第179話 ■「魔稜の大森林」

 王国歴三百十一年九月十二日


 第三騎士団と鉄竜騎士団はルード要塞に入城する。

 第三騎士団の大部分は、調査後ルード要塞に留まっていたので合流となる。

 ここで一日休養後、魔稜の大森林に進軍する予定だ。


 騎士達が休養する中、僕と各団の団長・副団長が会議室に集まっていた。

 ちなみにレッドとブルーも現状は騎士見習い扱いだが今後の事を考えて会議に参加している。


「まずは今回の第一次征南作戦について説明します」


 今回の作戦の参謀として僕に随伴しているリスティが口を開く。


「今回の作戦は二段階を予定しています。

 まず第一段階は、調査で発見した魔物の巣の掃討および安全の確保。

 そして第二段階は、監視塔を建築するための基礎工事の間の守護となります」


 第一段階については、魔物の巣の掃討もあるが、さらに危険な要因が存在しないかも確認することになる。

 第二段階は監視塔を作成するに当たっての地下部の建築になる。

 材料の量が量なので後から第四騎士団と共に輸送されてきてその際に第三騎士団と第四騎士団の任務引継ぎになる。


 監視塔そのものの構築に関しては、第二次征南作戦にて実施されることになる。


「第一段階の想定期間は九月十四日から十一月末までの一ヵ月半。

 第二段階の想定期間は十二月から翌三月までの四ヶ月を想定しています。

 

