第205話 ●「ローザリアの日常2」
今までにも繰り返されてきた模擬戦の中で最初に仕掛けるのは常にローザリア。
ルーファ族の優れた身体能力を持って一気に間を詰め、そして振り込んだ剣は何もない場所で弾かれる。
アインツが得意とするエアシールドに剣が防がれたのである。
だがローザリアも既にその事は理解している。
だからこそ剣が不可視の壁にぶつかる寸前で剣を握る力を緩めその衝撃を最小限にし合わせて剣の軌道を再度制御する。
幾度とないアインツとの模擬戦を経てローザリアにはある確信があった。
エアシールドは確かに優れている。
まず不可視であることでどこに展開されているかがわからないのだ。しかも硬さもローザリアの全力でも破ることが出来ない。
最初に戦った際もその不可視の壁に力任せに剣がぶつかった衝撃で次第に握力を失うことになった。
だが、今までの無謀ともいえる剣戟を繰り返すことでどのあたりにエアシールドが展開されたかがローザリアには分かるようになってきた。
それはローザリアの人間種より優れた聴覚ゆえである。
エアシールドが展開する際、人間種では聞き取ることの出来ない空気の悲鳴とでも言うのだろうか?
そう言った音が微かに聞こえるのだ。(エルであれば『超音波』と結論付けただろう)
それを頼りにする事で、不可視の壁と剣がぶつかることによる衝撃を最小限にする事ができるようになった。
また、展開されるエアシールドは攻撃の強弱に関わらず一度しか防ぐことができない。
つまり弱い攻撃でも一度壁に接触すれば、展開されたエアシールドが霧散する使い捨てなのだ。
さらに言えば、アインツはエアシールドを展開する事に集中すると反撃の正確性が鈍くなってくる。
人間が同時に複数の事を考えるのが難しいように、どれだけアインツが剣技に優れていようとも魔法の詠唱を脳内で行いながらローザリアに有効的な反撃をする事は難しい。
つまりローザリアは『エアシールドを弱い攻撃で破壊しつつ、剣速による手数をもってアインツを追い詰める』というシンプルだが相応の才能と体力が無ければ出来ない方針を採っていく。
アインツもローザリアが何をせんとしているかにすぐに気付く。
ゆえに間合いを再度広げようと剣を振るってくるが、ローザリアは皮を切らせること覚悟――模擬刀だから痣になる位だが――でより間合いを詰めていく。
「なっ、ほっ、くっ」
アインツの口からも徐々に余裕が無くなった呟きが零れだす。
エアシールドが展開される距離も徐々にアインツの体から数センチといった所まで迫りつつある。
そして――
「これで、終わりだぁ」
アインツの体から僅か五センチ、恐らく最後のエアシールドに弾かれた剣をしっかりと握りなおしてローザリアの剣がアインツへと迫る。
寸止めするつもりの速度ではあるが、アインツに再度エアシールドを展開する時間的余裕は無いはずである。
そして勝利を確信したローザリアの剣は――――アインツの体から僅か五センチの所で再度大きく弾かれるのであった……
――――
「ローザリア、いい加減機嫌を直せよ」
模擬戦でかいた汗を井戸水に濡らしたタオルで拭いつつ、アインツは目の前に座り込んでぶーたれているローザリアに苦笑いと共に声をかける。
「アインツはずるいよ。こんな隠し手を持ってるなんてさ……
もちろん僕だって戦場で敵の二の手三の手に注意しなきゃいけないのは分かってるよ!
それでもさ! やっとアインツの壁を破れたって思ったのにさ……」
最後のエアシールドはそれまでアインツが使ってきていたエアシールドとは違う時間制のエアシールド。
元々エルが最初に開発したのが時間制のエアシールドであり、そこから幾つもに派生した内の一つである使い捨ての『エアシールド改二』を普段アインツは好んで使用しているのである。
アインツは最後の隠し手として時間制のエアシールドを使い、一度目の攻撃を受けた後も残存したシールドで最後の攻撃も防いだのだ。
ローザリアだって分かっている。
模擬戦とはいえ、相手の隠し手を用心する必要がある事は常識だ。
けれど理解するのと納得するのではまったくもって違うのだ。
さらに言えば、ローザリアは今年でようやく十六歳。精神的にもまだまだ未熟な部分がある。
だからこそこうしてアインツについつい文句を言ってしまうのだ。それはアインツを心から信頼していると言うこともあるだろう。
それをアインツも理解しているからこそ怒ることは無い。
「けどな、俺にとっても切り札だったのを使わされたからな……正直、驚いたよローザリア。あれからより強くなった。すごいと思うぞ」
「…………ほんと?」
文句を言いながらも、なんだかんだと言ってアインツは親愛なるご主人。褒められれば嬉しいに決まっている。
それを現すかのように頭の上部にある猫耳が嬉しそうに動き、尻尾も――嬉しい時の動き――ゆらゆらと揺れる。
「……なぁ、ローザリア。これはエルに相談してからって話なんだがな。俺の部隊の副団長をやらないか?」
「アインツの部隊って鉄竜騎士団だったっけ?」
鉄竜騎士団。
今や兵員の補充も完了して総勢三千人の大規模部隊になっている。
他の第一から第四騎士団。ルーティント領で治安担当を維持するための第五、第六騎士団とはその兵装は大きく異なっている。
第二世代の後装式銃である『バルシード』を主力武装とし、接近戦ではなく遠距離戦を重視した兵装となっている。
それと共に機動性を重視して鎧も重装ではなく軽装――魔法防御のため鉄鋼を一部使用しているが――である。
エルにとって長年の構想を元に作ったと言ってもいい重要な部隊である。
「けどさ、副団長はお姉ちゃんでしょ? なんで?」
そう、騎士団長であるアインツを支える副団長の職にいるのは、アインツの妹でありローザリアの世話をしてくれているユスティのはずである。
普段は抜けた感じがするユスティだが、いざ戦闘となると優秀な戦士である。
特に遠距離武器については、弓だけでなく銃についても他の追随を許さない才を発揮する。
副団長として指揮命令についても、ローザリアが見る限り劣っているようには見えない。
にも関わらず、そのユスティではなくローザリアを副団長に。と言うのだ。
もちろん騎士団によっては副数人の副団長を置くことも珍しくは無いが、バルクス騎士団の伝統では一騎士団に一副団長のはずである。
そんなローザリアの当たり前の疑問にアインツは苦笑いを浮かべる。
「これは俺の……双子の兄である俺の勘なんだがな。多分近い将来、ユスティは違う場所にその身を置くことになると思うんだ」
「違う場所?」
「あぁ……といってもバルクスから出て行くとかじゃなくて…………うん、ユスティにとっても幸せな場所っていうのかな?
一人の兄として……親友として……喜ぶべき場所だな」
アインツの曖昧な答えの半分もローザリアは理解できない。けれどアインツの雰囲気として悲しいことでは無いらしい。
彼女の思いは『アインツの役に立ちたい』唯一つ。であればローザリアの答えは一つだ。
「うん、わかった。それがアインツにとっても良いことなのであれば、僕もそのお手伝いをしたい」
「……そっか、ありがとうな。ローザリア」
ローザリアの答えにアインツは満面の笑みを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます