第212話 ■「これまでとこれから」
「ふぅ、これである程度まとまったかな?」
三月も終わる三十日――この世界は全ての月が三十日までだ――。
この世界には四月で年度替りという考え方はない。
そりゃそうだ、そもそも四月で年度替りというのが日本くらいなものなのだから。
一説には明治時代の大蔵省が予算の赤字をなくすためにインチキしたっていう話もあるくらいだ。
なのでこの世界では四月というものにそこまでの思い入れは無い。
一月に皆が一つ年を取るのだから一月のほうが重要といえるだろう。
ちなみに僕の誕生日は一月五日。クリスにいたっては一月一日生まれと公式年齢と実年齢に一番差が発生しない。
閑話休題
それでも僕の中では日本人の精神のせいか四月になるのを機に現状のバルクス辺境候の状況を一旦整理することにしたわけである。
……まぁ、チョット軽く考えていたけれどまとめようとしたら大量の資料と格闘する羽目になってしまったが。
日々の政務における現状と問題点を把握するための必要な作業だったと思おう。
さて、まずは歴史についてである。
王国歴三百七年の五月、十五歳の時にバルクス伯を父さんから継承。
王国歴三百九年の六月、ルーティント解放戦争が勃発。同年十二月にルーティント解放戦争が終結。
王国歴三百十年の三月、ルーティント伯の断絶と僕の所領が王国会議で決定。
王国歴三百十年の七月、バルクス辺境候に叙される。
王国歴三百十一年の四月、エスカリア王国第十二王女、クラリス・エスカリア・バレントンと結婚。
王国歴三百十一年の九月、魔稜の大森林への遠征開始。こちらは引き続き監視塔の建設を今年も継続中だ。
王国史に残る部分だけをピックアップすればこんなところだろうか?
こうやって見るとたった五年の中身としてはかなり濃い。
貴族だから政略結婚とかで妻を持つことはありえるとは思っていたが、相手が王女とは予想すらしていなかった。
相手がクリスだから良かったものの違っていたらと思うとゾッとする。
さらに言えば一生、伯爵位のままだろうなと思っていたのがまさかの侯爵位になるとはね。
たださすがに公爵はないだろう。王国の歴史上、伯爵が侯爵になった例はいくつかあるが、公爵になった例は無いのだから。
僕自身、貴族の位にそこまでの思い入れは無いけれど、王国においては階級こそ力。使えるものは使ったろの精神だ。
次にバルクス辺境候領について。
元々のバルクス伯領にルーティント伯領を加えた形となるバルクス辺境候領の現在の人口は推定百五十五万人。
二年前に比べると実に十万人も増えた計算だ。
それはもちろん、農業が安定したことによる自然増加もあるが、他領からの流民も少なからずいる。
王国領内であればよっぽどの事が無い限り――前ルーティント伯では禁止だった――他領への移民は黙認されている。
アリスを筆頭とした執務官達により流布された新規町村開拓中であるという噂を聞きつけた他領の人間も結構いるらしい。
とはいえ、中央に近い侯爵領であれば四・五百万人という所もあるのに比べればまだまだである。
そしてやはり気になるのが、あくまでも『推定』をつけなければいけないことだ。
現在、僕たちが認識している町村の数は四百二十八。そのうち新規開拓が七ヵ所。
そして戸籍を把握できている人口は二万二千人ほど……全体の二パーセントも達していないのが現状だ。
ただこれでもかなり順調に数を伸ばしているといえる。
これもひとえに識字率の上昇が少しずつ効果が出てきているからだ。
学校の数はエルスリードに三ヵ所。今年新たに五の町村に一ヶ所ずつの計八ヵ所。
生徒数は八百人を数えるまでになっていた。
その中から優秀な生徒をスカウトして随時戸籍作成を進めているのだ。
彼らは正式な執務官に比べれば安価な給料――それでも農民からしたら破格な給料――だから農業や商業の発達に伴って潤沢になりつつある資金を投入して大量雇用できる。
アリスの目標では、五年計画で全領民の簡易戸籍の作成を進めているという事だ。
財政で言えば、農業・商業共に五年前に比べれば雲泥の差といっていい。
農業では昨年の収穫量が農業改革前の三百七年対比で百四十六という水準にまで達した。
それは非常に喜ばしい結果でもあるのだが、逆に取れすぎたことによる人手不足という新たなる問題が発生した。
こちらは商人連と協力して今年から『千歯扱き』と『唐箕』については販売が順次実施されていく。
『水車』や『風車』についても順次建設が行われていく予定である。
ちなみに水車と風車の建築費用については、侯爵家持ちである。費用が費用だけに年当たり二十ヵ所くらいが適切だろうか?
