第197話 ■「農試と家族」

 さて、ギフトで前世の農作物の種子を手に入れることが出来た。

 

 これは特産品に劣るバルクスにとっても大きな可能性を秘めているといってもいいだろう。

 農作物の製法伝播を制御することが出来れば長期にわたって物流の資金源となりうるのだから。

 

「とはいえ、直ぐに農民で作ってもらうってわけにはいかないんだよな……」


 そう、この世界の土壌や気候に対応しうるかどうかをまずは調査する必要がある。

 いわゆる農業試験場――農試だね。

 まぁ、僕自身には農業経験は無いから最初は試行錯誤しながらになるだろう。

 

 ルーティント領の黒銀以外では初の特産品となる予定だから事前に農試の場所は確保している。

 ……うん、僕の家の裏に広がる広大な空き地、というかもと草原地帯だ。


 よくよく考えてみると僕の家、つまり侯爵家屋敷の周りは広大な草原地帯が元々広がっている。

 これは監視のしやすさ――この家までほぼ遮蔽物が無い――という面もあったけれど代々の先祖様たちが土地を上手く生かし切れてなかったってのもある。

 

 まぁ、それは仕方ないかもしれない。

 父さんや母さんたちに聞いた話では、ルード要塞が本格的に完成したのは祖父――例の四賢公の血を引く人物だ――の時代。

 それまでは、魔物との戦闘が日常茶飯事。

 

 多くの土地が魔物に蹂躙され、祖父の代から父さんの代を掛けてエルスリードもここまでの街並みを復活させたのだ。

 今や鋼鉄精錬所や試作発電所、ベルやメイリアが住んでいる寮、練兵場が侯爵家屋敷の周りに建築できるだけの余裕が出来たのも今までの先祖に感謝しなければいけない。

 

 そしてこれだけの広大な土地が有るからこそ、こうして僕は色々と建築することが出来るのである。

 ……まぁ、エルスリード中心街まで遠いのは不便と言えば不便だけどね。


「そろそろバルクス領の道路整備も考えないとなぁ」


 そう僕は呟く。

 エルスリードは町の中心部や侯爵家までの道のりは石材によって舗装されているとはいえ、その多くは土を押し固めただけ。

 だから雨が降れば水浸しで歩行も非常に困難になる。

 

 町の中ですらこんな感じなのだ。

 町や町を結ぶ街道ともなればほぼ未舗装。

 

 今後の交易や軍の移動を考えると舗装されていたほうが都合がいい。

 道が舗装されていると逆に敵にとっても進軍しやすいというデメリットはあるけれど、バルクス自体が主に相手しているのは魔物だからそのデメリットも低いともいえる。


 かの織田信長も安土城築城ともに自領の街道整備に力を入れたことで知られている。

 街道を広く整備し、日除け対策として街道の両側に松や柳といった木を植林したり、休憩所を一定間隔で作ったともいわれている。

 

 道が整備されれば、流通も人の流れも増える。それはバルクスを富ますという意味でも重要だ。

 けれど……

 

「それにはまずお金が必要なんだよなぁ……」


 どこかの見習い騎士が、『金の話ばかりで恥ずかしくないのか』なんて言っているゲームがあったけど所詮はそれは上に立ったことが無い人間の奇麗事でしかない。

 何をするにもまずはお金が必要なのだ。

 

 人を動かすということはそれに伴って食事が必要になる。消耗品も必要になる。

 それをどうやって賄うというのか?


 もちろん善意の寄付に期待することも出来るが為政者としてはそんな不確定要素に期待する事が失格と言える。

 結局のところ、世界的に信頼性が高い『金』が一番なのである。


「魔陵の大森林にやっとこさ監視台を作ることに許可が出るくらいの体力なんだよなぁ……まだ」


 農地改革の第一歩を踏み出したお陰で、確かにバルクスは豊かになりつつある。

 けれどそれは日々の食事が安定して食べることが出来るようになり、子供たちに勉強を学ばせる余裕が出来た程度。


 そして既存の麦や野菜では、外貨を手に入れる事は難しい。

 バルクスがより発展するには、魅力的な特産品が必要ということになる…………って事で結局は新規農作物に戻ってくるのだ。

 

「ほんと、読んでいた小説やアニメだとさっくさっくと富国が出来てたのが羨ましいよ……」


 なんてボヤいたところでどうなるわけでもない。

 僕としては明日がより良い日となるために一歩一歩進めていくしかないのだ。

 

 ――翌日――


「さてと、こんなもんかな?」


 僕は手袋についた土を払い落しながら目の前に広がる広大な畑を見ながら呟く。

 

 広大な畑ではあるけれど本格的なうねはまだ三ライン。

 全体の一割も完成していない。


 なにせ、まだ一月と本格的な種まきを出来る野菜が少ないのだ。

 ジャガイモは三月、サツマイモも五月くらいが適切なのだから。

 

 なのでとりあえずは、一月に種まきができる『キャベツ』『ハツカダイコン』『ほうれん草』『ブロッコリー』などを植えてみた。

 少し早いものもあるけれど、バルクスの気温は比較的温暖だから、適性を見る意味もある。

 

