第274話 ■「家族会議2」

「聡明な弟を持って兄としては嬉しいけれど、本当にそれでいいのかクイ?」

「兄さん、そんな言い方だとなんだか僕に反対してもらいたかったようじゃないですか」


 僕の問いかけにクイは笑う。確かにそれを期待していたような言い方だったな。


「貴族家の子供として産まれた以上、兄さんたちが非常に稀有なだけで恋愛結婚というものに期待はしておりません。

 元々は伯爵家の次男坊。よくて伯爵家の三女あたりと思っていましたので、公爵家の娘と高く値をつけてもらったと考えれば爽快です」

「そんなものなのかね?」

「そんなものですよ。しかも後継者争いの最右翼のファウント公爵家ですから今後のことを考えた時、バルクス家にとってもメリットしかありません。

 まぁ、一つあるとすれば公爵家の令嬢ですからわがまま娘という可能性が怖いですけどね」


 確かに高位貴族のご令嬢ともなれば蝶よ花よと育てられている可能性が高い。

 クリスが――あの時にはクリスだとは知らなかったけれど――嫁いできた時も僕たちの中ではわがまま娘かもしれないと戦々恐々としたことが懐かしい。


「そういえばアリス。その末娘の情報って何か手に入れれたかな?」

「いまだに調べ中でそこまで詳細な情報はありませんが、今のところ分かっている内容でよろしいでしょうか?」


「うん、たのむよ」

「わかりました。名前はイーグニア・ファウント・ロイド。今年で十四歳となります」

「イーグニア? 女性としては珍しい名前だね」

「どうやら、ファウント公爵としては男子を期待していたのですが産まれてきたのは女子で……」

「女子名を考えるのもめんどくさかったってところかな」


 そう返す僕にアリスは苦笑いする。

 多くの子供を産むことが義務ともいえる貴族社会あるあるだろう。

 最初の方の子供の名前は、縁起が良かったり過去の偉人からとったりと色々考えるのだが、それもある程度行くとだんだんとめんどくさくなってくるらしい。

 特に女子の場合は、下の子になるほどに婚姻によって家を出ることが確定だから、そこまで真剣に考えなくなってくるのだそうだ。


 うん、僕は最後まで真剣に名付けてあげよう。


「それで聞いた話では……そのぉ」


 アリスは少し言いにくそうにクイに目線を送る。それに気づいたクイは少し苦笑いしながら先を促す。


「あくまでも噂ではあるのですが、じゃじゃ馬とのことで……」

「そうきたかぁ」


 どうやらクイは苦労することになりそうである。頑張れ弟よ陰ながら応援しているぞ。


「あとは、どうも熱心なアーグ教信者のようです」

「アーグ教? あぁ、鉄を『忌み鉱』って呼んでいる宗教か」


 どうしてもバルクスにいると宗教関係の話題が全くないのでついつい忘れてしまうが、アーグ教は王国だけではなく帝国、連邦でも信者が圧倒的に多い宗教だ。

 このアーグ教の影響力の強さゆえに、バルクス以外の騎士や軍隊では魔法対策に圧倒的な力を持つ鉄を使うことが難しいらしい。


 ま、アーグ教信者がほぼいないバルクスでは、鉄を使うことに抵抗感もなく他の軍に対して圧倒的なイニシアチブが取れるので、逆の意味で有難い宗教ではあるんだけどね。


「うん? アーグ教信者?」

「どうかしたのエル?」


 ただ、僕の中で小さな引っ掛かりを感じる。


「ああ、いや。何でもないよ」

「……そう? ならいいわ」


 この引っ掛かりは多分、直接本人に聞いてみないと分からない部分なのでこの場はお茶を濁す。

 クリスもなんとなく察してくれたのかそれ以上の深入りをしない。


「ですが、もし本当に熱心なアーグ教信者なら面倒なことになりそうですね」

「あー、バルクスでも布教したいって?」

「バルクスは土地柄、宗教を忌避する風潮がありますからね。強硬な手段に出ると反発が発生する可能性が……」

「まさか、ファウント公爵もバルクスの力をそぐためにその子を送り込むとか?」


