第171話 ■「魔法が使えるのは?」

 翌朝。


 窓から差し込む日差しと、鳥のさえずりに僕は目を覚ます。


「あ、おはよう。エル」


 横に寝ていたクリスが僕が目覚めたことに気付き微笑む。

 あぁ、これが幸せって奴か。


「うん、おはよう。クリス」


 そういって僕は、クリスの白いおでこにキスをする。

 それにクリスは頬を薄く染めながらも嬉しそうに受け入れる。


 やばい……この後めちゃく……いやいや、起きなきゃ駄目だ。


 クリスも体を起こし大きく伸びをする。

 体を包むは薄手の寝巻きだけだからドキドキもんだ。


 僕は火照った体を覚まそうと横においてある水を一口飲む。

 そこでずっとクリスと再会できたらお願いしようと考えていて、日々の忙しさの中で忘れていたことを思い出す。


「そうだクリス。実は一つ頼みたいことがあったんだよ」

「頼みごと?」


「うん、朝食が終わった後にでもベルを交えて説明するよ」

「なんだか無茶振りをされそうな予感がするけれど……ま、いっか旦那様の役に立つのも妻の役目だもんね」


 旦那……妻……か。うん、いい響きだ。


「それじゃよろしくね。クリス」


 ――


「おはようございます。エル様、クリス」

「うん、おはよう。ベル」

「おはよう。ベル」


 朝食後、執務室にベルを迎えて僕たちは集まる。

 すぐにベルは、僕たちのためにお茶を淹れ始める。


 この関係性は、あの頃と変わらない。

 まずは、ベルが淹れてくれたお茶を一口。うん、おいしい。


「それでクリスにお願いしようと考えていたことなんだけれど。

 一つある魔法を開発してほしくてね……」


 ――――


「……つまりは木材を燃やすことで動かしている発電機の燃料を魔法で代用できないか? ってことなのね」

「うん、案としてはファイアーウォールなんだけれど、その場合、発動時間が二十分というのがネックになってね」


「……そうね。二十四時間フル稼働を考えた場合、確かに短すぎるわね」

「ファイアーウォールは妨害がメインだから火力側に重きがおかれているからね。

 今回は火力は通常の火と同じくらいで構わないから発動時間を延ばしたいんだ」


「なるほどね。方向性は見えたわ。ところで一つ確認してもいいかしら?」

「ん? なんだろ?」


「もし魔法が完成したとして、使

「??」


 僕の頭の上にはクエスチョンマークがいっぱいだ。それはベルも同じ。

 魔法を誰が使うのかというのはどういう意味なんだろうか?


 それにクリスは、やっぱりねといった感じの顔をする。


「エル、ファイアーウォールは魔法の中では何処の階級かしら?」

「階級? 中級魔法じゃなかったっけ?」


「それでは問題です。バルクス……いいえ、エルスリードで中級魔法を使用できるだけの魔力量があるのは何人いるでしょうか?」

「………………あ」


 完全に盲点だった。


 僕にしろベルにしろ、普通に中級魔法を使用できる仲間ばかりだから完全に忘れていた。


 この世界では確かに魔法が存在する。

 けれどそれを自由に行使している者で言えば極端に少ないのだ。

 貴族にしても魔法を本格的に習い始めるのは八歳になって学校に入学してから。

 平民の多くは魔法自体を習うことがない。


 ほとんどの人は、『一般魔法』という分類に属する魔法を魔方陣を介して行使しているに過ぎない。

 一般魔法はほぼ全てが低級魔法。

 中級魔法を使うだけの魔力保持者は多くは無い、その多くが騎士団の魔法兵団に所属する。

 上級魔法ともなれば両手で数えるほどだろう。


 つまり現状だと中級魔法は僕達もしくは魔法兵団の誰かしか魔法起動が出来ないということになる。

 継続時間が延びたとしても魔法起動が出来る人間が限定されている現状では改善できたとはいえない。


「そうか……とすると低級魔法の魔法量に抑えるか……母数を増やすしかないか……

 魔法量を抑えるってのは痛いよなぁ」


 魔法量を抑えて継続時間を延ばすってのは正直言って実現性は低いだろう。


「そうね。話を聞く限りだと魔法による代替は緊急性は低いんでしょ?」

「うん、いずれ来る資源不足を考慮してだからね」


「であれば、まずは中級魔法を使用できる人数を増やすことを進めたほうがいいんじゃないかしら?

