第103話 ■「初めての冒険2」

 ――翌日――


 起床した僕達は携帯食(乾パン……もとい乾フルクスと湯で溶かせるスープだ)を朝食として食べた後、キャンプ地を残したまま捜索の準備をする。


 僕達を連れてきてくれた馬車は、この場に残すのは危険だから一日弱戻った所にある村に引き返してもらっている。

 その往復を見越して調査は二日取っているわけだ。


 つまりこれから何かあったところで馬車が戻ってくるまで僕達は帰る事は出来ない。

 (徒歩という手段はあるけれど、危険性を考えるとまずあり得ない)

 推理小説であれば、クローズド・サークルって奴かな。いや事件は起きないけどね。

 

 バディア渓谷を南北で分けて一日目は南、二日目は北を調査する事とし、半日捜索して見つからなければ、このキャンプ地に戻ってくることになる。


 冒険においては太陽というのは重要な意味を持つ。

 太陽が沈むギリギリまで捜索するのは夜間に移動する事になり、夜目が利く魔物を相手にする場合にはあまりにも危険な行動と言える。

 なので半日と制限を切り夜間はキャンプ地で魔物に備えるというのがセオリーだ。

 

 僕達はレイーネの森で夜間戦闘の大変さを嫌というほど思い知っている。

 バインズ先生のその方針に異議を唱える者は一人もいなかった。

 

「よし、それじゃ昨日決めた陣形で捜索を始めるぞ。今日は南方を調査する。

 ルスト草を発見次第、キャンプ地に帰還する」

「「はい!」」


 バインズ先生の言葉と共に僕達は出発する。

 

―― 二時間後 ――


「いやぁエル君。それにしてもここは低級魔物の見本市みたいだね」


 先ほどまでの戦闘で使用した矢を回収しながらユスティは僕に言ってくる。

 ちなみにユスティは僕の告白以降は君付けで呼んでくるようになっていた。

 様付けよりフランクっぽい感じがするからこっちの方が断然いい。


 矢というのは消耗品だ。戦闘が続けばあっという間に尽きてしまう。

 なので戦闘終了後、出来るだけ無事な矢は回収する事になる。

 

 それは魔物に刺さった矢も例外ではない、なので弓を使う人は自然と肉に刺さった矢を抜くことが上手くなっていく。

 今もゴブリンの頭に刺さった矢を上手に抜いていく、そこには既に自分が殺した事に対する動揺は無い。

 まさに『慣れていくのね。自分でもわかる』状態だ。

 

 ユスティも魔法量については、この一年半の鍛錬で一般を大きく上回るまでになっている。

 そして彼女の適正に合わせてウォーターアローやファイアーアローといった遠距離狙撃系の魔法をメインに習得してもらった。

 これにより矢が尽きてもある程度の戦闘継続は可能となっている。

 

 今もゴブリン十一、オーク六との戦闘であったが、弓七・魔法三程度の配分で戦っていた。


 今回の冒険はみんなの実戦経験を積んでもらう事も目的だ。


 だから僕とバインズ先生については極力手を出さずに三人に倒してもらっている。

 ……僕の場合、制圧系の魔法が得意だから狭い渓谷に向いていないってのもあるんだけどね。


 これまでも六度ほどの魔物との遭遇はあったものの事前にサーチャーによる索敵が済んでいたのでそこまで苦労はしていない。


「それにしてもなかなか目的の物が見つかりませんね。エル様」


 刀身についた血や体液を綺麗にふき取りながらレッドが僕に聞いてくる。


「元々、多く自生するタイプの草じゃないらしいからね。ここは正直運次第だよ」


 そう答えながら僕は、サーチャーによる索敵を試行する。


 とそこには今までとは異質の反応が四つ。

 サーチャーはある程度の魔物の大きさも把握できる。その四つの反応は今までの魔物から二回り大きい。


「先生、前方に反応四。ただ今までとは違って二回りほど大きな反応です」

「とするとトロールかオーガあたりか? さすがに三人じゃ厳しいな」


 トロールもオーガも下級魔物に分類されているがそれでも上位の魔物になる。

 推奨では二個分隊(二十名)で挑むのが良しと言われる。


 ただこれは魔法師がいない一般兵での指標になるので魔法が使える僕達であれば一・二体であれば余裕と言える。

 ただ流石に四体同時にとなると三人では厳しい。


 その反応以外に周辺に反応が無く相手からも視認できる距離では無かったので危険性は低い。

 僕達は円になって作戦会議を始める。


「まずはエル。お前の魔法で何体かを戦闘不能にする。できれば二体はつぶしておきたい。

 そこからはフロント三人をメインにする。

 ユスティは後方からの支援、エルは治癒魔法をメインに補助。


 敵がトロールもしくはオーガの場合、一番の危険性は奴らのタフネスだ。

 筋肉の塊だから剣もなかなか通らない。長期戦になるだろうから気を抜くな」


 バインズ先生から大まかな対応方針が決められる。


「先生、治癒魔法を使用するのは理解できましたが僕が攻撃に参加しなくても大丈夫ですか?」

「さっき言ったように奴らとの戦いは長期戦になる。それに伴って乱戦になる事も多いんだ。

 誤射による同士討ちは避けたい。ただエルの場合はバインド系の魔法があるだろ? それで足止めを頼む。

 こちらも誤射を防ぐためにチェーンバインドのみにしてくれ、仲間をバインドしても直に解放できるからな」

「了解です」


「バインズ先生、そう言った意味では私の弓も誤射の恐れがあるのでは?」

「ユスティは無理して当てる必要はない、もし俺たちの死角に入りそうな奴がいたらけん制するだけでかまわん。

 矢であれば魔法と違って風切音がするから分かりやすいからな」

「なるほど、了解です」


「さて、ひとつ確認しておくぞ。

 今回の俺たちの目的は魔物討伐ではない、目的品の捜索だ。

 少しでもこちらの分が悪いと判断したら即撤退する。

 その場合、不服は一切受け付けない。

 これは部隊長命令だ。いいな?」

「はい、もちろんです。そういった冷静な判断をしてくれると思ったからバインズ先生に指揮をお願いしたわけですから」


 バインズ先生に僕が言った言葉に皆頷く。それにバインズ先生は嬉しそうに笑う。

 

 さて、本日最大級の魔物討伐に向かうとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る