第154話 ■「燃料問題」
「ベル、これでいいのかな?」
「はい、ありがとうございます。すみませんエル様。お手伝いいただいて」
「いや、別に構わないよっと。うん、これが……」
「はい、水蒸気発電の試作機と電気ランプになります。
まだまだ開発中ではありますけど」
十月も終わりが近づいたある日、僕とベルはバルクス伯家の横に新築された建物にいた。
ルーティントでの戦争は一ヶ月半ほど前に主都ゴルンを無血占領して以降も順調に進んでいるようだ。
ベイカーさんやアリス達執務官は、占領後の対応に追われている真っ最中。
僕もそんな中で息抜きがてらベルの開発の進捗状況を見に来ていた。
僕の目の前にあるのは建物の空間の殆どを占有した鋼鉄の建造物。
これが今後のバルクス伯をより成長させることを期待している水蒸気発電機の試作機となる。
厳密に言えば木炭火力発電機の試作機だね。
とても原子力発電機なんて作れないし、そもそも出来たとしてもバルクス伯だとオーバースペックだ。
原理は木材や木炭を燃やして水を沸かし、水蒸気のエネルギーでタービンと軸を介して回転運動に変換する外燃機関だ。
……と説明するのは簡単だけれどこれがなかなかに難しい。
実用的な電力を確保しようとすると今目の前にあるようにどんどん大型化してしまう。
蒸気圧に耐え切るだけのボイラーを一つ作るのも一苦労。
なんせ製造用の機械が無いから職人による手作りになる。
全てを一歩一歩着実に進めてやっとここまで来たといってもいい。
とはいえ、まだ進捗としては半分といったところか?
「ま、慌てることは無いさ。基礎技術側が追いつききっていない状況で無理して進めているんだからね。
まずは安全第一で進めてもらうと有難いかな」
「はい、わかりました。エル様、もう少しお時間がいただければ有難いです」
そう、ベルは頭を下げる。
「さてと、開発は続けてもらうとして……
今後のことを考えると燃料問題については検討しておいたほうがいいと思うんだ」
「そうですね。木材と木炭を今の所は考えていますが、将来のことを考えますと有限の資源となりますし」
この世界は中世時代レベルの技術力だ。
つまり産業革命前で大量生産という技術水準には達しておらず、資源消費と資源回復で調和が取れている。
バルクス伯でやっと鋼鉄の大量生産の基礎が出来たばかりで需要自体が僕が進める公的事業だけだから問題ないだけである。
技術改革は言わば資源の大量消費を意味する。
いずれ鋼鉄生産は民間に委譲していきたいところではあるけれど、燃料資源が際限なく消費される可能性がある。
そして燃料資源の爆発的な消費は、環境破壊だけではなく争いを引き寄せる。
元の世界の近代戦争は燃料資源を発端としたものが多い。
第二次世界大戦でアメリカを中心となって行われた石油禁輸が日本に戦争を決断させた理由の一つである。
この世界でも王国と連邦の戦争理由の一つが資源に貧しい連邦が資源を求めてということが何度も繰り返されている。
「……それにしても、正直なところ信じられないのです。
バルクスだけでも広大にある森が伐採によって消滅する可能性があるなんて……」
ベルは建物の外に目を向けながら僕に言う。
彼女の視線の先にはエルスリード郊外の林が広がる。
ここから見ただけでもかなりの森林があるのだ。
町の外には、多くの場所でさらに森林が広がっている。
「僕の元の世界の人も予想してなかっただろうね。
ただ自分達が豊かになりたいという思いが環境を破壊することになるなんて」
「そう、かもしれませんね」
「ま、僕達には良き先駆者がいた事で将来のことを考えることが出来るって事さ」
「『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』ですね。実際には別の世界の歴史……ですけど」
そう言いながらベルは笑う。
「とりあえず、木材資源以外で考えられるとしたら『化石燃料』『バイオ燃料』『魔法』でしょうか?」