 もちろん、私のほうで平行して検討は続けるけれど」

「とはいえ、どうやってやるかだな」


 やり方としては見えている。

 僕にしろ皆にしろ魔力を限界近くまで消費させて回復させるを繰り返すことで少しずつ魔力は増えていく。

 しかも若いうちから始めたほうがその伸びしろは顕著になる。


 だけれど子供であれば管理する必要がある。

 魔法は一歩間違えれば人の命を奪うのだから。


「それなら勉強として教えればいいんじゃない?無償教育の一環として」

「ですが、全員に対して魔法を教えるのは危険ではないでしょうか?」


 クリスの提案にベルが懸念を述べる。

 確かに魔法は便利だ。だけれどそれが悪用された場合、脅威になるのだ。


「うーん、このあたりはアリスを交えたほうがいいのかもしれないな。

 ちょっとアリスを呼ぶから待ってもらえるかな?」

「そうね、こういった事はアリスに聞くのが一番かもしれないわね」

「わかりました。エル様」


 僕の提案に二人は同意する。

 さて、アリスであれば解決策を見つけてくれるだろうか……


 ――――


「なるほど、今後の事を考えると魔法を十分に行使できるだけの魔法量を持つ人材が欲しい。

 けれど、無償教育で全員に教えるとなると魔法の危険性を考えると避けたい。という事ですね」


 僕たちの話の内容を聞いたアリスは、そう口にすると一考を始める。


「一つ確認なのですが、エルスティア様は今後無償教育をどのようにしていきたいのでしょうか?」

「というと?」


「無償教育を始めて三年が経ちました。現状は七歳から十二歳の六年間の教育となっています」


 僕の中では、小学校の義務教育課程を参考にしているわけである。


「現状の三年の教育で早いものであれば一通りの読み・書き・計算が出来るようになっているそうです」

「へーそれは凄い」


 それは僕の予想以上の結果といえるだろう。

 子供の学習スピードを見誤っていたようだ。


「もちろん、一通りというレベルなので幾らでも教えられる内容はありますが、下地が十分に出来た将来を考えますと……」


 旧来の教育は、親から子への教育が難しかった。

 なにせ親自身が満足行く教育を受けることが出来ていないのだから教育のしようも無い。


 けれどこうして、子への教育を継続していけば親となった時、子への簡単な教育であれば可能となるのだ。

 そうした場合、現状と同じ教育では意味が無い。


 段階的により専門的な教育が必要となるだろう……ん? 専門的な教育?


「そうか、学科制度か」

「なるほど、その手がありましたね」


 その言葉に生前の書籍を読み込んでいたベルも同調する。


 ただ、クリスとアリスについては頭の上にクエスチョンマークが浮かびそうな顔をする。

 いや、アリスについては方針は一緒なんだろうけれど言葉の意味が分からなかっただけだろう。


「エル、学科制度ってなに?」

「そうだなぁ、色々な専門的な教育を学科として修学する制度というのかなぁ

 まず基礎教育ありきだけど執務官になりたければ経済学科。

 騎士になりたいのであれば馬術・剣術学科、魔術師になりたいのであれば魔法学科みたいな感じかな

 自分が将来なりたい職業に最低限必要になる教育を受けることが出来るんだ」


 学科は多種多様、元の世界でも把握できるだけで千四百以上の学科があるといわれている。

 もちろんそんなに学科を作るだけの力も予算も有りはしない。


「なるほど検討していた事に近いですね」

「ちなみにアリスの中ではどんなものを考えていたの?」


「あまり名称を曖昧にしますと理解できませんので、職業ごとの専門教育を考えていました。

 立ち上げ候補としては『農業』『技師』『商人』『騎士』『事務官補佐』といったところでしょうか?」

「アリス、教育を受ける生徒の大部分は農民の子供でしょ? それなのに『農業』を学ぶ必要ってあるの?」


 アリスの答えにクリスが疑問を口にする。


「はい、ただ跡を継ぐだけではなく、どうしたらより収穫を増やせるか? 病気に強い作物が作れるか? を勉強する場所の予定です」

「なるほど、品種改良か」


 ここ最近は、アリスもクリスも時間を作っては前世の書籍をベルやメイリアのサポートで読んでいる。

 その中でもアリスがとみに参考にしていたのが農業・経済の参考書だった。


 この世界は比較的、天候は温暖といえるだろう。

 けれど逆を見れば、悪天候が続くと農業へのダメージはかなり大きい。


 それは農作物のほとんどが、野生種をそのまま使っているからだ。

 野生種はその土地の気候に適した進化を遂げている。だからこそ悪天候に弱い。


 そこで品種改良により悪天候に強い品種を生み出せば、安定した収穫も可能になる。

 また品種改良は味の良化も存在する。

 もちろん、品種改良には長い時間が必要になる。

 一説では果実の品種改良には早くても十五年ほどかかるといわれている。


 それでも将来を考えると必要になってくるだろう。

 ……まぁ、来年にでも元の世界の食料になる種や苗をギフトでもらう予定だけれどね。


「それじゃアリス。その中に『魔法』もいれて検討してもらえるかな?」

「かしこまりました。ただ魔法を教えることが出来る講師の数が、絶対的に不足しておりますので立ち上げに時間をいただければ……」


「わかったよ。……そうだ、家の弟妹達が僕の書いた魔法のメモで練習していたんだ。

 なにか参考になるかもしれないから後で届けるよ」


 その言葉になぜか三人共に苦笑いをする。


「そう……ですね。エルスティア様のご姉妹と同じように出来るかはおいて置いて。

 参考にさせていただきます」


 そうアリスは語るのであった。

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