第170話 ■「新たな家族3」

 一通りの挨拶を終えた僕たちは、別れて各々の行きたいところに行く。


 クリスは、ベル達いつもの女子メンバーの所へ。

 僕は、アインツやバインズ先生のいる場所に来ていた。


「それにしてもあの、小さかったエルとクリスが結婚とはな……

 俺も今年で四十八、年を取るはずだ。そろそろ引退だな」


 そう言いながらバインズ先生は僕にワインの瓶を向けてくる。

 僕が持つグラスを前に出すとそこにワインを注ぎ込む。


 この世界では十八歳から飲酒が認められるから十九歳の僕は飲むことが出来る。

 とはいえ、普段は滅多に飲むことは無いんだけどね。


 そういえば、こうしてバインズ先生と酒を酌み交わすのは初めてかもしれない。

 僕にとっては、バインズ先生は第二の父親といっていいほどに長い時間を共に過ごしていると改めて思い出す。


「引退なんて。まだまだバインズ先生には色々と教えてもらわなきゃいけませんから」

「はは、馬鹿を言うな。とっくの昔に俺なんか越えてるよ」


 そういいながら、バインズ先生はグラスに残ったワインを飲み干す。

 僕がワインの瓶を向けると、グラスを差し出す。


「後はそうだな。心残りがあるとすればリスティの事だな」

「リスティ……ですか?」


「ああ、リスティは俺にとっては唯一の娘だ。

 息子二人は、勝手に生きるだろうから別に気にすることも無いが、やっぱり幸せになってもらいたいんだよ。


 ……おお、そうだ。

 どうだエル? ついでにリスティも嫁にもらってくれないか?」

「……酔ってますか? バインズ先生?」


 僕の言葉に、バインズ先生は笑う。


「あぁ、そうだな。子供の頃から知るエルとクリスのめでたい事に酔ってるのかもな。

 だから酔っ払いの戯言たわごととして聞いてくれ。

 リスティは、エル、お前に惚れている。

 ひょっとしたら本人は気付いていないかもしれんがな……

 リスティが異性にここまで心を開くことはこれまでも、これからも無いかも知れん。

 結婚したばかりのお前に言うことじゃないが、リスティの事よろしく頼む」


「…………もちろんですよ。バインズ先生。リスティは僕にとっても大事な、大事な友達ですから」

「……そうか、ま、今は友達でも十分だ。

 けどリスティが自分の思いに気付いた時には真摯に向き合ってやってくれ」


「……はい、その時は必ず」

「うん、そうか。なら満足だ」


 そう言って、僕の頭を何時ものように乱暴に撫でる。

 この時、僕は初めて身長がバインズ先生を追い抜いていたことに気付いたのだった。


 ――――


「んで、どうするんだ? エル」


 夜風に当たってくるとバインズ先生が離れていった後、アインツが僕に問いかけてくる。


「何がだい、アインツ」

「ベルにリスティ、メイリアにアリス、後は……ユスティもか。

 お前に惚れている子をどうするのかって話さ。

 まさか気付いてないとは言わないよな?」

「……そうだとしても僕は……」


「もちろん、お前から告白することが出来ないってのはわかってるさ。

 お前の性格を考えれば……な。

 俺が聞きたいのはお前が告白されたらどうするのかって事だよ」


「あら? それには私も興味があるわね」


 僕の後ろから突如聞こえた声。

 それに僕の心臓がキュンッとなるのを感じる。もちろん恋に落ちたわけじゃない。


 その声の持ち主の顔が見えているアインツにいたっては、顔が青くなっている。


 その声の持ち主を忘れようも無い。

 僕は一度深呼吸をしてから振り返る。


「な、な、なんのことかにゃ」


 あ、噛んでしまった。

 男の「にゃ」は萎えるだろと自分自身に心の中で突っ込みをする。


 そこには、笑顔を見せるクリスが立っている。

 その笑顔が逆に怖い。


 なんだろ? 僕が悪いわけでもないのに結婚初日に浮気現場を押さえられた感じなんだろか?