 なおエル様および鉄竜騎士団については、第一段階のみ参加。

 第二段階の総指揮は第三騎士団ルッツ団長に委譲後、第四騎士団到着と共にバイオング団長に委譲します」

「おう、任せておけ。リスティ嬢」


 リスティの説明にルッツ団長は力強く答える。

 それにリスティは微笑みながら頷く。


「今回に関してですが私自身が、魔稜の大森林に行くのが初めてになりますので詳細については御大からお聞きしたいのですが」

「あぁ、そうだな。

 まず魔稜の大森林なんて名前だが実際には森林が何十キロも続くとかじゃねぇ。

 現にこのルード要塞から見える森も十キロも奥に進めばしばらくの間は平原が続く。

 後の話になるが監視塔を建築するには適した平原といえるだろうな

 それから……」


 その後もルッツ団長から詳細が説明されていく。


 魔稜の大森林というのはルード要塞から南に下ることすら厳しかった時代に見た森が誇張されて大森林と呼ばれたことが原因だ。


 今では多くの犠牲の成果として百キロ南まで調査は進んでおり森と平野が交互に分布する地形と判明している。


 ちなみに人間が生息しているラインから百キロも調査が進んでいるのはバルクスのみ。

 それ以外は踏み込むことすら出来てはいない。

 ま、他の領主たちは踏み込むつもりすら無いだろう。


 平野はともかく森では馬や荷車の足が遅くなる。

 ゆえに父さんの時代から森の部分に進軍ルートを構築したおかげで大分スムーズに進むことが出来るようにはなっているらしい。

 ただ魔物に警戒しながらなので進軍自体はゆっくりにならざるを得ない。

 御大が言うには一つの森を一日かけて進軍して平野で野営するのがお決まりの進軍ルートだそうだ。


「調査のたびに野営する場所は決まっているからな。

 ある程度の設備は作ってあるが行くたびに魔物どもに壊されているから作り直しての繰り返しだ」


 ルッツ団長は地図にある程度の間隔毎に丸を付けていく。そこが野営地候補なのだろう。


「魔物の巣が見つかったのは、この八番目の野営地を越えた辺り、順調に行けば十日ってところだ」


 魔物の巣まで八十キロ、それを十日で進軍するということは、一日で八キロの計算になる。

 一般的に進軍スピードは時速二・三キロと言われるから四時間弱ほど進軍していることになる。


 短く感じるかもしれないが、なにせ森の中を何時現れるかも分からない魔物を警戒しながら進むことになる。

 兵の集中力などを考えた場合、この距離が適値となるのだ。


「ここから十日……ん? 前に報告を受けた際、魔物の巣を見つけたのが二週間前、つまり十四日前って言ってましたよね?」


「ああ、そうだが?」

「ってことは魔物の巣から要塞まで十日、この要塞からエルスリードまで二日。

 ギリギリすぎませんか?」


 魔物の巣発見からエルスリードに居た僕への報告まで最短でも十二日かかる。

 一人での移動と騎士団という軍隊としての移動ではかなりの制限が発生する。

 ルッツ団長が言った十日って言うのは本当に何も無かった時だろう。


 人が増えればトラブルが増える。

 そのトラブルは進軍スピードを阻害することになるからどうしても一人での移動に比べると遅くなる。

 にも関わらず通信手段も無い現状で二日しか遅れが発生していないのは驚異的なスピードといえるだろう。


「あぁ、それか。騎士団には伝令システムが構築されているからな。

 俺自身はルード要塞から二つ目の野営地で指揮を取っていたから魔物の巣発見の報があった後にエルスリードに一足先に戻っただけだ」


 話は簡単だ。

 野営地の場所毎に小規模の部隊を残しておき、野営地間を騎馬伝令で連絡を取るシステムが構築されているそうだ。

 その伝令の情報をルッツ団長が受け取ってから即エルスリードに帰還したということだ。


「なるほど……という事は御大が僕に報告に来ていた時点では騎士団全員が帰還したわけではなかったんですね」

「だな、あの時点ではルード要塞に到着したって感じだろうな」


 そう考えると第三騎士団は帰還後、一週間程度で再度進軍する事になるわけだ。

 ……うん、作戦が終わったら第三騎士団にお酒でもご褒美で送っておこう。


「魔稜の大森林の情報を聞いた上で、実際の魔物の巣についてなのですが……

 御大、以降で新しい情報はありますか?」

「物見の情報によれば、敵はオークやトロールを中心とした魔物、数は少なくとも七百」


「七百……」


 リスティはそう呟くと黙考する。


 思っていたよりも数が多いといえるだろう。

 トロールは下級魔物の中でも頂点に立つとされる。


 対峙するには二個分隊、つまりは二十人で囲めといわれる。

 実戦経験豊富な第三騎士団であればより少ない数でも問題ないだろうが、数が数だ。


「オークやトロールという事はどうやら避暑のためってのはなさそうだな」


 アインツが冗談気味にそう言う。


「そうですね。季節が安定したら南下という線も少ないでしょう。

 下手をすればバルクス付近で魔物の集落が出来る可能性も」


 ブルーがそう付け足す。

 魔物の集落が出来れば現状でも数が多いのに繁殖によりさらに数を増やすことになっていたかもしれない。


 早期に対応することを決断しておいて正解だったようだ。


「部下としてこういうことを言ってはいけないんでしょうけれど……

 エル様と鉄竜騎士団が来ていて正解でしたね」

「ま、砲台代わりにはなるさ」


 リスティが苦笑しながら僕とアインツ、ユスティに言う。


 オークにしろトロールにしろ基本は近接戦しか出来ない。

 面制圧系の魔法を得意とする僕と銃による遠距離攻撃ができる鉄竜騎士団は相性面で優れている。


「気を抜くなよ坊主共。

 魔稜の大森林はそんな甘い場所じゃねぇ。

 オークはともかく本来トロールが大規模な群れになるのが異常だ。

 確認していないリーダーがいる可能性があるんだからな」


 そんな少し浮ついた空気をルッツ団長が締める。


「そうでしたね。すみませんルッツ団長」


 僕は素直に頭を下げる。

 その頭をルッツ団長は手荒に撫でる。こういった所作はバインズ先生に通じるところがあるよな。


「御大が言うように何があるか分かりませんので気を抜かずに行きましょう。

 とはいえ、エル様の魔法と鉄竜騎士団による銃撃により敵を混乱させて第三騎士団で攻撃を仕掛けるという基本路線は変わりません。

 追加でエル様と鉄竜騎士団には敵のリーダークラスへの警戒と対応をお願いします。

 もし将級もしくは王級が現れた場合、第三騎士団での対応は厳しいので」

「了解だよリスティ。

 そういった際には指揮判断をお願いするよ」


 数は力ではあるけれど魔物、特に中級魔物の場合は突出した個人のほうが適していることがある。

 場合によっては物理攻撃への絶対耐性を誇る魔物もいる。


 そういった際には物理攻撃を主体としたバルクス騎士団では厳しい。

 全体把握はリスティに任せておけば問題ないだろう。


「それでは皆さん。作戦通りによろしくお願いします」


 リスティの言葉に皆頷き、会議は終了となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る