ベルは自分の右手の指を折りながら僕に聞いてくる。
「そうだな。後は太陽光とか風力なんてのもあるけれど一旦置いておこうかな。
まずは、化石燃料かぁ」
「一番の問題は、そもそも存在するのか?ですよね?」
そもそも地球とは異なる進化を遂げてきたこの世界で化石燃料、つまりは石油や石炭、天然ガスが存在するのかが分からない。
調査しようにも地球でも特定の場所じゃなければ見つける事が出来ないのだ。
あてずっぽで調査するわけにも行かない。
「どっかから黒い水が湧き出してくればいいんだけどな」
「……そんな風景を見たらさぞかし驚くでしょうね」
そう笑いあう。
「とりあえずは、見つける事が出来たら位に考えておいたほうがいいかもね」
「そうですね。次はバイオ燃料ですが……」
「再生可能エネルギーというのは魅力的だけど……」
「やはり生産効率ですよね……」
バイオ燃料は、トウモロコシやサトウキビ、廃材といった植物資源を発酵・ろ過してアルコールを精製する方法だ。
長所はなんといっても植物由来だから非枯渇性資源という点だ。
元の世界でも将来的な燃料として期待されていた。
ただ問題ももちろんある。
植物資源は言ってしまえば、領民達の食料だ。
貨幣経済が十分に浸透していないこの世界において食料を燃料とすることへの忌避感が強い。
そもそもバルクス伯はようやく農作改革を始めたばかりで余裕も無い。
いずれ検討することもあるだろうが、それはかなり先のことだろう。
「バイオ燃料は、民衆の食糧事情が改善した後かな」
「そうですね。民衆にとっては貴重な食料を腐らせていると見るかもしれませんし」
「とすると……次は魔法か」
「魔法についてはエル様のほうが得意だと思うのですが、例えばファイアーウォールを小型化して長時間維持できるようにするとかはどうでしょうか?」
「敵の侵攻を妨げることを目的としたファイアーウォールを水を沸かすために使うなんて知ったら最初に考えた人は卒倒するだろうね。
けど……うん、考えとしては悪くないかもしれない」
ファイアーウォールは高温の火の壁によって敵の侵入を防ぐ。
つまりはそれ単体で高温エネルギー体なのだ。
持続時間は二十分ほど。
それなりの継続時間ではあるけれど、電力の安定供給を考えると不安が残る。
二十四時間体制で二十分ごとに魔法を詠唱する姿はなかなかにシュールだ。
バルクス伯は一発でブラック企業の仲間入りだろう。
ファイアーウォールにしても改良したファイアーボールウォールにしても前提が『敵をどれだけ多く足止めできるか』になる。
つまり広範囲に展開することが主目的となる。
特にファイアーボールウォールは足止めしてから絨毯攻撃という感じだったからより顕著だ。
その目的を捨て長時間維持するように改造すればいいということになる。
ま、言うのは簡単。行うは難しなんだけどね。
「エル様も忙しいことは重々分かってはいるのですが、なにせ魔法の改造が出来るのが……」
「僕か…………クリス位だもんなぁ」
クリスも魔法改造についてはかなり勘がいいほうだった。
僕の理論を理解・把握することに関しては誰よりも優れていたから、僕が方針さえ決めれば上手く出来る可能性がある。
けれど、ここに彼女はいない。
つまりは適任者は僕くらいということだ。
「うん、ちょっと時間はかかるかもしれないけれど少し考えてみるよ」
「すみませんが、よろしくお願いします。
もちろん、遠い将来に向けてなので当面の間は木材で問題ありませんので」
「了解、無理しないところで考えてみるさ」
実際には、この後ルーティント伯を完全占領したことによるドタバタで殆ど検討する余裕はなかった。
そんな僕に別の光明が見えることになるのだけれど。
それはまた別のお話。
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