第118話 ■「執務官 面談1」

 六月に入った頃、執務官と教師として応募を掛けていた件について希望者が集まった。


 事前に母さんの審査を通った二十名程の面談が始まった。

 今まで知らなかったけれど家には母さんに仕える諜報員用のメイドがさらに三名いた。

 その三人による徹底した調査も実施済みだ。


 僕自身、前世は人事部じゃなかったから面談ってどうやればいいのか完全に手探り状態。

 騎士団の団長として部下を採用していたバインズ先生に力を借りる事にした。

 面接官としては僕、バインズ先生、ベイカーさん、父さんの執事だったドルテさん、そして友情出演のベルだ。


 ドルテさんについては、引き続き父さんの身の回りの世話役だ。

 人を見る目は確かという父さんの太鼓判の元、面接に参加してもらっている。


 ベルについては……まぁ、僕の疲れた時の話し相手だね。


 ――――


「それでは、失礼します。」


 希望者の一人が頭を下げ退出する。

 扉が閉まった所で僕は大きくため息を吐く。

 

「ふぃ~、これで後一人か」


 これまで二十数名との面談中、伯爵としての威厳オーラを出し続けていたから心身ともにへとへとになっていた。

 そんな僕をみて、ベルは僕にお茶を入れてくれる。はぁ、体に染み渡るぅ。


「それで、エルは気に入った奴はいたのか?」


 バインズ先生が僕に聞いてくる。


「正直な所、全員が同じに見えてしょうがないです」


 大概の人が質問に対して模範解答が返ってくる。

 自分も就職活動の時は面接のノウハウ本をあほみたいに読み込んだよなぁと思い出す。


 けれど自由回答。例えば『バルクス伯を富ませるために貴方であればどうしますか?』という質問に対して具体的な方針が誰からも出てこないのは悲しいね。

 そこまでこの伯領って魅力的な物が無いのだろうか……


 地域PRするための材料がない市長や村長の気持ちってこんなだったのだろうか。

 いっその事、ゆるキャラでも…………


「ハハハ。ま、こういった場合には、何気なく出てしまう所作で判断するからな。

 話している内容なんて二の次……というか同じような事しか言わんからな。

 お前にはまだ難しかったか」


 バインズ先生が笑いながら言う言葉にベイカーさんとドルテさんも微笑みながら頷く。

 ここら辺は、結局経験なのかもしれない。


「それじゃ最後の一人。頑張っていくか」


 バインズ先生の言葉でもう一度、威厳オーラを纏うために集中する。

 えっと、次は、『アリストン・ローデン』か…………ん? アリストン? どこかで聞いた記憶が?


「失礼します」


 その言葉と共に一人の……僕と同い年くらいの少女が入室してくる。

 白に近い銀髪を腰まで伸ばした美少女。

 今までもベルやリスティ、ユスティやメイリアといった美人と普通に接してきていたけれど、いままでの美人とは別の……いわゆる凜とした美女。というのだろうか。

 年齢に不相応な出来る女といった感じだ。


 その容姿に少しだけ僕は呆けてしまう。

 会ったことがない、いや、でも何かが引っかかる……


 それはバインズ先生も同じだったようで頭の中の引き出しを開けている真っ最中のようだ。

 そんな僕とバインズ先生の様子に……彼女は微笑む。


「お久しぶりです。バインズ・ルード様、エルスティア・様」


 メルと言う自分の名前が僕の名前として使われたことにベルが驚いているのが雰囲気で分かる。


 彼女は自身の銀髪を後ろ手にまとめる。前から見るとその姿は短髪のように見える。

 その容姿とたった一度のみ使われた僕の偽名で過去の記憶がようやく紐づく。


「君は、アインズの丘に向かう時に襲われていた商人の子供?」

「はい、その節はご助力いただき有難うございました。エルスティア様」


 そう、それは僕やベル、バインズ先生、そして……クリスと最後に遠出したあの日。

 ゴブリンの集団に襲われた商人を助けた事があった。僕にとっては初めての実戦だった。

 その時助けた商人――たしかピスト・ローデンという名だったか――の子供。その子だった。


「それにしても……見違えたな。まさか女性だったとは」


 僕の聞きようによっては失礼な呟きに彼女は微笑む。


「旅をする際には女子供は危険が多いですから。男装していたんです。

 エルスティア様もだませていたのであれば大成功ですね」


 この世界は旅には危険が伴う。

 バルクス伯は魔物が主ではあるけれどそれ以外であれば盗賊が脅威となる。


 盗賊にとっては女子供は売り物もしくは自分達の奴隷と見なすことが多い。

 それを出来るだけ避けるために男装していたのだ。


「そっか……でもそうすると君も僕と同い年くらいだったよね?」

「はい、今年で十五となります。

 ですが官吏学校を卒業済みですから、募集要項からは外れていないはずですが?」


 年齢ではじかれると思ったのだろう、官吏学校を卒業したことを説明してくる。


 官吏学校はかなり狭き門であることで有名だ。

 僕達が通った王立学校と異なり八歳から十五歳になるまで官吏になるために必要な知識を叩き込まれる。

 その厳しさゆえに中退する者が圧倒的に多く、卒業できるのは全体の三割程度と言われる。

 つまり官吏学校を卒業したという事はスキルについては申し分ないと言えるだろう。


 けれど僕がこの時、気にしていたのは別の事だった。

 同い年という事はもしかしたら、この子がギフト持ちなのでは?という事だ。


 今まで僕の中では三番目のギフト持ちの第一候補はクリスだった。

 だが、今こうして『アリストン・ローデン』と再会し、彼女が官吏学校を卒業したという事はまつりごとに精通したという点で最有力になる。


 もしそうならば、今日のこの出会いは運命ともいえるだろう。


 うん、とりあえず面談を始める事にしよう


「それではアリストンさん。あなたは何故バルクス伯の執務官になりたいのですか?」


 僕はそう切り出す。

 その問いに、彼女――アリストン――は微笑み、口を開く。


「私の母親がかつて、ある貴族によって殺されたからです」


 ――と。

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