「兄さん、こんな感じでよかったかな?」

「うん、大丈夫だよ。手伝ってくれてありがとうね。アリシャ、リリィ」


 作業用とはいえ服を土で汚しながらも種まきを手伝ってくれた二人の最愛の妹達に礼を言う。

 今後この農試で働いてもらう予定の何名かにも手伝ってもらったにも関わらず半日やってやっと三ライン分。

 

 前世の農機具の有難さが身に染みる。

 農繁期に向けて早いうちから準備を進めておいて良かったという風に考えよう。

 

「不思議ですね。今日蒔いた種はお兄様が生前食べていた食物なのですよね……」


 種を蒔いたばかりで土しか見えない畑を眺めながらリリィが感慨深げに呟く。


「どんな味がするんだろ。ねぇ兄さん。収穫したら食べてみてもいいんだよね?」


 収穫できた時を想像したのか、アリシャが嬉しそうに僕に聞いてくる。

 

「うん、もちろん。その時には皆で一緒に食べて感想を聞かせてほしいな」


 そう僕は二人に笑いかける。

 それにアリシャとリリィも嬉しそうに笑い返してくる。

 

「ねぇ、お兄様。一つお願いがあるの」

「なんだい、リリィ。僕が出来る事だったら出来るだけ頑張るけど?」


「そんなに難しいことじゃないの……アリィとも話し合って決めたことなんだけれど。

 この畑の管理を私たちに任せてもらえないかな?」

「この……畑を?」


 僕にとってこの農試の畑の管理を誰にやってもらうのが適任なのかはずっと考えていた所だった。

 まず、管理者には農作物の育て方を理解してもらう必要がある。

 

 ということは、日本語で書かれた専門書を読んでもらう必要があるわけである。

 もしくは日本語をこの世界の文字――特に名称は無いから王国語と呼んでいる――に翻訳するかになる。

 正直どちらも大変な労力がかかる覚悟はしていた。


「私たちは、ベル姉様からお兄様の国の言葉は一通り教えてもらっているから適任でしょ?」


 そう、妹たちは僕の事を知って以降、メイリアと一緒にベルに日本語を教えてもらっている。

 ベルに聞いた話では、既に日本語については余程の専門語でなければ読むことが出来るまでに成長しているそうだ。


「管理者だから基本的に労働は他の人に任せればいいけれど……」


 そう渋る僕にアリシャが真剣な顔で口を開く。


「私達も兄さんの役に立ちたいの! 私たちはベル姉のように新しい技術を開発することはできない……

 戦場で軍を率いて戦う事ではリスティ姉には勝てない……

 経済発展させる才能ではアリス姉には勝てない……

 けれど、今、こうして兄さんの役に立つことが出来る仕事が目の前にあるの! だからお願い!」

「私もアリィと同じ気持ち! だから兄様!」

「アリィ……リリィ……」


 アリィとリリィは三人に対して引け目を感じているようだけれど僕からみれば、三人は得意分野の特化型。

 対してアリィとリリィはひいき目なしで高水準万能型と言ってもいい。

 

 つまりはどの分野でも第一人者として才能を発揮できるといってもいいだろう。

 その二人を今後のバルクスの未来を背負うことになるとはいえ、ずっと農試の管理者をしてもらうというのは正直勿体ない。


 けれど二人は僕に何らかの形で認められたいのだろう。

 今まで甘えてくるだけの存在だった二人にとっては成長と言えるかもしれない。

 であれば、僕も二人の気持ちに真摯に答えてあげる必要があるだろう。


「……わかった。それじゃ二人にこの農試の管理をお願いするよ」

「本当に!」


「ただし!」

「……ただし?」


「二人には僕の片腕として活躍してほしいと思っているし、それが出来ると思っている。

 この思いは僕の素直な思いだよ。二人はベルやリスティ、アリスとは違う。

 二人は僕にとっては最愛の家族でもあるんだから」

「兄さん……」

「お兄様……」


「だから、管理者として二人には働いてもらいながら後任者を育ててほしいんだ。

 そうだな……四年、いや五年かな。そして、その後任者が十分に育った時……僕の片腕としてより力を発揮してほしい」

 

 僕の言葉に二人は顔を見合わせる。僕が二人に期待しているという言葉を噛みしめ嬉しそうに笑う。

 

「……かしこまりました。アリシャ・バルクス・シュタリア。

 エルスティア・バルクス・シュタリアの期待にお応えします」

「同じく、リリィ・バルクス・シュタリア。

 エルスティア・バルクス・シュタリアの期待にお応えします」

 

 そう言いながら二人は、かつてクリスに対して行ったようにカーテシーを行う。

 

「……良きに。アリシャ・バルクス・シュタリア、リリィ・バルクス・シュタリア」


 僕も二人にそう返す。

 

 そして三人は顔を見合わせて……笑う。

 僕達家族にとってはそれだけで十分だった。

 

 ――後日、農試で働きだしたアリィとリリィの姿以外に農作業に勤しむ父さんと母さんの姿が有ったというのは別のお話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る