「無くもありませんが、所詮は次男の正室ですからそれほど気にしなくてもいいかもしれませんね」

「そうだね。一応、気にはしておくってことで」


「今のところはこんなところでしょうか。あ、そうそうクイさん」

「?」

「とってもお綺麗とのことですので期待していてよいと思いますよ」


 そうアリスは言うのであった。


 ――――


「それで、当の本人はいつぐらいに来ることになりそうなのかしら?」

「そうだなぁ。父さんと母さんに改めて報告して返答したとして、魔物の事もあるから早くて来年じゃないかな?」

「まぁ少し先の話よねぇ」


 そう言うクリスは何か考えている素振りをして、ニヤリと笑う。


「それにしても結婚式って準備とか資金とかが馬鹿にならないわよね」

「まぁ、そうだねぇ。とはいえクイの晴れ舞台だし、ファウント公爵も参列する可能性があるから質素にとはいかないだろうからなぁ」

「うんうん、そうよねぇ。いっそのこと他もまとめてやった方が安上がりになるんだけどね」


 そう言いながら、クリスはアリィとリリィにちらりと目線を向ける。

 それに気づいたらしい二人は、何か知らないけれど焦った雰囲気をだす。


「ん? アリィ。リリィ。顔が赤いけどどうかした?」

「な、何でもないよ。兄さん」

「そ、そうです。何でもないですよ。ねぇアリィ」

「??」


 頭の上にクエスチョンマークが出ている僕を見ながらクリスはくすくすと笑う。


「クリス。二人をからかわないの」

「えー、ベル。私そんな事。全然。まったく考えてないよぉ」

「うー、クリス姉さんの意地悪」

「ひどいです。クリス姉さま」


 まったく、四人そろってなんの話をしているんだか。

 ま、嫁と小姑が、本当の姉妹のように仲が良いのはいいことか。と自分を納得させる。


「そ、それでっ! 兄さんはいつ位からクイに当主代理を任せるつもりなの?」

「あぁ、うん。準備をしてからってことになるから四月くらいからお願いしようかなぁ。と

 といってもあくまで対外的にということで普通に家にはいるけれどね」


 バルクスは中央から遠いからわざわざ本当に僕が病気なのかを見に来る奇特な奴もいないだろう。

 要は表舞台を当面の間、クイにお任せするってだけなのだし。


「それではその間は、お兄様はどのような立場で動かれるのですか?」

「それなんだけど適当な役回りがなぁ。とりあえずは中央から流れてきた商人ってことで」

「名前はどうされるのです? さすがにエルスティアは使えませんし」

「うーん、適当でいいかな。あ、そうだ前世の名前を参考にするってのもいいかもな。

 王国の北東あたりに前世の名前みたいな感じで名付けするところがあるらしいし」


「ざっくりしているなぁ」

「いいんだよ。どうせ記録にも歴史にも残らないんだからさ」


 そう笑う僕に、皆は苦笑いする。

 皆の気持ちは同じであった『そんなはずがない』と。


 ――――


 王国歴三百十五年四月六日。


 バルクス辺境侯。エルスティア・バルクス・シュタリアが病気療養のため、実弟のクイ・バルクス・シュタリアが当主代理に、クラリス・バルクス・シュタリアが当主代理補佐となる事が領内外に発布された。


 この二名による体制は、この時期病弱であったエルスティアに代わり幾度か行われ、多くの難題を解決していくことになる。

 そしてこの時期は『バルクス二頭体制』として歴史に残る。


 一方でこの頃からバルクス領内を起点として、一人の男の名が上がるようになる。

 出自などが一切不明ながら、その画期的……いや破天荒ともいわれる出来事により彼の名は、歴史にしっかりと残るのである。


 ユーイチ・トウドー


 それが彼の名前であった。

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