第116話 ■「継承」

「見えた。久しぶりの……エルスリードだ」


 四月十日、僕は七年ぶりに故郷エルスリードに戻ってきた。

 

 風景は七年前からあまり変わらない……うん、記憶そのままだ。

 それは我が家……バルクス家も同じ。

 

 玄関前の掃除をしていたメイドが、僕達の馬車に気付き家へと戻っていく。

 玄関にたどり着いた僕達を迎えたのは三人、その顔は……あの頃から少しだけ老けただろうか?

 

「エルスティア様……お久しぶりです。よくお戻りいただきました」

「うん、久しぶりですドルテさん。ミーザとクレアも元気だった?」


 それは父さん付きの執事、そして子供の頃から家に仕えてくれたメイドの二人。


「はい、エルスティアお坊ちゃま。大きくなられて……」


 ミーザは懐かしいものを見るかのように目にうっすら涙を浮かべながら僕に笑いかける。


「僕ももう十五だからね。そりゃ背も伸びるさ。……それで、父さんの容体は?」

「こちらに……皆も一緒に……」


 ドルテさんが、先に立って僕を案内する。

 ベルとバインズ先生、メイリアも僕に付いてやってくる。

 

 着いた先は、父さん達の寝室。

 ドルテさんが扉をノックすると中から声が――父さんの声が聞こえる。

 その事に父さんの無事を確認できホッとする。


 扉が開く……その先には……


「エル、久しぶりだな。息災か?」


 とても元気そうな父が、机に座り報告書を読みながらこちらに声を掛けてくる。

 その横には母さんもいる。


「あれ?父さん、怪我をしたって……」

「あぁ、南方の村に魔物が発生してな。

 魔物から子供を守ろうとして右腕を負傷した。

 結果、右手が以前の様には動かないが日常生活は問題ない。

 

 それと安心しろ。その子供は無事保護できた」

 

 と返してくる。

 えぇ~業務に支障が出るから帰って来いって言われたんですけどぉ。

 最後に子供の安否を報告してくるのが父さんらしいと言えばらしいか。


「ってお父さんは言っているけれど、長時間の執務はやっぱり難しいのよ。

 私が代筆をやっている有様だし。

 そもそも今後は戦闘にでる事自体が無理なのだから……」


 母さんは少し困り気味に言う。それに父さんは苦笑いする。


「エルが卒業するまでの間であれば何とか……という思いもあったんだがな。

 やはりシュタリア家は魔物征伐に先陣を切ってなんぼだ。

 それが出来ない以上、当主に居続ける事は難しい。

 だから母さんと話し合って、エル、お前に伯爵称号を継承する事に決めた」


 父さんは何時ものように言葉少なめ……けれどその言葉には無念がにじむ。

 バルクス伯領を領民にとって住みやすいところに……その思いで誰よりも頑張っていたのは父さんである事は疑いようは無い。


 けれどシュタリア家は、常に最前線に立つことを善しとする家風だ。

 それが出来ない以上、後継がいるのであれば譲るべきという考えなのだ。


 志半こころざしなかばで息子に譲る。それがどれだけ辛い事かは想像に難くない。

 だからこそ……


「任せてください。父さん。

 至らないところはあると思いますが、領民の……領民の幸せのために僕にできる事をやります」


 そう父さんに誓う。

 その僕の誓いに……なぜか母さんはクスクス笑う。


「本当に二人とも大げさね。

 エル、伯爵号は貴方が継ぐけれど父さんはご覧の通り元気なんだから。

 こんな年で隠居なんかしたらボケちゃうわ。

 相談役としてどんどんこき使えばいいのよ」

「エリザベート……こき使えって……」


 父さんが異を唱えるが、母さんは華麗に無視をする。


「エル、貴方がやりたい事、やろうとしている事は、父さん……いいえ、バルクス家の歴代当主の中でも恐らく先を進んでいる。


 けれど貴方に足りない物がある。それは『経験』。

 当たり前よね、まだ十五歳なんだから。

 だから私や父さん、バインズがその足りない部分を補うわ。

 

 そしてベル達、新世代の仲間がさらに貴方を支える。

 若さは可能性よ。その可能性を大事に……貴方の思うがままの事をやりなさい」


 母さんは微笑む。

 ……本当にこの人は何者なんだか……けど、その言葉は勇気をくれる。


「ありがとう。父さん、母さん……

 エルスティア・バルクス・シュタリア、非才ながらも伯爵号を継承させていただきます」

 

 僕は二人にかしづく。

 それに二人は微笑む。


「さ・て・と、難しい話はここまで。

 ガイエスブルクに行っている間のお話をいっぱい聞かせて頂戴な」

「そうだな。エル、聞くところによると『アストロフォン殺し』と呼ばれていたらしいな。

 詳しい話を聞かせてくれ」


 この空気を変えようと二人は口調を崩す。


「えっと、その名前はあまり好きじゃ……」

「ははは、なんでだ。いい名前じゃないか」


 僕が嫌な顔をするのを見て父さんは笑い出す。

 絶対理由知っているよな。


 そんな中、母さんは一緒についてきたベルとメイリアの傍に向かう。


「ベル、いままでエルと一緒にいてくれてありがとうね。

 これからもエルの事をよろしくお願いするわ」

「い、いえ! エリザベート様。貴重な経験を積ませていただき有難うございます!」

「もうベル。よそよそしいわよ。あなたは私たちにとっては家族と同然なのだから」

「家族……あの、そう言ってもらえるなんて、とても嬉しいです」


 そう言うベルを母さんは優しく抱きしめる。

 その格好のまま、メイリアに顔を向ける。


「えっと、たしかあなたはメイリアちゃんだったかしら?」

「はい、メイリア・ベルクフォードと申します。

 エル様の家臣として頑張りますのでよろしくお願いします」

「あら、可愛い」


 そう言うと、メイリアもベルとまとめて抱きしめる。

 

 うちの家系はスキンシップが多めだと改めて思う。

 仮にも伯爵夫人なんですけどね……


「うんうん、こんなかわいい子を連れてくるなんて。

 エルもなかなか隅に置けないわね」


 こらこら、そこ変なこと言わない。


「おい、レインフォード、エリザベート。俺は無視か?」


 その中で若干ほったらかしになっていたバインズ先生が口を開く。

 

「あら? バインズ、いたのね。お役目ご苦労様」

「この女だけは……」


 ……うん、男には厳しいらしい。


 こうして僕達はあの頃のままの――八歳まで過ごした場所に戻ってくる。

 それは僕にとっては心地よい……そう、帰るべきところに帰ってきたと思える場所。

 

 あの頃と違うのはこれからどんどん友達がやってくるという事――

 これからのバルクス伯を一緒に支えてくれる仲間がやってくるという事――

 そう、今日をもって新しい未来が始まるのだから――


 ――――


 王国歴三百七年五月一日、エルスティア・バルクス・シュタリアが伯爵号を継承したことが発令される。

 

 それは公爵・侯爵といった『バルクス伯爵』が特別であることを知る者以外にとっては特段話題にもならない事。


 だが歴史はこの日、確かに動き出したのである。

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