第124話 ■「商人連1」

 七月を迎えた頃、伯爵家の応接間には十人ほどの客がいた。


 誰も彼も恰幅かっぷくよい人懐こそうな雰囲気の者ばかり。

 だが、その容姿に騙されてはいけない。


 商売という荒波の中で生きてきた海千山千の商人達なのだから。

 彼らはこのバルクス伯を主とした商人達の連合である『商人連』に在籍する商人である。


 その中にはアリストンの父、ローデン商会のピストの姿も見ることが出来る。

 この八年ほどの間に成功を収め商人連の代表の一人へと出世していた。


 そんな彼らに来てもらったのは、アリストンが以前提言してくれた『為替手形』について相談するためだ。

 なのでベイカーさんとアリストン、そのほかに数人の執務官にも同席してもらっている。


「本日は忙しい中、集まってもらい感謝を。

 バルクス伯の発展を考えるにあたって、あなたたち商人の力が必要となるから忌憚無き意見を言ってもらいたい」


 僕の堅苦しい話から打ち合わせは始まる。


「この度はわれ等『商人連』にお声掛けいただきありがとうございます。

 伯爵閣下の考えられたという案。お互いに有意義であることを期待しております」


 商人達の一人 ―― 商人連の筆頭商人の一人であるフォアンだ ―― がうやうやしく頭を下げるのに合わせて他の商人達も頭を下げる。

 その流れには一片の乱れも無い。こういった形式上の所作については相手のほうが一枚上手である。


「詳細については執務官長であるベイカーより伝える。ベイカー。後は頼む」

「はい、かしこまりました。エルスティア様。さて…………」


 僕に話を振られたベイカーさんは一礼すると話し始める。

 案についてはベイカーさんとアリストンのほうで煮詰めてもらっているから、後は任せることにしよう。


 ――――


「………………と言うわけです」


 今回の話が自分たちにとってどれだけ利益になるかを一片も聞き逃すまいと水を打ったような中、ベイカーさんによって為替手形についての内容が十分ほどに渡り話される。

 話し終わると同時にそこかしこで隣同士で相談するようなざわめきがあがる。

 そんな中、フォアンが手を上げる。


「エルスティア様、質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわんよ」


 僕の了承に軽くお辞儀をするとフォアンは語りだす。


「今回の話。なるほど、我々にとってかなりメリットが大きなお話です」


 その言葉に周りの商人達もうなずく。それは一定の評価を受けたと考えても問題ないだろう。


「まずは、やはり長距離の移動に関して大量の貨幣を持ち運ばなくてもよいという話。これはかなり大きい。

 貨幣は存外かさばるもの、さらに大金になればなるだけ隠蔽が難しくなり防犯上も支障が出てくる。

 それは魔物から逃避する際にも大きな障害となります。

 我々の中では強力な魔物に襲われることは、財産をすべて失うことと同義です」


 これについては、アリストンが立案したときにも聞いた話だ。

 やはり商人達の中では共通の認識なのだろう。


「ですが、手形という紙一枚が大量の貨幣と同じとできれば、防犯リスクがかなり下がります。

 また、貨幣を置くために必要だったスペースにさらに物資を積むことが出来るので利益を上げることが出来ます」


 なるほど、一度の輸送物資を増やすことが出来るのは副産物的な長所でもあるのか。


「いやはや、バルクス伯内における流通の革命と言ってもよろしいでしょう。

 ですが、いくつか懸念材料がございます」


 そう、おそらく商人達にとってはこちらが本命であろう。

 その懸念を論破できなければ今回の話がどれだけ有用なものであってもご破算になってしまう。


「まず一つは、『手形が紙』であるということそのものです。

 紙ということは偽造がしやすい、偽造が蔓延はびこれば信用がなくなってしまいます。

 これはいかがして対応されるおつもりか?」

「その事については、こちらの紙を見て欲しい」


 そういって僕は、一枚の紙切れを差し出す。

 商人達はそれを見て、そしてただの紙でしかないことをいぶかしむ。


「フォアン、どうであった?」

「どうであったと申されましても……ただの紙切れとしか見えませんでした。

 エルスティア様これはいったい?」


 うんうん、想定どおりの反応だ。


「なるほど、ただの紙切れか。皆も同じ意見か?」


 僕の言い回しに引っかかりは感じるのだろうが、それが何かはわからない。

 商人達は一様にそれを顔に出しながら頷く。


「もし、この紙が『魔法の紙』だとしたら?」

「魔法の紙ですと?」


 僕はテーブルの上においてある蝋燭ろうそく―― まだ昼間だから点けてはいない ―― に火を点けると紙が燃えないように距離をとりながら上にかざす。

 すると、ただの紙切れに徐々に文字が浮かび上がる。それはバルクス伯のサイン――


「なんと、文字が浮かび上がってきた。魔法をこめた紙ということでしょうか?」

「そう思ってもらって構わない。

 ああ、気になるからといって自分の手形を同じようにあぶらないほうがいいぞ。

 文字が浮かび上がった手形は無効扱いになるからな。

 勿論、この魔法についてはバルクス伯家の秘中の秘。他言無用だ」


 ……なーんてな。正直言えばこんなんの魔法でもなんでもない。ただの『炙り出し』だ。

 けれどこの世界であれば、これは魔法に等しい。


 そして炙り出しをおこなった手形は無効になるとしておけば、調べようとする者もいないだろう。

 調べても現象の理由は、僕が言わなければ分からないだろうけどね。

 

「なるほど、偽造に対しては対策は十分と分かりました。

 できれば、この魔法の紙について販売したいですな」


 そういうと、フォアンはカラカラと笑う。

 原材料は紙と普通に売られている明礬水みょうばんすいと高く売ればぼったくりの材料費となります……

 勿論、秘密だけどね。


「残念だが、製法も秘中の秘。あきらめるがよい」

「これは残念ですな」


 実際に販売できるとは思ってもいなかったのだろう。

 微塵も悔しそうで無く、フォアンは笑うのであった。

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