第155話 ●「バルクスの扱い1」
王国歴三百十年四月二日
王都ガイエスブルクの象徴とも呼べるガイエスブルク王城の御前会議室。
別名蒼の部屋と呼ばれるその場での会議は紛糾していた。
議題はバルクス伯の扱いについてであった。
前年の六月から始まったルーティント伯との領土を巡る戦争は、先月の会議にてルーティント伯の断絶とバルクス伯による旧ルーティント伯領の所有が承認された。
だがそれに対して、貴族――特に第一王子派と第二王子派から不服が出てきたのである。
彼らはこう言う。
『バルクス伯爵に力を持たせすぎではないか?』
と。
確かに今やバルクス伯爵は元々のバルクス伯領に加えてルーティント伯領を領土としている。
ルーティント伯領は長きに渡る圧政により生産力はかなり衰えてはいるがそれが回復した場合、その二領の生産力は平均的な侯爵を凌ぐ。
特にルーティント伯でのみ生産可能な黒銀はバルクス伯の主要産業になりかねない。
この御前会議に参加しているものは低くても侯爵クラス。
バルクス伯のこれまでの献身は十分に理解している。
だが彼らにとっては『それはそれ、これはこれ』なのだ。
貴族達は献身、もっと言えば常設されている四騎士団の強さを十分に理解する一方で、バルクス伯は経済的・政治的においても力不足である事をよく理解している。
もし万が一、最強と呼んでも過言ではない軍事力を背景に中央に牙をむいたとしても、経済力で劣るバルクス伯では遠征は不可能と確信していた。
つまりはバルクス伯を堅守する事については最強、外に攻めるは弱者というのが共通の見解だった。
今回の戦争も伯爵同士の戦争で僅か九ヶ月で終息させる事は少しの驚きはあったものも『あの番犬なら』の思いのほうが強い。
まぁ、その先入観ゆえに中央の一部の貴族(ファウント公爵など)を除く貴族達はバルクス伯の新兵器の情報が入るのはさらに数年後になる。
だが、それが今回は良い方に出てもいた。
もしこの時点でバルクス伯の新兵器の情報を彼ら中央の貴族が手にしていたならば連合を組んででもバルクス伯の力を削ごうと動いていただろう。
彼らのこの時点での認識は、外征するには力不足のバルクス伯に遠い将来とはいえその力を得たのではないか? という漠然とした不安程度であった。
ただ貴族達にとっては漠然たる不安だろうが早いうちに解消しておきたかった。
かといって、会議で無理して主導権を握ってでもというまでの貴族はいない。
バルクス伯が例えば第三王子派であれば、第一王子派と第二王子派、第一王女派は無駄なやる気を見せていただろう。
ところがバルクス伯は、正直彼らも存在すら失念する末姫派。
力をつけても所詮は侯爵の末席に座る程度の経済力でしかないから後継者問題の勢力争いに何の影響もしない。
鞍替えをして他の派閥にでも入るというのであれば由々しき問題ではあるが、その兆候も無い。
漠然とした不安と後継者問題への影響へのせめぎ合いが会議を紛糾させていた。
「伯爵家としては伯爵領二つ分の領土を持つのだ。相応しくなかろう?」
「いやいや、それを言っては領土という意味ではボーデ伯領の方が広いのだ。
その理論は通じまい」
「だが、ボーデ伯領は大半が痩せた土地。経済力としては比べ物にならんであろう?」
「それをいえば、現状ルーティント領は経済的にかなり落ち込んでいる。
ボーデ伯と経済的にはほぼ同じといえるのでは?
それに経済力の大小で領地を決めておっては経済向上の足かせになりかねん。
経済力が増えたらその分、領土を取り上げられるのでは? とな」
「ならば王命としてルーティント領を一度、直轄地とした後、ルーティント伯の生き残りに継がせて元の形に戻すのはどうだ?」
「それこそ馬鹿ばかしい。此度の戦はそもそもルーティント側からバルクスに対しての無茶なクレームによって起こされたのだぞ?
被害者であるバルクスから苦労して手に入れたルーティントの領地を取り上げるなど、他の貴族達が明日は我が身と不安になるわ」
……こんな感じで堂々巡りを二時間も繰り返していた。
――――――
議長であるキスリング宰相は、だれにも気付かれずにため息をつく。
貴族達はああだこうだといっているが、結局のところ彼らが恐れているのは、番犬の牙が自分達に向けられることだ。
軍事力に関してはバルクスは伯爵家とはいえ、その立地ゆえに特別扱いをされている。
その軍事力は、侯爵はもちろん公爵とも対等に渡り合えるほどに。
数だけではなく質も常に実戦を経験するゆえに遥かに高い。
だから番犬を繋いで置く首輪がほしいのだ。
彼らにとってはバルクスは辺境も辺境。
そこで大人しく王国……いや、自分達の所領のために外敵を防いでいてくれれば十分なのだ。
「ひとつよろしいかな?」
その時、会議室に重厚な声が響き渡る。
その声に皆の視線が集中する。
「ファウント公爵か、何かな」
いままで声を発することなく会議の行方を見守っていたファウント公爵が、ようやく口を開く。
「先ほどから聞いておったが、まず皆が気にしておるのはバルクス伯爵の所領の広さが伯爵の域を超えているのでは? という事か」
「……えぇ、ファウント公爵。伯爵家で二領分の領土は
末席にいる侯爵の一人が賛同する。
「ならば簡単ではないか。伯爵が域を超えるのであれば侯爵に叙すればよい」
その言葉に一瞬貴族達が皆固まる。
「い、いやいや、ファウント公爵。それは話が突飛過ぎよう」
「なにがだ? 公爵はいざ知らず伯爵家が侯爵に叙される事は歴史上珍しいことでもない」
「ですが……その……広大な領土を持つからという理由で侯爵に叙すなど聞いたことがありませんぞ」
「理由なぞ『番犬』。それだけでも十分だ。
そもそもが、バルクス伯の今までの恩顧に対して、伯爵であること自体が役不足だったのだ」
「……それについては私も同意見だな」
ファウント公爵の話にキスリングも同意する。
公爵第二位と宰相が賛成しているのだ、反対できるとすれば公爵第一位のウォーレン公爵くらいだが……
「それはかまわんとして、結局のところ我々が恐れておるのは、軍事・経済が揃ったバルクス伯、いやバルクス候が中央に対して牙を向くのでは? ということだ。
確かに侯爵の一つや二つが裏切ったところで王国自体が敗れることは無かろう。
だがあの地はグエン領が近い。
密かに手を結ぶなぞがあればそれは瞬く間に脅威となる」
ウォーレン公爵自身があっさり認めたように話し始めたことでバルクス伯爵が侯爵に叙される事は決定事項となる。
ウォーレン公爵としては、辺境の伯爵が侯爵になったところで大した話ではないという認識なのだろう。
なにせウォーレン公爵領はバルクスとは真逆の北東に位置する。
遠い場所での出来事、後継者問題に関わらなければどうでもいいのだ。
だがそれでも彼にしたらバルクスが王国を裏切るという懸念を議題としてあげた事は上出来といっていい。
それに、ファウント公爵は口を開く。
「それであれば、裏切らぬように首輪を付ければよかろう?」
と――
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