第273話 ■「家族会議1」

「魔法研究機関……ですか?」


 翌日、家族そろっての朝食後、ベルが淹れてくれたお茶を飲みながら僕はマリーにお願いしたいことを話していた。


「うん、もっとも国が主体になってやっているような規模は無理だけれどね」


 そう言って僕は一口お茶をすする。うん、今日も美味い。


「当分の間は、僕が優先して考えてほしい魔法の実現性の確認と実際の開発ってところかな」

「お兄様の考えはわかりました。ですが、なぜ私なのでしょうか?」


「それは、僕たちの中でマリーが一番、魔法開発に向いているって思ったからだよ」


 そう言いながら僕は一つの紙の束を手にする。

 それは、幼少期に僕があの書庫で魔法開発をしているときにメモした紙をまとめたもの。


 四年近い中でその紙の量は数百枚に上り、一冊の図鑑ほどの厚さがある。

 そしてアリシャやリリィ、クイやマリーたちの魔法の勉強の参考書としても活用されていた。


 その中で四人は、自分の考えたことを追加でメモ書きをしていた。

 皆の魔法に対するアプローチの仕方など、僕にとっても勉強になることが多かったのだが、その中でもマリーが書いたメモの多くが、僕には到底思いつかない天才の発想だった。


 僕に嫉妬心を抱かせる隙を与えないほどに。いや、むしろ僕の妹であったことを感謝したほどだ。


「マリーがメモしていた物質転送魔法の理論。すごかった」

「あれはあくまで理論上は、です。理論と実践は違いますから」

「うん、もちろんそうだね。けどね。僕には物質転送の理論すら思いつかなかった」

「ううん、お兄様が残していたメモがあったからこそ思いつけたんだもの。お兄様のおかげだよ」


「あのー、二人で謙遜しあうのはいいんだけど、話を進めようよ」


 僕とマリーのやり取りを横で見ていたアリシャが口を開く。

 確かに二人で日本人的な謙遜のし合いをしててもしょうがないな。


「そうだね。実はね。クリスに魔法の改良とかお願いしてたりするんだけど、やっぱり普段の作業と並行しながらってのは難しそうなんだよ」


 クリスにファイアウォールの火力資源転用をお願いしたのが三百十九年のこと、優先度は低いとはいえ四年ほど前になる。


 ただ実際にはクリス自身が、当主代理や執務の手伝い。特に出産や育児などで余裕がなかったのだ。

 今後のことを考えるとクリスに負担をかけ続けるのは難しい。


 とはいえ魔法開発が出来るのは、実際問題『四賢公』の血を引くことが判明しているクリスか僕の家族くらい。

 他の人に任せるのは、不可能(莫大な資金を投入しても成功率は低い)だ。


「だからさ、専門的に魔法開発をする機関を作ろうかなって。そうした場合、マリーが一番適任だと思うんだ。

 まぁ、しばらくの間は、人数も少ないから苦労をかけることになるだろうけれど、少しずつ人員は揃えていくつもりだから」


 二十五歳の『ギフト』で、『四賢公』の血を引く人を探すことのできる力を貰うつもりだから、それ以降の人員確保にはなるだろう。

 だけれど僕の予想では、王国内最高の研究機関へと成長する予定である。

 それを可能とするための最初のピースがマリーなのだ。


「本当に私に可能なのでしょうか?」


 なお、不安そうに僕に尋ねてくるマリーに僕は、笑顔を向け、リリィ曰く兄妹たちへの最大の殺し文句を言う。


「マリーはなんてったって僕の最愛の妹だからね。信頼しかないさ」


 シスコン丸出しの台詞に僕の脳内ではのたうち回る僕の姿を想像するかとりあえず無視する。


「最愛……信頼……」


 そんな僕の言葉にマリーは僕の言葉を反芻しながらうっすらと頬を染める。

 あー、うん、普段はそこまで態度に出さないもののマリーもアリィやリリィに負けじとどうやらブラコンらしい。

 そんなマリーを双子の姉たちがニヤニヤと眺めている。いや、二人も大概同じだからね?


