第210話 ■「夢の続き1」

「エル、久しぶりに戦術教練で勝負しませんか?」


 三月も終わりが近づいたある日、僕はリスティからお誘いを受ける。

 まぁ、お誘いって言ってもデートとかじゃなくて戦術教練ってのがリスティらしいのだろうか?


 戦術教練用の機材は、貴族学校時代に譲ってもらったお古が今でもバルクスでは現役バリバリである。

 中央からバルクスまで運んでもらうのは大変だったが、騎士団の教練の大きな助けになっている。


 うん、やっぱりパソコンが開発出来たらプログラミングしてゲームとして売り出したいものである。


 ただ戦術教練を本格的にやろうとすると駒を動かしたり熟考に入ったりで何日もかけて行うことになる。

 さすがにお互いに忙しい身だ。本格的にやる事は実際には無理だ。


 ということで戦術教練用の機材を使うのではなく、擬似的な戦術教練ということになる。

 その中でも一番手っ取り早いのが『リバーシ』だろうか?


 もっと戦術的な考察が出来るとすればチェスや将棋がいいのだろうけれど、将棋はともかくチェスは僕がルールが分からない。

 書庫の指輪の中にあるだろうルール本を読めばいいのだろうけれど、優先順が低いから後回し後回しで今日まで来ている。


 うん、そろそろリバーシに続くゲームとして真剣に考える必要があるかもしれない。

 特に将棋は普通に指すだけではなく、歩まわり(周り将棋)や将棋崩しなど色々な遊び方が出来るだけかなり人気になるんじゃないかと期待している。


「リバーシで勝負ってことでいいかな?」

「はい、それでかまいません」


 僕の提案にリスティは頷く。

 ふふん、いくらリスティが戦術・戦略において比類ないとはいえリバーシについては僕のほうに一日の長がある。


 リバーシには必勝法なるものがあるのだから幾らリスティでも負けるはずが無い。

 そう、僕は自信に満ちていた。たった三十分前までは……


 ――――


「……また負けた……」

「これで三勝零敗ですね」


 僕の呟きにリスティは苦笑いしながらも石を開始時点の配置に戻していく。

 おかしい、僕はリバーシの必勝法「序盤は取り過ぎない」「中割りを狙う」「壁は作らない」を実践しているはずだ。

 だからこそ中盤までは一進一退で進んでいたはずなのに最終的には接戦とはいえ負けている。

 それを三回繰り返していた。


「エル、どうする? もう止める?」


 おっとリスティさん勝ち逃げはよくないですよ。


「いいや、もう一回!」


 とは言え、時間的には次が最後の勝負となるだろう。


「そう言うと思いました。エル」


 そう言いながらリスティは微笑む。……あれ、僕の性格を読んで嵌められた?


「それではエル。一つ賭けをしませんか?」

「賭け?」


「はい、負けた方が勝った方のお願いを一つ聞く。はどうでしょうか?」


 ……なるほど。これがリスティの狙いだったのか。と僕は気付く。

 かつて、リスティとは戦術教導で賭けをしたことが一度だけあった。


 その時も彼女は勝利のご褒美として質問に一つ答える事を望んだ。

 あの時とやり方は変わらない。いや、わざと変えなかったのだろう。


 僕に気付かせることも一つの手であったのだろうから。

 ……ほんと、クリスの出産前に皆一気に畳み掛けてくる。……クリスの差し金だろうな。とふと思う。


 男である以上、複数の女性と結婚できる――一夫多妻制は夢である。

 ただその夢が現実――既にベル、ユスティ、メイリアのプロポーズを受けた身でさらにとなった時、僕の体もつんだろうか?