僕の中で最初の目標であったノーフォーク農法についても着実に増え、割合で言えば三割ほどの切り替えが完了している。
一度リセットされたルーティント領については八割ほどの切り替えが完了し、今年から実際の収穫が上がってくることになるだろう。
地球の農作物については、アリィとリリィを筆頭に順次作付けが行われ、今年は農試での確認、来年は侯爵家直轄地での確認を経て、最短でも三年後に本格的な開始で予定している。
商業は、為替手形と『冷蔵箱』により五年前に比べればエルスリードだけを見ても物資入出量は二倍と大幅に増加している。
バルクス銀行の経営も順調で今年にはバルクス領に一つ。ルーティント領に三つの新支店が開店する予定である。
領内の経済活動は活発になってきたので次は領外との経済活動活性化を検討する必要があるだろう。
そういった意味でも新農作物には期待がかかる。
バルクス辺境候の強みは、中央への上納金の免除だ。
農業と経済の充実で得た資金を全てバルクス辺境候内で使えることはやはり大きい。
その権利に伴う義務――つまりは魔物の脅威を最前線として防ぐことであるが、騎士団が実戦という最高の鍛錬ができるとポジティブに考えれば問題ない。
次に軍事についてであるが、バルクス領に第一から第四までの騎士団と侯爵直下となる鉄竜騎士団。
ルーティント領は、直接魔稜の大森林と接していないため治安維持のための第五・第六騎士団。
つまり現状は七騎士団を保有していることになる。
これは王国内を見ても、公爵家でも平均四騎士団(私設騎士団を除く)である事を考えるとトップクラスの常備軍となる。
さらにようやくレッドとブルーに率いてもらうことになる新騎士団二つの設立が来年前半目途で準備が始まった。
それが出来れば中央騎士団の十騎士団に次ぐ第二位の戦力となるわけである。
ただ、まだ誰にも相談してはいないけれど僕の中で一つ別の構想があったりする。
クリスが出産して落ち着いた頃にでも相談してみようかと考えていたりする……でも何時くらいに落ち着けるものなのだろうか?
子供がいた経験が無いからさっぱりである。
武装に関しては、優先順を下げていたので大きな変更はない。
そもそもがルーティント解放戦争や魔稜の大森林への遠征はあったけれど大きな戦闘が少なくてその中でも現状の武装で十分な成果を上げることが出来た。
とはいえ銃と大砲については次世代化を検討する予定ではある。
現在の主力銃である『バルシード』は、前歴史で言えばエンフィールド銃を後装式に改造したスナイドル銃に近いだろう。
スナイドル銃が千八百六十年に設計されたといわれているからこちらの歴史で考えれば、この銃ですら五百年近く時代を先取りしていると考えてもいい。
当面の間は『バルシード』が主力銃であることは間違いないだろうけれど、やはり次の目標はボルト・アクション方式の銃だろう。
メイリアが検討していた道路舗装――アスファルトの目処も立ったことだし、検討してもらうのもいいかもしれない。
大砲については、まずは榴弾の開発だけれど、いくら優秀なベルとメイリアを筆頭にした技術班でも同時に検討できる内容には限度があるから銃に比べると優先順位は低い。
うん、こうしてみると皆のおかげでバルクスは順調に発展している。
僕も皆の足を引っ張らないように頑張らないとな。と決意を新たにするのだった。
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