第104話 ■「初めての冒険3」

 そこにあるは人間の背丈を優に超える二・三メートルもある巨体


 肌は人とは異なり、肌色にやや薄緑色を混ぜたような色。

 その手に持つは一振りで人など潰せそうなほどに大きなこん棒。

 

 レイーネの際にも何体か見かけたことがある姿――トロールである。

 

 それらは恐らく食料を求めてか徘徊はいかいしている。

 その四体の中でも先頭を行くものはより体格がいい。集団のボスであろうか?

 

「エル、ボスらしき奴と後ろの一体を頼む」

「わかりました」


 バインズ先生が物陰に隠れながら僕に指示をする。

 僕が唱えるのは雷光の鎌ライトイング・サイスをさらに高速化したライトニング・サイス改。

 速度を増したことでさらに切れ味が良くなっているがその分燃費が悪い。

 ま、僕の魔法量であれば誤差の範囲ではあるんだけれどね。

 

 これの長所は隠密性からの奇襲が容易である事。

 上手くやれば四体とも倒せるかもしれないけれど、それだと皆の訓練にならない。

 なのでボスらしき奴ともう一体だけを倒して頭を潰すことで連携できなくするのが僕の仕事だ。


 二つ作り出した雷光の刃は瞬く間に敵に迫る。

 トロールがそれに気付いた時には、先頭を歩く仲間の首が二つ大きく飛んでいく後であった。


「よしっ、アインツ・レッド俺についてこい!」


 その掛け声とともにバインズ先生は駆ける、『疾風バインズ』の二つ名にふさわしい速度で。

 アインツとレッドもそれに続く。


 そこからはタフな戦いが続くことになる。


 当初、仲間の二体を殺された事に動揺したのかトロールの動きは鈍く、次々と体に切り傷を増やしていった。

 だけれど、どれも致命傷まではいくことは無い。

 

 動揺も落ち着いた頃にはトロールも知恵が利く、お互いに背中合わせとなり死角を無くす形で三人に攻撃を繰り返す。

 その動作自体は遅いが巨体から繰り出される大きなこん棒は重い。

 

 最初にそれを往なそうとしたレッドの剣はその衝撃で折れ曲がる。

 咄嗟の判断ですぐさま手から放したおかげで軽く肩を脱臼するだけで済んでいた。(すぐに僕が治療したけどね)

 放さなければ肩の骨まで折れていたかもしれない。

 

 それでもすぐに戦線復帰して笑みを浮かべながらトロールと戦い続けるレッドもすごいけどね。

 戦闘が大きく動いたのは、ユスティが放った矢の一本がトロールの右目を貫いた事だった。

 

 それは二体で死角を無くすように行動していたトロールたちに致命的な死角を生み出すことになる。


「これで! どうだ!」


 ユスティのおかげで出来た好機をいち早く察知した兄アインツは、片目を失ったトロールの死角を利用してトロールの懐深くに侵入すると脇腹に剣を深く突き刺す。

 そして、体内に侵入した刃に魔法で炎を纏わせる。アインツと僕で考案した魔法剣だ。

 

 炎はトロールの肉を瞬く間に焼く。周辺に肉の焦げた臭いが充満する。

 ……あれ?少し美味しそうな匂い。


「ぐがぁぁぁああああ」


 いままで感じた事も無いだろう痛みにトロールは耳をつんざくような絶叫を上げる。


「んじゃ、もう一発!」


 アインツはとどめを刺そうと次はライトニングボルトを刃に纏わす。

 圧倒的な電流はトロールの神経と筋肉を伝い、内臓に深刻なダメージを与える。

 それに声も発する事もなくトロールは崩れ落ちる。

 

 これで形勢は決定的となる。

 残った一体も必死に抵抗するが三人の剣により少しずつ刀傷を増やしていく。

 それは徐々に致命傷となるほどの大きさで……最後のトロールがたおれたのは、それから三分後のことだった。

 

――――


「アストロフォンとまではいかないけど。やっぱりトロールクラスになるとつえーな」


 戦闘を終えたアインツはさすがに疲れたのか、その場にへたり込む。

 レッドは、これだけ長期戦の体験も初めてだろう。膝をついたまま喋る事も出来ない。


「まぁ、十一やそこらでトロール二体と互角以上で戦えるんだ。十分だよ」


 一方、息も切らさずにバインズ先生はアインツとレッドに声を掛ける。

 ……本当に怪我で引退した人だよね?このひと?


「エル君! あれが依頼の……エスト草だっけ? じゃない?」


 使った矢を回収していたユスティが大声で僕に叫ぶ。うん、ルスト草ね。

 ユスティが指さす方向には、小さい、けれど色鮮やかな赤色の花が見える。

 確かに生えている場所はルスト草が好むという乾燥した土の上だ。

 むしろそれ以外の草は全て枯れ果てている。


「うん、そうみたいだ。これで依頼品は確保だね」


 僕は花に近づくと慎重に根っこを含めてすべてを引き抜く。

 ファウント公爵の話によるとこの根っこも重要らしいからね。


「うっし、依頼は達成だな……んで、どうするよ?

 今日はこのままキャンプ地に戻るとして、明日一日空くことになるぜ」


 アインツに聞かれて、確かにと悩む。


「ま、ルスト草もそれなりに持って帰れば何かに使えるだろ。

 明日も予定通り北側の調査とついでに実戦訓練だ」

 

 疲れ切っていたレッドに水筒を渡しながらバインズ先生が言う。


「ま、それもそっか。それじゃ今日はキャンプ地に戻りますか!」


 アインツは笑いながら僕達に言うと、キャンプ地に向かって歩き出す。


 翌日も予定通りに北部で幾つかのルスト草を採取しながら戦闘訓練をした僕達は、その後二日かけて王都に戻る。

 戻ってきた僕達を迎えたファウント公爵の使いにルスト草を渡して依頼完了となった。


 それから三か月後、ベルカリア連邦との戦闘を行う第五騎士団の中に第三王子イグルスの姿があった。

 それは王国歴三百三年十一月十五日の事であった。


 ――――

 

 ■王国歴三百六年六月十日 エスカリア王国イグルス第三王子、ベルカリア連邦との戦争中に何者かによる暗殺未遂が発生

  使用された毒は王国歴年に見つかったばかりの猛毒で治療方法も無くイグルス王子の身体に深刻なダメージを与え意識不明の重体となる。


 ■王国歴三百六年八月二日 ファウント公爵から犯人がベルティリア第二王子派のマインズ子爵と発表

  それに対しウォーレン公爵が真っ向から否定。水面下での抗争であった第二王子派と第三王子派の対立が表面化

  後にマインズ子爵家の犯行である決定的な証拠が発見され、マインズ子爵家は粛清される。

  だが、マインズ子爵は最期まで自分ではないと訴えていたと言われる。

  

 ■王国歴三百十一年二月二十一日 長年意識不明状態であったイグルス第二王子死去。

  それにより第三王子派のファウント公爵を含めた多くの貴族は次女エリザベートを擁立。

  それに反発した他勢力によりエスカリア王国は分裂する事になる。


 ……そう、それは本来の歴史。

 エルの登場により戦争が早まったことで、第三王子が発見されたばかりの毒に斃れることが回避された歴史。

 今はもう起こる事の無い誰も……いや神以外が知る事のない歴史。

 この歴史改変は人類滅亡の歴史に気付かぬうちに大きな波紋となっていく。

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