第95話 ■「エルスティアの告白1」

「エル様、本日の戦術教導、一つ賭けをしませんか?」


 四月のある日、戦術教導の対戦前にリスティからそんな提案があった。

 リスティが賭けとか言ってくるなんて珍しい、いや初めての事だ。


 ちなみに戦術教導の僕の今の目標は『リスティからまず一勝』だ。

 ……つまりは無勝って事だ、まず勝ち目はないだろう。

 だからと言って引くのは男がすたるってもんだ!


「うん、いいよ。それで賭けるものは何?」

「はい、勝者の質問に正直に答える。はどうでしょうか?」

「え? それでいいの?」

「はい、問題ありません」


 なんだか変わった賭け物だ。

 この勝負は十中八九、リスティが勝つだろう。

 つまり彼女が今一番僕に求めているのが、賭けになった質問なのだろう。


「うーん、何だろう? 好きな食べ物とか? もしかして好きな子……

 いやー、言うの恥ずかしいなぁ」

「好きな子! ……それも少し興味ありますけどまったく違います」


 ふむ、ちょっと探りを入れたけれどどうやらもっと真剣な内容っぽいな。


「うん、いいよ」


 僕は合意する。うっすらと何を聞こうとしているかは分かるけどね……


「はい、それではお願いします」


 そうして僕たちは対戦を始める。


 ――五十分後――


 ……うん、見たら分かる。これめちゃくちゃ押されているってやつやん


 序盤は僕が押していたが、中盤以降は神出鬼没に攻撃を受けては退かれるを繰り返されて徐々に手駒の兵力は削られていく。


 まだ戦えているのは序盤のこちらの予想以上の攻勢で僕が逆に慎重になったおかげといえる。けれど正直ジリ貧だ。


「シュタリア第六軍、包囲殲滅せんめつにより壊滅」


 審判員の無慈悲な宣告の後、起死回生を狙った駒は戦場から取り除かれる。


「……負けました」

「シュタリア軍降伏。試合終了」


 うん、完全に詰んだ。とりあえず五十分もっただけ成果があった。


 今日のリスティの気合は何時もと全然違っていた。

 賭けに絶対に負けないという鬼気迫る意思が乗った采配だった。

 その気負いをうまく利用できれば……なんて序盤は思ったんだけどね。


 ――――


「二人ともお疲れさまでした。すごくいい試合でしたね。どうぞこれ」

「ありがとう、ベル」

「ありがとうございます、ベル」


 試合が終了して席に戻った僕とリスティにベルがタオルと飲み物を持って来てくれる。


 戦術教導は、座って対戦するから楽そうだけれど意外と体力を使う。

 何十分も頭をフル回転させているから試合が終わる頃にはヘトヘトになる。


「さてと、勝者のリスティの願いを聞くよ。質問したい事ってなに?」

「……あ、であれば私は席を外したほうがいいですかね?」


 僕とリスティの会話を聞いてベルはこの場を離れようとする。


「ベル、大丈夫。ベルにも関わる事だからここに居て」


 ……うん? ベルにも関係……も、もしかして『ベルと私どちらが好きなの!』 なんて昼ドラばりの修羅場が……そんな質問じゃないって言ってたか。


 ってことはやっぱりあれだろうな。


「私も……ですか……分かりました」


 ベルはそう言いながら、僕の横、リスティの斜め前に座る。


「……ベル、エル様の横に自然に座るなんて少し前なら考えられないですね」

「え……あっ!」


 ベルとは技術改革について日夜、打ち合わせている。

 文字や図を書くから対面だと難しいのでここ最近は隣同士で座る事が多い。


 それが、自然に出たのだろう。

 確かに伯爵公子と男爵公女の立場からすれば横に座るなんてなかったしね。


 けど、リスティも僕のベルに対しての見ようによっては優遇について、嫉妬のようなものは見えない。

 むしろ何かを確信したかの様な感じだ。


「エル様……質問です。『あなたはいったい何者なのですか?』」

「リスティ? それって……エル様が何者かって……」


 その質問を聞いた時、僕はやっぱりね。と思った。

 一番動揺していたのはベルだろう。


「……リスティ、ここは他の人が多い。家に帰ってからでいいかな?」

「はい、教えていただけるのであれば何処どこでも」

「うん、ただ話すとしても今後の事を考えるとアインツ達にも

 聞いておいてもらいたいんだけど。いいかな?」


 その僕の問いにリスティは少し考え込む。


「それは、今後のバルクス伯の家臣になる上で知っておいた方が良い事……

 という意味でしょうか?」

「うーん、全員が知っておく必要はないと思う。

 でも、僕のには知っておいてほしい」

「えっ、親友……ですか?」


 その僕のフレーズにリスティは驚く。

 彼女の中では伯爵家と男爵家で親友になるという発想はなかったのだろう。

 常識的に考えれば、主と家臣の関係だ。


 本来、アインツが僕を呼び捨てにしているなんて大問題になりかねない。

 実際、第三者がいる場所ではアインツも『エル様』と呼ぶくらいに。

 そんな見えない。けれど確固たる壁がその間にはあるのだから。


 それを僕が、伯爵公子があっさりと否定した。

 それに驚いたのだ。


 あぁ、そういえば皆の事を親友って呼んだのは今が初めてだったか。

 うん、とっても新鮮だ。


「だから、リスティ、皆を僕の家に呼んでおいてくれるかな」

「は、はい、わかりました」


 ……さて、ベルのように皆が僕を受け入れてくれるのか。

 今日がターニングポイントになりそうだ。

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