第94話 ■「流通改革の第一歩」

 四月になり僕達は四年生になった。


 三月に発令されたベルカリア連邦への宣戦布告により色めき立っていた

 王都も少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。


 とはいえ、やはり街に行くと出兵するらしい兵を見かけることがある。

 主に東部の貴族の領地から民兵を徴兵しているそうだ。


 バルクス伯爵領は南西の端っこだから対象にはなっていないけどね。

 そういえば、この世界に来て戦争ってのは初めての経験になるのか。


 日本も戦争とは無縁だったから実感が無いというのもある。

 もっと、殺伐とするもんだと思っていたけれど、意外とさばさばしている。


 エスカリア王国にとってベルカリア連邦が格下ってのがあるのかもしれない。


 話は変わって四年生になった僕の学校生活に一つ変化があった。


 僕とベルについて、魔法教導を免除されたのだ。

 どちらかというと教師がもう教えることが無いから……と断ったらしい。

 レイーネの事件でちょっとやりすぎてしまったからしょうがない。


 なのでその時間がぽっかり自習時間となってしまった。

 とはいえ、校内をプラプラされるのも体裁が悪いからか空き部屋だった一室を貸してもらえることになった。


 ということで、この時間を使ってある物を開発する事にした。

 一室に男女二人……いやまだ十一歳だからね。

 性的なことは期待されても困ります。


 この世界は今までの僕の暮らしからもわかるように高速移動手段は馬がせいぜいだ。


 バルクス伯爵領からガイエスブルクまで最短でも一か月半かかる事からも分かるように物品の輸送は長期保存が前提となる。

 つまり乾燥・燻製・塩漬けといった保存商品になる。


 正直、食事のレパートリーが限定されてしまう。

 やっぱり新鮮な食材に勝るものは無いからね。


 バルクス伯爵領からガイエスブルクまでもそうだけれど、バルクス伯爵領内だけでも流通に数週間かかる事がある。

 とりあえずバルクス伯爵領内だけでも鮮度が保つ事ができれば、保存できない食材の流通も出来るようになるから市場にならぶ食材にもっとバリエーションが出来るはずだ。


 ということで食材の鮮度の長期維持するための物を開発する事にしたのだ。

 鮮度の長期維持といえば、真っ先に浮かんできたのが冷蔵庫・冷凍庫だ。


 とはいえこの世界は電気なんてない。

 さらに言えば、鉄でできた機械部品なんて考え方もない。


 さっそく頓挫だ。


 幾つかの本によると『アンモニア吸収冷凍機』や『蒸気圧縮冷凍機』なんて技術もあったが、これらも機械部品がネックになる。


 ベルであれば時間をかければ作る事は出来るかもしれないけれど、開発者以外作れないは、流通という点でダメになる。


 回り道になったとしてもこの部分については基幹技術の確立が必須だ。


 それ以外を考えていた時、ふと祖母の家の蔵にあったある物を思い出した。

 祖母と言っても前世の記憶だけれどね。


 祖母の家はかつては裕福だったらしく蔵には珍しい物がいっぱいあり、その中に『冷蔵箱』という物があった。


 それは一人暮らし用の冷蔵庫位の大きさだろうか?

 上部に氷を入れることで下部の食材を冷蔵するのだ。


 電気式と区別するため『氷式冷蔵庫』とも呼ばれていたらしい。

 これならば、複雑な機械は必要ない(断熱は検討が必要だけど)


 ただ、ここで大きな問題が発生した。


『氷』だ。


 この国は冬であっても最低気温が十℃ほどと比較的温暖である。

 つまり、ほとんどの人が自然現象でも『氷』を見た事が無いのだ。

 雪でも降ろうものならば、初めて雪を見た東南アジアに住んでいる人のようになる。


 なので僕がラズリアとの魔法教練で使用した『アイスボール』も殆どの人には理解できていなかった。


 ベルも本に載っている写真で氷は見ていたけれど実物を見たのはあの時が初めてだったらしい。


 つまり、冬季に自然に出来た氷を氷室ひむろに保管して夏場に使用……なんていう平安時代や江戸時代に行われていた方式が使えないという事だ。


 ただ日本と違う点があるのがこの世界だ。


 そう、魔法だ。


 ただ、魔法というのは認識の産物ともいえる。

 水が零度以下になると氷になるという認識がないから、たとえ僕が氷を作れる魔法陣を作っても果たしてうまくいくのか?が不安であった。


 ただ、それはどうやら杞憂きゆうに終わったようだ。

 アイスボールも氷も見た事が無いファンナさんやアリシャ、リリィでも魔法陣が問題なく起動したからだ。


 まぁ、実際に出現した氷にものすごく驚いていたけれどね。


 そこで一つの仮説を立ててみた。


 魔法の認識の基礎となる部分については、どこかに集積されていて

 それを全人類――いやもしかしたら亜人や魔物もかもしれない――

 の共通認識としているのではないか?


 つまり、全人類の中で一人、今回の場合は僕になるけれど『氷』の認識が生成されれば無意識のうちにその集積場に蓄積されそれ以降は誰でも認識できるものになる。


 ただ、それはあくまでも共通の……フワッとした認識でそれに対しての明確な認識については、個人個人で持っているという説だ。


 たとえば、ウォーターボールについては僕やベルなどはすでに共通認識とは異なる認識を持っているけれど、バインズ先生のように認識が完全に固定されていると使えない。


 というのも根拠になる。


 本当にそんなことが出来るのか? と聞かれると……

 さぁ、としか言えないんだけどね。


 だけど神様が実際にいるこの世界では何でもありの様な気がしている。

 だって、認識なんて人の数だけ無限に存在している。

 それを管理するなんて、まさに神が如き御業みわざだ。


 研究テーマにしたい所ではあるけれど……うーん、どちらかというと今は科学技術の発展が急務なんだよね。

 いずれ落ち着いた時にでもゆっくり考えてみよう。


 ってことで、氷自体は誰でも作り出せることは分かった。


 後はどれだけ食材の鮮度を保てるか?を今は実験中だ。


 冷蔵箱については木材メインで木と木の間におがくずを詰めて断熱性を高めてはみたけれど、はてさてどうなる事やら。


 魔法で生み出した氷は僕のイメージからは溶け方が少しゆっくりなような気がする。

 これであれば輸送中の氷生成の回数が減らせるので負担も少なそうだ。


「エル様、この実験である程度の見通しがついたらどうされるのですか?」

「うん、もう一台作ってみて父さん達の所に送ろうかと思うんだ。

 実際に父さん達に使ってもらって使い勝手を確認してもらおうかと」

「いわゆる、試用期間というやつですか?」

「うん、そうだね」


 使い勝手に問題が無いようであれば量産してとりあえずバルクス伯爵領内の流通に使ってもらいたい所だね。


 さて、どうなるだろうか?

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