第249話 ■「バルクスの向かう道1」

 王国歴三百十四年も残り一ヶ月を数えるほどになった頃。ボーデ伯への魔物の大規模侵攻の情報がもたらされた。


 僕の最初の感想は、『恐れていた可能性がついに現実になったかぁ』である。

 前世の価値観を持つ僕としては、王国の人間がバルクス以外への魔物の大規模侵攻が無いという事を妄信していることが不思議でしょうがなかった。

 王国建国以来の歴史に残る四度にわたる大規模侵攻は確かにバルクスからだ。

 だけど五度目がそうであると誰が決めたのか? 今までの四度の侵攻がすべて布石ではないと誰が言えるだろうか。


 王国自体が連綿と続く歴史で見た場合、たかだか三百数十年でしかないのだ。

 それ以前の襲撃が何処から行われていたかといった資料は、王国にとって余程都合が悪かったのだろう。紛失もしくは焼失したとして残念ながら存在していない。

 もしかしたら主都の図書館の奥深くには存在するかもしれないけれど侯爵という僕の立場でも閲覧するのは難しいだろう。


 魔物の寿命は不明だけれどもし不老不死に近い存在がいたのならば三百年など瞬きする程度の時間でしかない。

 そして実際問題として五度目は数多の侵略を糧として不落城と化したバルクスへではなく軟弱なボーデが狙われまんまと侵攻せしめた。

 もし魔物側に智者がいたならば今頃、計画通りとほくそ笑んでいるだろう。


 ――――


 報を受けてすぐさま会議室には軍と政治に携わる主要メンバーが集結する。

 軍令部からはバインズ先生、リスティと部下二名の総勢四名。

 軍部からは、ルード要塞で警護中の第四と治安維持で派兵している第二とルーティント領の第五・六以外の騎士団長、副騎士団長の十名。

 政治からは、アリスと古参の執務官六名の総勢七名。


 それに僕とクリス、ユスティを含めて総勢二十四名も集まったことが事件の重大性を現している。

 このメンバーであれば、僕は当主モードにならなくていいから気楽ではあるけれどね。


「バインズ先生」

「直ちに全騎士団に第一級戦闘状態を発令する。構わないか?」

「ええ、お願いします」


 僕の声にバインズ先生は答えてくれる。

 バルクス領では通常は『ルード要塞警護』『治安維持』『待機』『訓練』のローテーションを組んでいて待機は完全休養を意味している。

 ルーティント領は二個騎士団が『治安維持』と『半待機・半訓練』のローテーションだ。

 けれど第一級戦闘状態は『ルード要塞警護』・『治安維持』・『戦闘態勢』の三つに割り当てられることになる。

 状態解除した後に元のローテーションに戻すことが大変なので滅多に発令されることはないけれど今回は状況が状況だ。


「リスティ。今取るべき対策を教えてくれるかな」

「バルクス領とボーデ領との領境のウェス要塞に第二騎士団を。ルーティント領とボーデ領との領境のアルーン要塞に第六騎士団を派遣します。

 第四騎士団はそのまま維持として第三騎士団をルード要塞に追加派遣して警戒態勢に入ってもらいます」

「なるほどね。ボーデへの大規模侵攻自体がバルクスを手薄にさせるための陽動って可能性もあるのか」

「えぇ、我々は魔物の数や意図を把握できていない。ボーデへの侵攻で魔物の玉切れという希望的観測は現状では危険だわ。

 今回の大規模襲撃が偶発的なものかどうかも不明。なのでルード要塞は御大に指揮の全権を預けて万全とします。

 御大、お願いできますか?」

「おぅ、任せろやリスティ嬢。蟻の子一匹通しゃしねぇよ」


 リスティの言葉に第三騎士団長ルッツ・ヘイマーは豪快に笑う。

 この状況でも何時もと変わらない御大のおかげでこの場に広がっていたピリピリ感がやや落ち着く。


「御大なら別部隊が現れたとしても安心かな。もっとも三つも四つも大規模侵攻が出来るってなると人類存亡の危機だけどね」


 そう言う僕にリスティは苦笑いする。


「魔物の襲撃に備える体制としますので赤牙騎士団と青壁騎士団にはバルクス領内の治安維持を、第五騎士団にはルーティント領の治安維持を行ってもらいます。

 状況によっては赤牙騎士団はウェス要塞に追加派遣します」

「しばらくの間大変だろうけれど頑張ってもらうしかないね。頼むよレッド、ブルー」