 という贅沢な悩みも出てくるわけである。


 ……ま、考えたところでしょうがない。当たって砕けろの精神である。

 古代中国では後宮に一万人の女性がいったっていう話もあるし……いや、一万人って嘘だろさすがに。


「エル?」

「あ、うんいいよ」


 物思いに耽っていたことで問いに答えていなかった事をいぶかしんだリスティに僕は頷く。


「次は負けないよ」


 そう意気込む僕に、リスティは微笑みながら


「はい、こちらも行かせてもらいますから」


 と無慈悲な宣告をするのだった。


 ――――


「久しぶりに来ましたが、やはりこの木は壮大ですね」

「エルスリード一の観光名所だからね。とはいえ、やっぱり圧倒されるなぁ」


 僕とリスティは見上げる木――アインズの木に改めて圧倒されていた。

 賭けに圧倒的な実力で大勝したリスティが僕に望んだことは、『二人でアインズの丘までの遠乗り』だった。


 当日は都合がつかずに二日後となってしまったが、こうして二人でアインズの丘まで来ていた。


 バルクス中枢部の二人が供もつけずに街外に、と執務官の中には渋る者もいたが最終的にはアリスの口添えで折れてくれた。


 武装強化により治安維持中の負傷率が劇的に減少した騎士団は、本格的に領内の魔物殲滅を実施している。

 まだエルスリードや主要都市の周辺のみではあるけれど、小規模な魔物との遭遇が発生することがごくたまに在るものの商人達の被害報告もここ最近は大幅に減少するほどに治安が良くなっている。


 もともと魔物が跋扈していたせいで野盗自体が少なかったこともあり、剣術・魔法ともに優秀な二人の脅威になる存在はいないだろうからというのが決め手だった。

 『見通しの良い平原でエルスティア様を襲う方が不幸ですから』とポツリと言われた気がするけど気のせいだろう。


 実際に魔物や野盗に襲われることも無くこうしてアインズの丘まで来ることも出来たしね。

 アインズの丘から一望できる風景の中にかつては無かった風景がある。


 アインズ川の傍に小さな集落が一つ出来たことだ。

 ここ数年で他領からの移民希望者によって出来上がったものになる。

 前領での圧政に苦しんだ結果逃亡してきた者が多く、一からの開拓になろうとも新天地を求めての事である。


 中にはスパイも紛れ込んでいる可能性もあるが、そこらへんはアリスやリスティ達であれば問題ないだろう。

 むしろわざと泳がせてたりするんじゃないかと思ってたりする。

 ……いや、あんまり深く考えないようにしよう。

 政治の暗部は執務官にお任せということで、時がきたらアリスが教えてくれるだろうし。


「うん、アグリス村も順調に大きくなっているようだね」

「はい、そうですね。今年の夏くらいには、アインズ川の対岸に次の村の建設も始まる予定です」


 僕はその集落を見ながらリスティと話をする。


 新発見だったのだがバルクス領民は中々にフロンティア新天地精神が豊富だ。

 開拓民の募集をすると毎回抽選になるほどに希望者が現れる。


 農業がある程度順調に回りだした結果、労働者が余りだしたという事もあるが、それくらいの精神じゃないと数十年前までしばしば魔物に村を破壊されたバルクスではやっていけないのかもしれない。


 新規村を作る利点は多いがその中でも大きいのが二つある。

 一つは、ノーフォーク農業のための囲い込みのしやすさだ。

 既存町村についても順次進めてはいるが、侯爵家の権限でもってもやはり色々といざこざが起こる。

 収穫量の減少を危惧してというのが殆どで、数年の税率軽減など色々と行政への負担も大きい。


 それに比べれば新規村であれば最初からフリーフォーマットだ。

 土地割当を専門に行う執務官たちによって設計された案を基に開拓が行われるのでノーフォークへの移行もスムーズである。


 もう一つは、戸籍の管理である。

 新規村には必ず二・三人の執務補佐が帯同する。

 開拓民は多くても数百人、小規模であれば二十人ほどと戸籍管理を始めるには適度な人数となる。


 執務補佐には毎月の出生や死没を管理させ、その情報をエルスリードまで届けさせてデータ管理する事を始めている。

 ここで蓄積されたノウハウを元にいずれは全領の町村の戸籍管理を行う予定である。


 こうして平原しかなかったアインズの丘からの風景も少しずつ変化していく。

 新しい村の建設が始まればこの五年の中で七個目の新規村ということになる。


「エル、これからです。これからバルクスはどんどん良い国になっていきます」


 リスティのその言葉は力強く、表情は自信に満ちている。

 そんな僕とリスティの間を一陣の風が吹き抜けていく。前世でいえば春一番といったところだろうか?


 それは僕たちに一時的な沈黙を作り出すのであった。

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