第166話 ■「双花達の帰郷1」
四月になった。
下旬を予定している結婚式の準備もいよいよ佳境となっている。
貴族にとっては、結婚式は自分の権力をアピールする場として大規模かつ盛大にすることが多いらしい。
ただ、僕とクリスのたっての希望で結婚式は出来るだけ質素にとお願いしている。
そもそも片道だけで中央から二ヶ月だ。
そんな場所に大物が来ること自体が普通は考えられない。
結婚式を開いてみたけど出席者は数人でした……なんて事になるくらいなら最初から身内だけでのほうが気兼ねも無い。
父さんと母さんもその意見に賛成してくれて規模としては百人程度で進んでいる。
……それでも多い気もするけれど、なんだかんだでバルクス辺境候も執務官や騎士団、技術班などで大所帯になりつつある。
全員を呼ぶというのは無理だから主要人物を呼ぶだけで五・六十人。
商人連や主要都市の重要人物を含めれば百人規模になってしまった。
中央に近い貴族であればどれだけの規模、予算になるのやら。
そんな四月五日、僕……いやクリスにとっても待望の子達がエルスリードに帰郷する。
――――
「まったく、クリスもせっかちだな。
わざわざエルスリードの外まで迎えに来るなんて……」
僕は苦笑いと共に隣で道の先から待ち人が来るのを今かと眺めているクリスに話しかける。
『今日、エルスリードに到着する』という連絡が来たのが昨日のお昼。
それからずっとクリスはそわそわしっぱなしだ。
「そういうエルだって反対もせずに付いてきてるじゃない。会いたい気持ちは私と一緒でしょ」
文句を言いながらもクリスの視線は道――ガイエスブルクへと続く――から外れることは無い。
……そりゃそうだ。僕だってクリスと同じ気持ちだ。
僕よりもその感情をクリスが全面に出しているから、冷静ぶっていられるだけである。
「あっエル君、クリス。多分あれじゃない?」
僕達の中で一番視力がいいユスティが道の先を指差す。
けれど僕には米粒にしか見えない。
でも時間と共にその米粒は、次第に一台の馬車であると認識できるまでになる。
「……やばい、どうしよ緊張してきた。
ベル、変な所無い? 髪とか大丈夫?」
「大丈夫だよクリス。それ聞くのもう三回目だよ」
「だって、久しぶりに会うんだよ。
もし嫌われたら……立ち直れる自信が無い」
そう緊張しているクリスを見ながらリスティはベルに小声で話しかける。
「ねぇ、ベル。なんでエルにしろクリスにしろ、こうまで緊張しているの?」
「そうですね。緊張というより……好き過ぎてという方がしっくりくる気がしますね。
思い出してください。あの二人が入学する時のエルの姿を」
「……あ、なるほど」
そんな話をしている内に馬車は目の前まで来ると静かに止まる。
その馬車から降りてくるのは二人の女性。
その姿を見たクリスが緊張で強張るのを隣にいる僕は感じる。
それぞれ薄青色と薄赤色のドレスを着た瓜二つの少女達は僕達の元にやってくる。
そしてクリスの前に来るとスカートを摘み膝を曲げて身体を沈める。
それはカーテシーと呼ばれる目上に対する敬意の姿。
それは王女に対しての姿。
別れの時に実の姉のように慕ってくれた姿はそこに無い。
それにクリスの顔に憂愁の影が差す。
「お久しぶりでございます。クラリス王女殿下。
レインフォード・バルクス・シュタリアが長女、アリシャ・バルクス・シュタリアと申します」
「お久しぶりでございます。クラリス王女殿下。
レインフォード・バルクス・シュタリアが次女、リリィ・バルクス・シュタリアと申します」
その二人の言葉は表向きの……昔クリスに向けていたのとは違う硬質な声。
それにクリスは言葉を失う。
「このたびは我等が兄。エルスティア・バルクス・シュタリアとの婚儀、おめでとうございます。
こうしてお二人の明るき未来に立ち会えます事、大変嬉しく思います」
「おめでとうございます。兄上、クラリス王女殿下」
そういうと二人はさらに深々と礼をする。
「あ、りがとう、ございます。アリ、シャさん、リリィ、さん」
クリスは何とかして言葉を搾り出す。
そこに二人に会うことを楽しみにしていたクリスはいない。
予想していた再会とは異なっていたことに、皆がクリスにどう声をかければいいかと迷っている空気が漂う。
「…………リリィ、いいよね? もういいよね?」
「…………うん、アリィ、もういいよ。もう我慢できないよ」
そんな静まりきった中で未だ顔を下げていたアリシャとリリィが互いに交わす言葉が響く。
そして二人は顔を上げる。
クリスを見上げる二人の顔は、満面の笑顔。
「「おかえりっ! そして、結婚おめでとうっ! クリス姉っ!」」
そう言うと二人はドレスの裾が汚れるのも気にせず立ち上がるとクリスに抱きつく。
クリスはそれに頭が追いつかないのか呆然とした後、涙目になりつつ二人を抱きしめる。
「ただいま、そしてありがとう。アリィ、リリィ」
そう感謝を伝えるのだった。
――――
「まったく、二人とも他人行儀な事をして……クリスがあそこまで悲しそうな顔したの久しぶりに見たぞ」
緊張の糸が切れたのか泣きじゃくったクリスを慰めようやく落ち着いた頃、僕はアリィとリリィを叱る。
「ごめんなさいエル兄、クリス姉……そんなつもりは無かったの……」
「ごめんなさいエル兄様、クリス姉……アリィと最初はちゃんと挨拶したほうがいいんじゃないかって話し合って……それで……」
二人ともそんなつもりは無かったのだろう、落ち込みながら謝罪する。
「もう大丈夫よエル。二人とも悪気は無かったのだからそれくらいにしてあげて」
泣いた所為で目を赤くしたクリスが、二人を後ろから抱きしめながら僕に言う。
クリスが怒っていないことにアリィとリリィも安心したような表情を見せる。
確かにこんな顔をするのであれば、悪気があるわけが無いか……
クリスが泣いている時も、泣きそうな顔で一番オロオロしていたのが二人だもんな。
「そうだね。クリスがそれで良いというなら。さてと、アリィ、リリィ」
僕に名前を呼ばれて少し不安そうに二人は僕を見上げる。
そんな二人に僕は微笑みかけながら二人の頭を優しく撫でる。
「四年ぶりだね。会いたかったよ。それに二人ともさらに綺麗になった。見違えたよ」
「「…………デヘヘェ」」
もしかしたらもう一度怒られるかと思っていた二人は破顔する。
二人も今年で十五歳、この四年でさらに女性らしくなっている。
髪の色は違うけれどやっぱり母さんの面影が強い。
……うん、絶対に僕が気に入らない奴とは結婚させない……
少なくとも僕を倒せるくらいの奴じゃないと……
そう僕は決意を新たにする。
「それで、二人だけってのはどうしたの? ファンナさんやクイたちも帰ってくると聞いていたけれど?」
「エル兄とクリス姉に少しでも早く会いたかったから先に出発したの。
たぶんもう少ししたら見えてくると思うんだけど……」
「あっ、あれですかね?」
アリィの言葉にユスティが答える……うん……まだ米粒だなぁ……
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