第139話 ■「内政干渉1」
王国歴三百九年四月十一日
バルクス伯に使者の一団が訪れる。
「ルーティント伯爵家からの使者……だって?
いやな予感しかしないなぁ」
僕はため息を吐く。
一緒に執務室で執務を行っていたベイカーさんとアリスが苦笑いしているのが見える。
「予想はしていましたが、思いのほか早かったですね」
「……もしかしてカモイ町の事件の話?」
あの時、アリスが言葉を濁したことを思い出し尋ねる。
「はい、申し訳ありませんが皆を呼んでもよろしいでしょうか?
皆の意識を統一しておきたいので」
「……それって、これから大きな何かが起こるって事?」
「はい、エルスティア様には覚悟を決めていただかなければいけない事になるかと」
「了解、それじゃ皆を呼んでくれるかな」
……まったく、ルーティント伯に関わると
――――
執務室には、ベル、メイリア、ユスティ(現状報告のため、丁度カモイの町から帰郷していた)、リスティ、バインズ先生、アリスにベイカーさんが集まる。
アインツは、カモイの町で治安対応をしている最中だから不在となる。
「今回の使者の要求は十中八九、フューネ・リィプトン受刑者の引渡しでしょう」
アリスが話す言葉を聞いたユスティが口を開く。
「フューネ・リィプトン受刑者ってカモイで犯罪を犯した流民だよね。でもそれって……」
「はい、内政干渉です」
エスカリア王国は、各領土の貴族に自治が一任されている。
言ってみればエスカリア王国と言う大きな国の中に領主を首班とした複数の国が存在していることに近い。
連邦との大きな違いは王国としての意思決定が国王に集約されていることになる。
王国内の他領で起きた犯罪の加害者の引き渡し要求は、自治に対しての干渉に値する。
それは内政干渉として嫌われる行為だ。
「その受刑者がルーティント伯爵家に
ベルが疑問を呈する。
そう、受刑者が貴族であった。と言うことであれば百歩譲ってもまだ理解は出来る。
けれど受刑者はただの平民だ。特にルーティント伯爵家の歴々の当主にとって平民は路傍と石に等しいことも理解している。
その疑問に対してアリスは微笑む。
「ルーティント伯家にとっては、受刑者が誰でどんな立場だったか。はまったく関係ないのよ。ベル」
「え? それってどういう……」
「つまりは、ルーティント伯爵家にとっては難癖をつけにきた。って事だろ? アリス」
今まで静かに話を聞いていたバインズ先生が口を開く。
それにアリスは頷く。
「はい。単刀直入に言えばルーティント伯爵家は、バルクス伯爵家に対して戦争を仕掛ける準備が出来た。と言うことです」
「えっ! 戦争……」
それに驚きの声を上げたのはベルとメイリア、ユスティのみ。
それ以外は少なくともこの日が来ることを予想していたのかもしれない。
その中で、リスティが口を開く。
「エル、軍令部が手に入れた情報によるとラズリア伯爵は、二個騎士団の集合と民兵二万の準備を開始したとの事。
内乱鎮圧が完了した今。それだけの兵を集める理由は……」
「戦争……か」
ルーティント伯が兵を集めていると言う情報は、リスティとバインズ先生から事前に聞いていた。
ただその時点では本格的な内乱鎮圧のためと言う可能性も捨て切れなかった。
その中でバルクス伯が動きを見せると周辺の領主達に疑念を抱かせかねないので警戒のみにとどめておいた。
ただ内乱も鎮圧し、今回の使者。
想定していた中で一番悪い筋書きで動き始めたようだ。
「しかし民兵二万か。あの伯爵領の国力的にどうやってそこまでの資金を集めた?」
バインズ先生がそう口を開く。
民兵とはいえ二万もの軍隊を維持するのは莫大な資金が必要となる。
武器、防具、兵糧、軍旗など金がかかるものは数知れないのだ。
「今まで、散々領民から搾り取っていた財産を使って……という線もありますけど……」
「それだけの財産があれば後継者争いにつぎ込むだろ。あいつなら」
バインズ先生が苦笑いと共に答える。
そう、第三王子派から鞍替えして周回遅れの状況に追い込まれたルーティント伯爵家が再び脚光を浴びるためにかなりの財産を新しく鞍替えした派閥に対してつぎ込んだと見て間違いないだろう。
「ってことは、新しい派閥からの資金提供……
そういえば、ルーティント伯爵家はどこの派閥に鞍替えしたんだ?」
「確証はありませんが、おそらく第一王子派のようです」
「第一王子派……アリス、たしか第一王子派は……」
「先の連邦との戦争で功をあげることが出来ませんでしたからかなり苦境に立っていたはずです。
第一王子派は、派閥の伯爵が他派閥の伯爵領を圧倒的戦力で
その思いとラズリア伯爵個人のエルスティア様への恨みが合致した。と」
「こっちとしては、いい迷惑だな……」
「ごめんアリス。と言うことは今回のカモイの町で起きた事件って最初から仕組まれていたの?」
今まで事の成り行きを見守っていたメイリアがアリスに質問をする。
「その可能性はあるけれど……かなり低いと思うな。
流民が五千人も流れ込んできているんだから遅かれ早かれこういった事件は発生していただろうし。
今回の事件がたまたま起こったから活用した。ってほうが強いかな」
「そっか、それなら良かった。今回の事件は皆、色々苦労していたでしょ。
それがラズリアの手のひらで踊らされていたなんて最悪だもん」
……そういえば、メイリアとラズリアの間には少なからぬ因縁があったんだった。
メイリアを僕のグループにスパイとして送り込んだのはラズリアだった。
「アリス、その……」
「何? ベル?」
ベルの問いかけにアリスが反応したことを確認し、意を決したように口を開く。
「戦争、回避することって出来ないのかな?
戦争が起これば、バルクスの人もルーティントの人にも沢山の被害が……」
そう、戦争は結局は人と人の殺し合いだ。
魔物を相手にするのであればそれは種の存続が前提になるからベル自身も踏ん切りがつく。
しかも戦争は外交における最終手段とも言っていい。
できれば回避できることが一番なのだ。
それにアリスは微笑むも……顔を横に振る。
「戦争を回避するには相手の要求を受け入れるしかない。
けれどそれは内外にバルクス伯爵が内政干渉を受け入れたという悪評を被ることになる。
それにこれからも幾度と無く難癖をつけてくるでしょうね」
そこで一息入れるとアリスは苦笑いする。
「もしバルクス伯が、第二王子派もしくは第三王子派の派閥に属していたら回避する手段はいくらでもありますが……
あ、一応言っておきますが私としてはそれらの派閥に属していないことに感謝してますよ。
今のような内政改革する際に無駄にしがらみになりますから」
「そっか……アリスが無理って言うんだったらもう避けられないんだね」
ベルは悲しそうに俯く。
相手は既にバルクス伯に戦争を仕掛けることが前提で動いている。
もう止める事は、無理だろう。
「ベル、出来るだけ被害を最小限に抑える。そのために私と父様がいるの。
私たちのこと信じてもらえないかな?」
「リスティ……うん、そうだね」
「それに、ベルとメイリアが作ってくれた銃や武具は私達を守ってくれるだけの力を持っているんだから」
そうリスティが笑うのにつられてベルも笑う。
「エルスティア様、ルーティントからの使者への対応については、私のほうで任せてもらえますでしょうか?」
「うん、そうだね。頼むよアリス。」
さてと、無駄な茶番劇になるだろうけれど使者に会いに行きますか……
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