第123話 ■「内乱の灯火」
六月も下旬になった頃。少し予定を遅れてアインツとユスティが両親を連れてエルスリードに到着した。
なんでもルーティント伯爵領の東部で平民による反乱が発生したようでルートの見直しが発生したからだそうだ。
「いやぁ、ひどいもんだったぜ。小規模とはいえ二百人くらいの平民を家族もろとも皆殺しだからな。
どうやら首謀者を取り逃がしたらしくて寄る町寄る町全部で馬鹿みたいなチェックしてきたからな」
「最終的にはヒリス男爵家の家紋を馬車に付けざるを得なかったからね」
到着して荷物を住居に入れたアインツとユスティが来るまでの状況を教えてくれる。
基本的に貴族が長距離の移動をする場合、馬車には防犯の意味でも家紋を付けない。
それは盗賊たちに自分たちの家格をさらす事になるからだ。
普段であれば、町に入る際に衛士に家章(家紋を書類にスタンプした簡易通行書)を見せるだけでいいのだけれど、今回はそうは行かなかったようだ。
「僕たちが三ヶ月前くらいに通った際にも雰囲気はよくはなかったけれど、そこまで大変なことになってたのか……」
「エルスティア様、よろしいでしょうか?」
ユスティの二つ隣(間はベル)に座っていたアリストン――アインツ達とは自己紹介済み――が口を開く。
「うん、なんだいアリストン?」
「隣領の状況が正直どう動くかが不透明ですので情報収集のため人を出したほうがよいと思います」
「たしかにそうだね。バインズ先生、人の手配をお願いしてもいいですか?」
「ああ、わかった」
どこであろうと情報というものは貴重かつ重要だ。
特にバルクス領は、人の往来がそこまで多くはないから情報が入りづらい。
積極的に情報収集のための網を張る必要がある。
「それと、不測の事態に備えて近隣に騎士団を配置したほうがよいかと」
「それってルーティント伯爵家と戦争になるってこと?」
「いえ、戦争するには大義名分がありませんので、今のところはその可能性はありません。
むしろ混乱に乗じた……」
「なるほど、流民か」
僕のつぶやきにアリストンは頷く。
反乱は壊滅によって防がれたように見えるが、第二第三の反乱が誘発する可能性がある。
僕が帰郷中に感じた空気は、最悪の場合、そこまでの事件になる可能性を含んでいた。
引き続き反乱が発生した場合、戦争から逃れようと領民達が他領に流出する可能性がある。
そのまま放っておけば、領内の治安への悪影響が懸念される。
そのために騎士団を配備しておいたほうがよい。ということだ。
「リスティ、すぐにでも動かせる騎士団はあるかい?」
「第三騎士団であれば、三日後に」
「よし、であれば第三騎士団を三日後に進発させる。
ただしルーティント伯爵家への刺激にならないように『カモイの町』近くにある仮駐屯所までとする。
それより東部への進行は命令があるまで禁止とする」
「了解しました。すぐにでも準備を始めます」
そう言うとリスティは一筆したため、扉の外に立っていた見習い騎士に渡す。
「さてと、問題は実際に流民が発生した場合、どう対処するかだね。
対応としては、受け入れるか追い返すかのどっちかかな」
「え? エル様、追い返すのですか?」
僕の口から追い返すという選択肢が出てくると思っていなかったのだろう。
ベルが驚いたように口に出す。
「ベル、僕がまず考えるのはバルクス伯の領民が第一だからね。
場合によっては非情な決断も必要だから選択肢としては外せないんだよ」
「……確かにそうでした。ごめんなさい変なことを聞いてしまって……」
ベルは僕が言わんとしたことがわかったのだろう。素直に頭を下げてくる。
「いや、そんなことないよ。
皆には僕が暴走しないように止めてもらわないといけないからね。
疑問に思ったことがあればどんどん言ってほしいから」
この伯領内で限定すれば僕が暴走することを権力で止めることが出来る人はいない。
せいぜい、前領主の父さんか前領主夫人の母さんくらいだ。
だから皆には僕の耳が痛くなるとしても暴走を止めてもらえたほうが良い。
そのためには普段から
「実際問題、敵国ならまだしも同王国内の領民だから
やるとしたら制限付きの受け入れかな?」
「制限付き……ですか。エル様?」
前世の僕は海に囲まれた島国で育ったから、幸運にも難民という物とはほぼ無縁であった。
ただ陸続きの国々はそうはいかない。そして現地民と難民との間での衝突は国際的な問題の一つであった。
社会・宗教・言語・価値観の相違から来るギャップ、助けるものと助けられるものの立場の差。
それらはちょっとした事で大きな溝になる。
なので完全に受け入れるというのはリスクが高いといえるだろう。
「うん、受け入れはあくまでもルーティント伯領の混乱の間だけ、かつ最長でも二年間とする。
住居についても『カモイの町』限定とし移動にも制限をつける。
ってところでどうかなアリストン?」
「はい、問題ないかと。後は入領の際に姓名と元住所、家族構成といった情報を提出したもののみとしたほうがよろしいのでは?」
「……なるほどね。どさくさに紛れた間諜対策か」
「はい、お聞きしたところルーティント伯爵公子とエルスティア様には少なからぬ因縁があるとの事でしたので」
レイーネの森の事があるからルーティント伯爵との関わり方には気をつける必要がある。
そのあたりについては、アリストンにとりあえずお任せしておこう。
「了解。それではその可能性を考慮して対応を進めてもらっても良いかな。
ある程度の細かい部分についてはアリストンの判断に一任するから、後でも報告を上げてほしい」
「わかりました。エルスティア様」
「いっぱいアリストンに任せることになって悪いね。
ある程度の部分についてはベイカーさんと相談して上手い具合に他の執務官にも振るようにしてね」
「はい、でも今はいろいろ覚えながらやっていくのが楽しいので大丈夫です。
お気使いありがとうございます」
アリストンは笑う。うん、その笑顔は普段とは違い年相応の少女の笑顔。
「うん、普段のキリッとしたアリストンもいいけれど。こっちの年相応の笑顔のほうがいいね」
不意に僕の口からポロリと漏れた言葉。それを聞いたアリストンは……瞬く間に顔を真っ赤にさせる。
「ご、ご、ご、ご冗談を! そ、それでは各執務官とのすりあわせがありますので失礼させていただきます!」
そう言ってアリストンは勢いよく立ち上がると部屋を飛び出していく。
残されたのは状況が理解できない僕と……
「さっすがエル。天然だな……」
「エル君は天然だねぇ」
「エル様のある意味必殺技ですよね」
「これを惜しげもなくやるエルの恐ろしさですね」
散々なことをつぶやく四人の友だった。
――――
実際にルーティント伯の内乱が激化したのは翌年のことになる。
そして予想通りバルクス伯には大量の流民が流れ込んでくることになるが、事前の準備により混乱は最小限となる……はずだった。
そのさらに翌年、王国歴三百九年に発生したとある事件によりバルクス伯とルーティント伯は激動の年となる。
だが、今のエルたちには予想できるはずも無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます