえなかった愛情を注いでいるのかもしれない。


 まぁ、うちの妹たちもクリスにデレデレなのだから気にすることもないけどさ。


「けどね。どうしても問題はあったりするのよね。

 前にエルたちとも話したんだけどね。魔法が一番求められているのは結局のところ、人や魔物を殺すための技術なの。


 しかもその希少性から、一般人には魔法のメリット・デメリットを知らない人が多い。

 だから魔法が使えるだけで自身の社会的地位まで上がると思っている人も多いわ。


 現に子供が魔術師の才能があることが分かった親が、雇用主に待遇改善を強要したり、暴力事件や強盗事件に発展したりする事が少なからず発生している。

 勿論、そんな犯罪者は逮捕されるけど、過剰な力を持つと人を狂わせるという典型的な例よね」


 どんなに優秀な魔術師であっても、魔力が無くなればただの人でしかない。

 特に魔法教育を受けていない人には、ペース配分が出来ないからすぐにガス欠になってしまう。


 幼いころに僕やクリスが魔力切れでぶっ倒れていたことをふと思い出す。

 魔力が規格外(当社比)な僕やクリス達だって、常に魔力消費を計算しているし、今でも魔力量が少しでも増えるように日課として訓練はしているのだから。


「それについてですが……まず候補としては孤児を対象にしようと思うんです」


 マリーからの返答にアリスとクリスは少し驚いた顔をする。

 おそらくマリーから孤児というのが出てくるとは思っていなかったんだろう。


「それはどうしてですか?」

「孤児は残念ですが、将来的には犯罪者に身をやつしてしまう可能性が高いです。経済力そして親という支えがないのですから仕方がないのかもしれません。

 ですが魔法を学ぶことが出来れば、騎士団に所属できる道筋が出来ますからその抑止となります」


 元の世界では孤児がどれだけいたのかや、彼らが大人になった時にどのような職業に就いたのかは正直僕にはわからない。

 僕自身も両親を失ったとはいえ、就職先が決まった後で、すでに独り立ちできるタイミングだったから、悲しさや不安はあったけれど何とかなった。


 だがこの世界では、現実問題として孤児が存在する。しかも少なくはない。

 魔物に両親を殺された、経済困窮により捨てられたなど原因は様々だ。


 父さんの代までは、エルスリードでも孤児がかなりいたらしいが、頑張って孤児施設の設立や予算付けした事によってかなりの孤児を救うことは出来た。

 発案者は母さんだったようで、その辣腕ぶりで実現にこぎつけたそうだ。

 まぁ、その間は父さんは馬車馬のように働かされたらしい。いつの時代も母さんの被害を被るのは父さんのようだ。


 さらに僕の代になって経済的にも豊かになってきたため、年々孤児の数は減ってはいるがそれでもゼロにはなっていない。


 そして父さんたちが設立した孤児施設も朝夜の僅かな食べ物と寝る場所の提供場所に過ぎない。

 それ以上の加護は、普通の生活をしている住民たちの反発を招く恐れがあるからだ。

 働きもしていないのに良い生活をしやがって。という事になりかねない。


 そして彼らの出来る作業は、農家への奉公や掃除屋といった云わば汚れ仕事くらいしかない。

 掃除屋自身は、レーゲンアーペによる下水処理場が順調で――今年はレーゲンアーペの子供も大量に生まれたそうだ――必要性が無くなりつつはある。


 そこからも漏れた孤児がたどり着くのは、犯罪集団だ。

 そういった彼らに別の道筋を作ることは確かに理にかなっているといえるだろう。


「二つ目の理由は、しがらみが無いということも大きいです。

 バルクスは貴族が少ないですから縁故採用が少ないとはいえゼロではありませんから」


 攻撃魔法を使える魔術師の絶対数は少ない。その希少性はクリスが指摘したように社会的地位が上がると考える人も多い。

 確かに騎士団内においても魔術師の給料は通常の騎士に比べて四割ほど多い。


 ただそれは社会的地位が上がったからではなく、それだけの危険性があるからだ。

 魔物は魔力に惹かれる。それは詰まるところ通常の騎士に比べて魔物に襲われるリスクが上がるわけである。

 対人間であっても殲滅力が高くなる魔術師が真っ先に狙われる。


 そのため、負傷・死亡率でいえば通常の騎士よりも三割から五割程度増えるのだ。

 よく言うところの危険手当というやつだ。


 ただ普通の人は、その危険性よりも給料の高さに目がいく。それで社会的地位が高いと勘違いするのだ。

 そして何故か家族もそのおこぼれに預かれると勘違いしている人も少なくはない。


 貴族によっては、家族が縁故採用されたという話もあるらしいが、それは前提としてその家族も「貴族」だからである。

 貴族は、縁故同士のつながりを重視する傾向がある。その家族と縁故を結ぶことで優秀な魔術師を手元に束縛するための知恵の一つである。


 だが一般の平民の場合は、貴族の権力によって魔術師を契約で束縛すればいい。

 王国においては貴族の契約を平民が破棄することは非常に難しいのだから。


 そういった意味でも孤児は当たり前だが平民だ。しかも身寄りがないからこそ孤児になるのだから魔術師にしたとしても面倒くさい家族がいない。

 うん、モンスターペアレント対策もばっちりである。


「その他にも色々と理由はありますが、一番の理由は……」


 そこでマリーは、ちらりと僕の方を見る。ふむ、何か言いずらいことでもあるのだろうか。

 それでもマリーは言葉を続ける。


「何かあった場合、一番切りやすい存在だからです」


 そう、実に貴族的らしい回答をする。なるほど、大のために小を切るという発言で僕に嫌われないかを心配したらしい。


「大丈夫だよ、マリー。政治は綺麗ごとだけではやっていけないからね」


 笑いながら返す僕の言葉にマリーは少しだけほっとしたような表情をする。

 統治者には千を救うために十を躊躇なく切り捨てる決断を迫られることが当たり前のように発生する。

 けれど、その十を切り捨てることに何の感慨も覚えなくなるのは難しい。


 家族を持ってからつくづく分かったがその十の背後に家族が見えるからだ。

 ただそれは、感情的に可哀そうといった部分もあるが、残される家族への生活保障など……つまるところ経済的な部分も見えるのだ。

 まったく統治者とは度し難いものだ。


 バルクスでも騎士が魔物などとの戦闘で命を落とした場合、遺族に対して給料の一年分相当を慰霊金として支給している。

 ただこれが財政に対してボディブローのように効いてきたりする。


 特に大規模戦闘。しかも今回はルード要塞戦線で四十五人という多くの死者を出している。

 その慰霊金とその欠員補充対応だけで結構な金額である。


 ところが孤児であれば、結婚とかすれば別だろうけれど家族に対する慰霊金が発生しない。

 つまり統治者としてみた場合、非常時に優先して保護するべきランクで見た場合、低くすることができるのだ。

 人の命の重さに差をつけるなんてと人権団体あたりが言ってきそうではあるが、この世界ではこれが当たり前の思想なのである。


 実際問題は魔術師が貴重であることは紛れもない事実だから簡単に切れるかといわれると否ではある。

 遠い将来に孤児の魔術師が多くなった頃に初めて考えられる内容である。


「なるほど、マリーさんの意見。良くわかりました。

 確かにメリット……というのはあまり良い気分ではないかもしれませんが、大きいですね」


 そうアリスはマリーに答えるのであった。

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