「えっと……家族水入らずを邪魔するのも悪いから、俺はおいとま……」

「駄目だよ。アインツ君」


「……はい」


 僕だけを置いて逃げようとしたアインツもクリスの一言で逃げ場を失う。

 死なば諸共だよアインツ。


 二人とも断頭台に上る死刑囚のような顔をしていたのだろう。

 クリスはそれにクスクス笑い始める。


「二人とも誤解しているわよ。私は純粋にエルがどうするつもりなのか興味があるのよ。

 あ、一応言っておくけれど、私にもエルを独占したいっていう気持ちが無いといえば嘘になるわよ。

 けれどね。一方で貴族には貴族の義務があることも重々承知しているの。

 それに……」

「……それに?」


「エルが五人の事を少なからず想っている事なんてバレバレ」

「……」


「それでも私と一番最初に結婚してくれた。それだけでも十分よ」

「……我が最愛のきみの心が海のように広い事に感謝だよ」

「海がどれだけ広いのか見たことが無いから分からないけど……褒め言葉としてとっておくわ。

 それで、もし告白されたとしたらどうするの?」


 そこで僕は考える。

 クリスが言ったように僕は他の五人の事を少なからず想っている。それは間違いない。

 けれど僕の中でまだ日本人だった頃の道徳というのだろうか? 一夫一妻制という考えが邪魔をする。


 僕にとってクリスは妻だ。

 本来であればクリスに愛情の全てを注ぐべきなんじゃないか?


 けれど一方で他の五人も出来る限り幸せにしたいという思いもある。

 ……つまりは僕はわがままなのだ。


 何のことは無い、クリスに注ぐべき愛情と同じだけの愛情を他の五人も注げばいい。


「うん、その時には皆の気持ちに真摯に答えるよ。

 クリスに注ぐ愛情と同じくらいの愛情を注いで……」

「……よかった。ここに来てクリスだけだよ。なんて言うようだったらグーで殴るつもりだったわ」


 ……恐ろしいことをさらりとおっしゃる。


「うん、もしその時には皆の気持ちにちゃんと答えてあげて。

 私はその答えを応援するから。……ただ……」

「ただ?」


「皆よりもほんの少しでもいいから多めに愛情を注いで欲しいな。

 それが私のわがまま」


 言いながらクリスは笑う。


「……はいはい、ごちそうさま」


 逃げることをとめられた上でのろけ話を聞かされたアインツはそうぼやくのであった。


 ――――


 パーティーも終わり、僕とクリスに別れの挨拶をして参加者も帰途に着く。

 今や残るのは、片付けに奮闘するメイドたちや一大イベントを終えてやっと落ち着いた執務官達。


 そしていつものメンバーだ。


「やれやれ、結婚式も終わって明日からやっと普通の生活が戻ってくるな」

「でもアインツ兄、明日からはルーティント領の治安支援だよ」

「うげっ」


 ……残念、アインツ。君には落ち着く暇は無いのだよ。


「後二月ほどでルーティント領の治安騎士団の整備が完了しますから、もうしばらくお願いします」

「うん、りょーかいだよ。リスティ。よろしくね」


 アインツとユスティに頭を下げるリスティにユスティが明るく答える。


「とりあえずは、今日はこれで解散ですかね?」

「そだねー、ベルもお母さんと弟君が来週には中央に戻るんでしょ?今のうちに甘えておきなよぉ」

「はい、そうですね。そうしておきます」


 ベルはそうユスティに笑って返す。


「それじゃ、また明日からよろしくね。みんな」


 僕のその言葉で皆解散する。


 ――――


「ふぃー、今日は一段と疲れたぁ」

「お疲れ様、エル」


 寝室に戻ってきた僕の言葉にクリスが笑って答える。

 ……そう、今日からは僕の寝室は僕達・・の寝室に変わる。


「……そうだエル。一つ聞き忘れていたことがあるの」

「なにを?」


「十二年前に別れる時、言った言葉があったでしょ。

 たしか……『大好きだよ』……だったかしら?」


 クリスは昔の事を思い出すように、拙い口調で言う。


「あの時、再会したら教えてくれるって言ったでしょ?」

「……そう、だったね」


 今更ながらに聞かれると結構恥ずかしいものだ。

 けれど一方で覚えていてくれたことが嬉しい。


「あれは元の世界の言葉で大好きだよ。って言ったんだよ」

「…………なんだか、恥ずかしいわね」

「……そりゃ僕の台詞だよ」


 そういいながらもクリスは嬉しそうに微笑む。


「でも……うん、そうか。あの頃から両想いでいれたんだね」

「遠回りをしたけれどね」


「ねぇ、エル」

「なに? クリス」


「これからはずっとよろしくね。『大好きだよ』」


 そう笑顔で言うと、クリスは僕にそっと抱きつく。

 そして僕たちは……初めてのキスを交わす。


 そして離れた後、お互いに恥ずかしくなって笑いあい


「もちろん、よろしくねクリス。『大好きだよ』」


 クリスの温かい体温を離さないように僕は優しく抱きしめるのだった。

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