「かしこまりました。お兄様のご期待にどれだけ応えられるかわかりませんが、精一杯務めさせていただきます」


 そう、マリーは静かに頭を垂れるのであった。


 ――――


「それとクイにも一つ話があるんだ」

「当主代理以外に……ですか?」


 マリーへのお願いが終わった後、僕はクイに話をふる。


「ファウント公爵のことは知っているよね?」

「はい、もちろん」

「そのファウント公爵からクイの正室候補として末娘はどうかという話が来ているんだ。

 もちろん、クイの……」

「はい、わかりました。お受けします」

「思いを……あれぇ」


 クイの思いを尊重するよと続けようとした僕の言葉より先にクイからあっさりと了解の言葉が返ってくる。


「クイ、本当にいいの? 正室だよ? 奥さんだよ?」

「なんでエルの方が、混乱しているのよ」


 混乱する僕にクリスからの冷静な突込みが返ってくる。

 その様子に笑いながらクイは口を開く。


「ファウント公爵としては、これから起こる後継者争いの時に後顧の憂い。

 つまりは王国内でも最大戦力を持つバルクス辺境侯との縁を結んでおきたい。その最たる方法は婚姻による血縁関係となること。

 これは、後継者争いの目途がついた後でも重要な関係となります。

 けれど兄さんの妻としてでは難しい。なんせ末娘とはいえ公爵家。側室の立場というのは難しい。

 現在の正室を筆頭側室に落として正室の座につくのが通常ですが、兄さんの場合はクリス姉さんが正室という特殊な状況になります。

 降嫁したとはいえ、国王直系の娘を家臣の娘を嫁がせるためにその座を奪ったとなれば、王国そのものを軽視していると取られかねません。

 さらに言えば、兄さんには既にアルフという聡明な跡継ぎがいます。公爵の娘との間にもし男子が産まれた場合、後継者争いの種になりかねません。

 ベル姉さんたちには悪いですけれど……」

 

 そう返すクイにベルやアリスたちは苦笑いする。

 

「ううん、構わないよ。王家の血を引くアルフと、せいぜいが男爵家の血を引く子供たち。正統性は言うまでもないもの」


 継承権で言えば、現状は元王女にして正妻のクリスの長子であるアルフレッドが第一位だ。

 ついで微妙な時間差ではあるけれど、ベルの長子であるジークが第二位、リスティの長子のエドワードが第三位となり、ついでクイが第四位となる。

 

 ところが、将来的にクリスに次男が産まれた場合、正室の子が優先となるためその子が第二位。ジーク以降は継承権が一つずつ下がることになる。


 これは家の継続性を最重要視する貴族において側室とは大量のスペアを準備するためのたんなる道具であり、正室と側室では価値が異なっているからである。

 もちろん僕は、ベルやユスティたちをそんな風に見たことはないし、僕の家臣たちにもベルたちを無下に扱うものはいない。

 まぁそもそもが、バルクスの重要ポストにいるから無下にしようもないけどね。


 さらに家格がものをいう貴族社会では、男爵家出の側室の子供は正室に子供がいる以上、ほぼ無価値といえる。

 正室の子供と継承権争いしようなど鼻で笑われる。


 ところが、公爵家出の側室の子供となると話は大きく変わってくる。

 最悪、正統性を重視する王家派と実質権力を重視する公爵派でお家が分裂することも考えられるのだ。


「僕はいずれ落ちるとはいえ、第四位継承権も持っています。上手くすればバルクス領内で影響を持つことも可能。

 何れは辺境侯の分家当主として伯爵、少なくとも子爵位に封じられる可能性が高い。

 王国内で貴族位の数は有限ですし、当主候補の正室が椅子取り状態である以上、子爵家の正妻でも十分な地位といえるでしょう。

 さらに言えば、まだ婚約者もいない未婚男子ですから、側室選定もこれからと後継者争いのリスクも低い。

 ファウント公爵にとっては、優良物件でしょうからね」


 少ない情報からそのあたりを考慮してのクイの発言に、ただただ僕は苦笑いするのだった。

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