「「はい、お任せください」」


 レッドとブルーは力強く答える。二人はあの日の失敗以降、より精力的に訓練に励むようになっていた。大いに期待しても問題ないだろう。


「第一騎士団と鉄竜騎士団は、ボーデ領への魔物掃討に動いていただく可能性が高いですからアルーン要塞に派遣を行います」

「なぁリスティ。ボーデ領に侵攻するんだったらウェス要塞の方がここから近い。そっちの方がいいんじゃないのか?」


 それを聞いたアインツがリスティに疑問を呈する。それにリスティは口を開く。


「ウェス要塞に比べてアルーン要塞の防備が心もとないので出来るだけ精鋭を集めておきたいというのがまず一つ」


 魔物侵攻をバルクスと考えていた歴史によりウェス要塞はボーデ領への魔物の侵攻を防ぐためにルード要塞ほどではないがかなり堅固な造りとなっている。……まぁ今回は皮肉なことに侵攻方向が逆になってしまったが。


 一方でルーティント領とボーデ領との領境には検問は存在したがそれも粗末なもの。アルーン要塞は僕がルーティント領の主になった後に予算をやりくりして少しずつ整備してきていた。

 なのでまだ三割ほどの完成と大規模侵攻への防備としては心もとない。そういった意味でも出来るだけ兵を集めておきたいというのは、なるほどである。


「二つ目は今回の件はバルクス辺境侯の領地外。つまり緊急時とはいえ勝手に領土侵犯することが出来ません。

 王国軍……もしくはそれに近い軍として共同戦線を張ることになるでしょう。

 共同戦線を張る場合、ウェス要塞では遠くて連携を取ることが難しいのです」

「なるほどね。それで。前者――王国軍が来る可能性は?」


 僕が少し意地悪く言う言葉にリスティは笑う。


「まず無いでしょう。正確には利権を争ってずるずると会議で揉めて勝機を逸する。ですかね」

「いやはや、簡単に想像がつくなぁ」


 ベルティリア王子が国王代理として五ヶ月。国王・宰相不在の間に滞っていた国政がようやく動き出すと思われたがそうは簡単ではなかった。

 ウォーレン公爵の独裁的なやり方に別派閥の貴族達が反発しますます国政が滞る事態へとなっていた。


 そこに来てのこの大事件である。王子の『平時において基本どおりに執務を行う場合に限る』の本領が悪い意味で発揮されることになるだろう。


「とするとまず動くのはどこになるかな?」

「十中八九、ファウント公爵が動かれるでしょう。自身の領地がボーデ領に近いということもありますが、これほどの事件に早期に行動を示し戦功があったとなれば……」

「ますます、今後の争いにおいて有利になるでしょうね」


 リスティの説明にクリスも賛同する。

 そんな中、第一騎士団長ロイドが口を開く。


「少々よろしいでしょうか?」

「うん、なんだいロイド」

「先ほどからエルスティア様とクリス様、リスティ殿の話の意味がよく分からないのですが……」


 そのロイドの言葉にアインツとローザリア以外の団長・副団長が賛同するように頷く。

 まぁ、ローザリアについてはそもそもバルクス辺境侯以外の人間種にあまり興味が無いだけのような気もするけどね。


「あぁ、そうか。皆にはまだ話していなかったか」


 バルクス領の騎士はどうしても世俗との繋がりが低くなる。そもそも中央から遠いから中央の情報を得る機会が少ないからだ。

 そして騎士にとっては、遠くの出来事よりも近くの民草の守護こそ大事なのだ。

 この考えがバルクス騎士を大陸最強とすら呼ばれるほどの錬度の下支えになっている。


 その中にあっても団長と副団長を任されるのは実力のみならず性格、知性など様々を求められる。

 ゆえに彼らも情報収集は他の騎士に比べれば積極的に行っているだろうがそれでも僕やアリスたちに比べればその情報は少なく鮮度も低い。

 彼らも後継者争いの話は知っているだろうが、ここ一年の急激な変化は知らなくても仕方が無い。


「驚かないで聞いて欲しいんだけれど。この国は近い将来内乱に突入することになると思う」


 その中で僕は彼らに対して爆弾を投下するのだった。

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