第140話 ■「内政干渉2」
「本日はわが当主、ラズリア・ルーティント・エスト伯爵閣下の要請を伝えに参った」
僕たちが応接室に入り席に着くと同時に使者は口を開き始める。
そこには使者としての礼も何も無い。最初からこちらに頭をたれる気などさらさら無いのだろう。
であればこちらも礼を尽くす必要は無い。
「こちらも他の執務で無駄に出来る時間はない、さっさと話してもらおうか?」
僕からの返答に使者の顔色が変わったのが分かる。
自分が礼を尽くさないのにこちらが尽くすとでも勘違いしたのだろうか。馬鹿じゃなかろうかね。
「ふん、ルーティント伯の無辜なる民が、バルクス伯で
その者の引渡しを要請する。ルーティント伯にて調査を行い、しかるべき対応をする。」
いやはや、暴行事件が不当な嫌疑か。まったく持って平行線な考え方だ。
いや、そもそもこちらに歩み寄る気は無かったね。そういえば。
「なるほど、そういうことであれば話は簡単ですね」
今回の使者のやり取りを任せたアリスは微笑みながら使者に返答する。
その好意的にも見える微笑に使者は『是』と返してくると思ったのかもしれない。
「答えは『否』……です。さ、ルーティント伯までお帰り頂き伯爵様にお伝えください。」
そう返す。
あまりのあっさりさに使者が呆けた顔に危なく噴出しそうになる。
そしてアリスの返答を徐々に理解するに従い顔を真っ赤にしていく。
「こ、こちらの要請を拒否すると言うのか!」
「はい、そちらの要請は内政干渉です。従う必要性を感じません」
「要請を断ると言うことはこちらと敵対することになるぞ。それを理解したうえでの話であろうな!」
「ええ、ですから伯爵様にお伝えください。と」
顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす使者と、いたって冷静に微笑を浮かべながら返すアリス。
まったくもって正反対の対応だ。
端から見ている分には、暴風をのらりくらりと受け流す柳のようだ。
次第に使者側の感情に任せた怒声も力を失っていく。
そのタイミングを上手く読みアリスは再度口を開く。
「どうぞ、ルーティント伯爵にお伝えください」
と。
それに使者は鼻を鳴らすと
「……番犬の臣下が偉そうに……」
そう捨て台詞を吐いて退出していった。
――――
「いやぁ、アリスに任せるとは言ったけどね」
そう僕は苦笑いする。
それにアリスも苦笑いで返す。
「あちらが礼を持って話してくるのであれば他の対応を考えていましたが……あの態度でしたからね。
こちらとしてもやり取りするだけ無駄だな。と
恐らくこちらが攻撃的な態度をとればそれを上手く活用しようとしていたと判断しましたので」
まぁ、言いたいことはわかる。
元々、こちらの意見を聞く気はそもそも無かったのだろう。
こちらが感情に任せた対応をすればそこからつけ込んでこようとしたのだから。
「しかし使者の立場でアリスのことを侮辱してくるとは」
そう苦虫を噛み潰したようにリスティは呟く。
それにアリスは……きょとんとする。
これがまさに鳩が豆鉄砲を食らった顔っていうのかな。
普段のアリスからしたら珍しい。うん、いい物を見た。
カメラか携帯があれば写真に撮っておきたかったな。
「侮辱? ですか?
