第167話 ■「双花達の帰郷2」

 馬車が四台、静かに僕たちの前で止まる。


 その先頭の馬車から黒髪の少年と少女が降りてくる。


「クイ、マリー、お帰り」


 僕の声に少年と少女――双子の弟妹は顔をほころばせる。


「エルお兄様、ただいま戻りました。お久しぶりです」


 僕の唯一の弟であるクイが言う。それにあわせてマリーも頭を下げる。


 うん、二人とももう十一歳。まだあどけなさは残すけれど見なかった四年の間に大分成長している。


 そして、僕の隣に立つクリスに二人揃って頭を下げる。


「始めましてクラリス様。クイ・バルクス・シュタリアと言います」

「始めましてクラリス様。マリー・バルクス・シュタリアと言います」


 そんな二人にクリスも微笑みかける。


「始めましてクイさん、マリーさん。

 クラリス・エルトリアです。どうか、クリスと呼んでくださいね」


 そう言われた二人は僕に視線を向ける。

 本当にそう呼んでいいのかを確認したいのだろう。

 僕は微笑みながら頷く。

 それに安心したのかクイとマリーは再度クリスに顔を向ける。


「わかりました。クリス……姉様」

「クリス……姉様……やったぁ、姉様がまた増えたぁ」


 そう喜ぶ二人を見るクリス。

 うん、たぶん尻尾があったらものすごく動いているだろうなぁ。


 クリスも僕に視線を向ける。これは……抱きしめてもいいのか確認か?