あれ? 私何か侮辱されるような事言われましたか?」
「え? だって『番犬の臣下』って……」
そう返したリスティの言葉にアリスは考え込む。
そして合点がいった顔をすると、クスクス笑い始める。
「あー、なるほど、そうか。そういえばそうだった。
すみませんが、エルスティア様達も同じ意見ですか?」
アリスがなぜ笑っているのか理解できないながらも皆が皆頷く。
それにアリスは満足そうに頷く。
「なるほど、まずはエルスティア様たちの中で大きく勘違いされていることがあります」
「勘違い?」
「はい、バルクス伯に対しての『番犬』と言う言葉は、けっして侮辱するための言葉ではありません。
むしろ誇るべき言葉なのです」
「えっ、それってどういう?」
「それは…………」
――――
「……えっと、つまりは『番犬』って呼ばれているのは王国の歴史において幾度と無く魔物の襲撃を防いだバルクス伯家を賞賛する『ルステリアが如き誇り持ちし番犬』が省略されたってことかな?」
「はい、その通りです。その意味を知らない者たちが勝手に曲解しているに過ぎないのです。
現に、王家や公爵、侯爵においてバルクス伯家は最重要防衛ラインとしても一目置かれる存在ですから」
……そんなこと知らなかったよ。教えておいてよパパン、ママン。
しかし省略するならなぜ『番犬』だけにするかなぁ。『ルステリアが如き』でいいじゃん。
それであれば曲解されることは無かっただろうに……
「そこはまぁ……大貴族ですから」
その一言で片付けられてしまった……
「ま、『番犬』のことは置いておいて……。
それでアリス、リスティ。ルーティント伯が攻めてくるとしたらいつぐらいだと思う?」
「そうですね……あちらの目的がエルを完膚なきまでに叩いて宣伝することでしょうから十分な筋立てを行うと思います。
そのためには現在徴兵中の民兵がそろってからとなると思います。
事前に準備を開始していることを考えると早ければ六月くらいかと」
「私もリスティの意見に賛成です」
六月となるとあと二ヶ月もない、そうするとこちらの準備、民兵の徴兵はほぼ間に合わない。
「リスティ、それまでの間にこちらはどれだけ兵力が準備できる?」
「治安維持を考えますと第二・第三の二個騎士団と鉄竜騎士団が投入できます。
それ以外では民兵が二千名ほど……」
「とすると合わせても八千三百か……」
「ですが、六月頃の開戦となりますと民兵の徴兵は出来れば避けたいです」
民兵はそのほとんどが農民となる。
六月は農繁期の真っ只中だから確かに無用な徴兵はしたくない。
ひとつ勘違いしないでほしいのは、『農繁期は徴兵は駄目、農閑期に戦争をする』というのは嘘だ。
実際に過去の歴史でも農繁期に戦争は幾度と無く起こっている。
問題になるのは『継続的な農繁期の徴兵』だ。
農繁期の徴兵はボディーブローのようにじわじわと効いてくる事になる。
それが五年・十年と毎年のように続けば生産力はどんどん減少していく。
一方、単年での徴兵であれば目に見えるほどの影響は少ない。
どちらかというと、農繁期に徴兵を出来るだけ行わないようにするのは、心象への悪影響を抑えるためだ。
人手を徴兵によって奪われればそれ以外の人に負担が行く。
それはお上に対しての不満として蓄積していく。
もちろん国家の存亡をかけたとかであれば問題ないだろう。
けれどそれ以外の戦争は領民にとっては、当主のわがままに近い。
戦争の結果如何によっては、損失補填のためにより重税を課せられることもあるのだから。
今回の民兵二万というのは、一伯領として見るとかなりの過大徴兵といえる。
連邦との戦争では二十万の民兵が徴収されているが、実際に一伯領当たりで見れば五千人程度。
その辺りが大きな負担にならないギリギリのラインと言える。
つまりは一伯領で見た場合、連邦との戦争時の四倍もの民兵が徴兵されているのだ。
伯領の平均的な人口比率で見た場合で三%程度。労働人口で見ると八%の労働力を戦争中は失うことになる。
これは経済を衰退させるには十分な数字だ。
さて話を戻して民兵を徴兵しないとすると六千三百対二万六千。実に四倍だ。
どこかの三男坊が『戦争は数だよ』と言っていたな。
「相手は四倍。リスティ、勝てる?」
僕の質問に、リスティは……笑う。
「勿論です。ラズリアの性格や戦法は嫌と言うほど理解しています。
しかもこちらには鉄竜騎士団と新武装の騎士団が二個。
負ける要素はありません」
そこにあるのは自信、しかも彼女の中では現実的な結果として。
戦術教練無敗の実力がついに日の目を見ることになるのだ。
「まずは、戦争の目標を決めていただけますか? エルスティア様」
「戦争の目標?」
アリスが僕に尋ねてくる。
「はい、戦争においては正当性は何よりも重要な武器となります。
もし、特に無いようでしたら一つ。考えがあるのですが……」
「うん、教えてくれるかな」
そしてアリスは語りだす。バルクス伯家の初めてとなる戦争の正当性を……
「……なるほどね。うん、それでいこう」
「それでは、相手からの
――――
王国歴三百九年六月十五日 ルーティント伯家よりバルクス伯家に対してクレームが行われる。
それをもってルーティント軍二万六千はバルクス伯領への侵攻を開始する。
六月十七日 バルクス伯家よりルーティント伯家への抗議が行われる。
併せて領土侵犯を持って戦争状態となる事の最終的な通告が行われる。
それと共にエスカリア王国全土に対して、エルスティア・バルクス・シュタリア伯爵の名の下に今回の戦争の正当性が発表される。
曰く
今回の戦争はルーティント伯内で非情なる重税に苦しむ領民を救うための『解放戦争』である。
――と
後の歴史においてエルスティア伯爵にとっての最初の戦争として ――――
全世界に驚きをもって知られる『ルーティント解放戦争』の始まりである。
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