 僕は苦笑いと共に頷く。


「クイ君、マリーちゃーん。ずっと会いたかったぁ」


 そういいながら二人を抱きしめるクリス。

 王女様の威厳は何処へやらだ。


「二人は知らないだろうけれど生まれてくる前、エリザベート様のお腹の中にいる時まで、私、ここにいたのよ」

「え、本当ですかクリス姉様?」

「うん、エリザベート様と約束していたの『いつか戻ってきたら。可愛がってあげてほしい』って。

 遅くなっちゃったけど、やっと会えた……」


 さらに二人を抱きしめるクリス。


「クイ、マリー。ずるーい、クリス姉を占領するの駄目ぇ」


 そんな二人に嫉妬心を覚えたのかアリィとリリィもクリスの後ろから抱きつく。

 僕は、とりあえずこの五人のスキンシップは置いておき、遅れて降りてきた女性に向かう。


 それは、僕にとってもベルにとっても嬉しい再会。

 かつての僕付きのメイドであり、第二の母親といってもよいファンナさん。


「おかえりなさい。ファンナさん。

 長い間、弟と妹の世話。ありがとうございました」

「エル様、滅相も無いです。ルークとも仲良くしていただけましたのでこちらこそお礼を」


 そうファンナさんは昔のように会釈する。


「それよりも、エル様。この度のクラ……いいえ、クリス様とのご結婚おめでとうございます。

 それにしてもエル様もご結婚ですか……私も年を取るはずですね」


 ファンナさんはそう微笑む。


「そんなことないよ。ファンナさんはあの頃の綺麗なままだよ」

「あら? エル様もそのように気の利いた事が言えるようになられたのですね」


 そう言うとお互いに笑い合う。


「母さん。お帰りなさい」


 そんなファンナさんにベルは声をかける。


「ベル……久しぶりね。会いたかったわ」


 言いながら、ファンナさんは優しくベルを抱きしめる。


「ベルには僕に付き合って家族と離れて寂しい思いをさせていたからね。

 感謝しかないよ」

「いえ、エル様。そんなこと」


 僕の感謝の言葉にベルは顔を赤くする。

 それをファンナさんは優しい微笑で眺めている。


「ベル……姉さま……?」


 ふと、ファンナさんの後ろから声が上がる。

 そう、それはベルにとっての最愛の弟。


「ルーク、久しぶりだね。大きくなった。

 もう少ししたら背も抜かれるのかな?」


 そういいながらベルは、ルークの頭を優しく撫でる。


「あの……あのね! ベル姉さまといっぱい、話したいことがあるんだっ!」


 撫でられることにくすぐったそうにしながら、ルークはベルに話しかける。

 それをベルは優しい笑顔で聞く。


「うん、ここで話すのもなんだから家に戻ろうか?」


 このままだとずっとここにいることになりそうだったから僕はそう提案する。

 それに皆は頷くのだった。


 ――――


「さてと、皆戻ってきたところで現状と今後の話をしておこうかな?」


 クイやマリー、ルークの世話をクリスとベルに任せたところで僕たちは執務室に集まる。

 今回皆が戻ってきた目的は僕とクリスの結婚式に参加するためだ。


 ただそれはあくまでも一時的な帰国の予定。

 改めて今後もどうするつもりかは話し合っておく必要がある。


「それについてだけど、私もリリィもガイエスブルクには戻らないよ」

「うん、もう戻らない」


 真っ先に口を開いたのはアリシャとリリィ。


「学校はどうするの?」

「うーん、だってもう学校で習っている話って知っていることばかりなんだもん。

 それよりも兄様のお手伝いをしたほうが私とリリィにとっても意味があるからガイエスブルクを出発する前に退学してきたの」


 自主退学か……かといって僕も十五歳で家の事情があったとはいえ自主退学をした口だから責める事はできない。

 それにどうせ……


「退学することについては、父さんと母さんには連絡済だよね?」

「うん、ファンナさんにお願いして伝えてもらっているよ。

 母さんもアリィとリリィがそれでいいならって」


 ……うん、だよねぇ。

 家族の事については、領主になろうとも両親の言が優先だ。

 母さん(と父さん)が認めたのであれば文句は言えない。


「それじゃ、二人については部屋の準備をしないとね。部屋はどうする?」

「うーん、今まで通り同じ部屋でもいいかもだけど……

 そろそろ別々のほうがいいのかなって二人で相談してたの」


 おぉ、大人になったものだ。


「あっ、でも何時でも直ぐ会えるようにお隣同士がいいかな」


 うん、まだまだ子供でもあるね。


「了解、それじゃそれで準備することにしよう。

 クイとマリーについては?」

「クイとマリーも本心では帰ってきたいっぽいんだけどね。

 学校で友達も沢山出来ているし勉強も楽しいらしいから……

 クイとマリーって学校では『天才』って呼ばれているの」


「ほほう。それは凄い」


「もちろん、お兄様に比べれば全然だけどね!」


 いや、変な異名で呼ばれないだけましだよ。リリィ


「だから今回は一時的な休学って事になっているの。

 四・五ヶ月いないくらいで遅れをとる二人でもないしね」


 アリィやリリィだけでなくそれほどまでの人材だったのか……


「であればクイとマリーは卒業するまでは中央ってのが基本路線だね」


 うちの家族についてはこれで問題ないだろうな。


「それじゃ、ファンナさんたちはどうする?」

「私もルークが卒業するまではガイエスブルクに居ようと考えております。

 ……ベルを一人にさせるのは、少しだけ申し訳ないですが……」


「その間は私達で助け合いますから大丈夫ですよ。ファンナさん」

「ありがとうございますリスティさん。ベルの事、よろしくお願いします」


「よし、それじゃファンナさん達もルーク君が卒業するまでは中央ということだね。

 それじゃ、ここ最近のガイエスブルクの様子はどんな感じか教えてもらえるかな?」


 ファンナさんからは母さんを通して状況は逐次説明してもらっているけれど、直接聞くと違うことがあるのかもしれない。


「見た目上は非常に安定していると思われます」

「見た目上……ね」


「はい、実際にはどうやら第二王子派と第一王女派の周辺がきな臭く」

「それは内紛になるかもしれないって事かな?」

「今の所はお互いにけん制する程度であるようですが、何かきっかけがあれば……」


 たしか第二王子派の筆頭はウォーレン公爵、第一王女派はメルカルト公爵だったはずだ。

 この両公爵については領土が遠く直接的に対峙することは無い。


 その代わりというべきか、それぞれの派閥に所属する貴族が複雑に絡み合っている。

 バルクス辺境侯領の北方に領地を持つエウシャント伯爵やクィント伯爵がいい例だ。


 もしこの両勢力が目に見える形……つまりは内戦になった場合、エスカリア王国の全土で内戦が始まることになってしまう。


「ですが第三王子派はともかく、エルスティア様に第二王子派と第一王女派と繋がりが無い以上どうしようもないですね」

「……いやぁ、面目ない」


 学生時代に平民達をメインに人脈構成をしてきた事がここにきて有力貴族との繋がりの薄さという状況になっていた。

 ……とはいえ、あの頃から分かっていたとして有力貴族との繋がりを作れたか? と聞かれたら否だろうけどね。


 僕の頭に思い出されるのは第二王子派だったヒューリアン・クィント・ウォストン伯爵公子の尊大な態度だ。

 当初は第三王子派だったラズリアとのいさかいに巻き込まれたもんだ。


「とりあえずは今後、後継者争いが最悪の方向に向かわないように注視することだけど……バルクス領の建て直しのほうが急務だからなぁ。頭が痛いよ……」


 僕のため息にアリスが微笑む


「エルスティア様。人類滅亡という物だけに惑わされるのではなく先ずは足元。

 バルクス領を安定させましょう。そうすれば何かが起きた時、大きな力となってくれます」

「『高い壁を乗り越えた時、その壁は自分を守る砦になる』か……。

 そうだね。まずは足元の充実。それが僕の進む道だ。ありがとうアリス」


 そうだった。あまりに遠い……人類滅亡を見すぎて足元が良く見えてなかった。

 そんな僕の感謝に、アリスは笑顔を向けるのであった。

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