第82話 ■「伯爵の顔」

 入学するためにエルスリードを旅立ち、ガイエスブルクに到着した後、荷物の中に、母さんからの手紙が入っていることに気付いた。


 その中身はある意味、僕にとっては衝撃的だった。

 まずは僕に近づいてくる人物については身辺調査を徹底する事。

 そのためにフレカ、アーシャ、ミスティの三人のメイドを付けた事。

 表向きはメイドだが、身辺調査の為の諜報活動のスペシャリストである事。


 正直、母さんも大げさだな。と思ったけれど実際に調査をしてもらうと様々な思惑が出るわ出るわ。でちょっと人間不信になりかけた。

 その中の一人がメイリア……と言うよりかはメイリアの両親だったわけだ。


 実際調査を続けてもメイリア自身の周辺は定期的なラズリアへの報告のみ。

 それに比べると両親の浪費の激しさはあまりに対照的だった。

 ラズリアへの報告も三人にとっては中身を確認するのは造作もない事の様でその内容は毎回同じだった。(符号や隠し文字も疑ったそうだけどね。)


 だから僕は待ったのだ。彼女から告白してくれることを。

 もし告白無く卒業を迎えても寂しさはあっても問題ないという思いだった。

 けれどこうして彼女は告白したのだ……


 ――


 俯くメイリア。

 顔は見えないけれど、時々零れ落ちる水滴は涙だろう。

 いま、僕の問いかけに必死に答えを出そうとしてくれている。


 うーん、少し強引に聞きすぎたかもしれない。

 告白してくれたことの嬉しさ。

 そして、これからも皆で一緒にいたいという僕のわがままが変に出てしまった。

 僕自身焦っていたようだ。いかんいかん、深呼吸しないと……


「……そんなわけない。そんなわけないですっ!

 楽しかった。ずっと一緒にいたいと思うほどに!

 でも私は皆を。エル様やベルの事を裏切っていた!

 そんな私が、そんな事を言う資格なんて……ないんです……」


 見えないように深く呼吸をしていた僕の目の前で俯いたまま絞り出すかのようにメイリアが口を開く。

 それはメイリアの心からの想い。嘘偽りもない……

 

 それは僕の求めていた答え。だから僕は答える。


「うん。だからこそ裏切っていたメイリア・アクス・ベルクフォードとは絶縁したんだよ。

 そして……メイリア・ベルクフォードと友達になりたい。

 そうお願いしたんだ」


「エル様……本当にいいのでしょうか?」

「それを決めるのは君だよ。メイリア」

「…………はい、お友達になりたいです。ただのメイリアとして」

「うん。これからもどうぞよろしくね。メイリア」

「はい、エル様……」


 うん、やっとスカウトするにあたっての問題点の一つが解決した。


 そして……最後にメイリアにとっては辛い決断をしてもらう必要がある。


「さてと……それじゃメイリア。

 ここからはお願いになるのだけれど聞いてもらえるかな?」

「はい? なんでしょうかエル様」


「僕はいずれバルクス伯爵になると思う。

 もちろん僕に何かあれば弟のクイが継いでくれれば問題ないけど……

 この学校生活はそれに向けての人材確保という意味もある」


 ――伯爵家にとっての人材確保の場としての学校――


 そのことはメイリアも知っているだろう。

 現にラスティ兄妹とレッドとブルーについてはスカウト済みなのだから。

 それ以外にも『実戦訓練研究会』からもスカウト進捗がよい何人かがいる。

 特に今回のレイーネ事件で手を貸してくれた二十人程は皆前向きな感じだ。


 リスティについては一旦保留のままとなっている。

 バインズ先生にはバルクスに帰る時、一緒に来てほしい事は伝えてある。


 先生からはある程度前向きな回答を貰っていて、メルシーさんと時期や居住地について話し合いをしてもらっている最中になる。

 そこらへんが決まれば改めてリスティにはお願いをする予定だ。


 こうしてみるとかなり人材は揃ってきたと言えるだろう。

 内政面の人材に少し弱さを感じるけれど、そこに関してはバルクスに帰ってからでも問題ない。

 王立学校自体が内政面の人材を育てることを目的にしてないからね。


「その際にできればメイリアにも手伝って欲しいと考えているんだ。

 特にメイリアはベルにやってもらおうと思っている技術面の補佐をね」


 僕の話に背後(多分ベルかリスティかな?)の嬉しそうな声が漏れる。

 だけど僕は続ける。彼女にとってつらい話を……


「だけどその場合、君にはアクス男爵家との縁を切ってもらう」

「えっ?」


 それはメイリアだけではない、誰ともわからない……もしかしたら全員か? から漏れた言葉だった。


「君にとってはアクス男爵家、いや、君の両親は最大の弱点だ。

 おそらくこれから改心させるのも難しい。

 いや、君を利用しようとする者にとっては絶対改心させないだろうね。

 今後もあの手この手で傀儡化かいらいかするだろう。

 僕がそちらの立場なら絶対にそうする」


 それはメイリアにとっては、内心でずっと思っていた闇の部分。

 恐らくは触れられたくない程の……十歳に告げるにはあまりに大きな……


 男爵家が貴族として・・・・・生きていく場合、少なくとも子爵家できれば伯爵家以上の庇護下に入る必要がある。

 伯爵家以上なら地方領主の夢も見ることが出来るほどに。


 メイリアの両親は大金に目がくらみ、ルーティント伯爵家の庇護下になろうとしていた。

 メイリアが妙齢の女性になった際、何を犠牲にするかも理解しないままに。

(ルーティント伯爵の性癖の情報は既に入手済みなので……)


 権謀術数飛び交う貴族社会において、弱みを持つ貴族は格好の的だ。

 アクス男爵家はまさにその格好の的と言っていい。

 しかもたかが・・・数百もある男爵家の一つ、どうなったところで貴族社会は何も変わらない。


 いくらベルの親友だとしてもバルクス伯爵家に弱点を残したまま受け入れることは出来ない。

 受け入れるにはその弱点を断ち切ってもらう必要がある。


「もちろん、これは強制ではないよ。

 メイリアがどうしても家族との縁を切りたくない。と言うのであれば

 今回の話は無し。今まで通り友人として学校生活を送るだけだから」


 ――――


 エルの残酷な話に対して誰も言葉を挟むことが出来なかった。

 あのアインツでさえ……


 そこにいたのは伯爵の顔を持つ少年だったからだ。

 それはバルクス伯領六十二万人の命を預かる者の顔だった。


 自分達、男爵家は確かに貴族とは言え領民を持たない。

(ヒリス男爵領には僅かとはいえ領民はいるが、後継しないので除く)

 領民への責任が無い者の発言は、貴族としてはあまりにも軽い。


 六十二万人の命を預かる者として不安要素排除に自分の感情を入れる事は無い。

 憐憫れんびんの情で目を曇らせた結果、その六十二万人の人生を狂わせる可能性があるのだから。


 それは本来の『生まれからの貴族』の顔である。

 それに自分たちがどう口を挟めるというのだろうか……


 ――――


「……それは二度と両親とも一切連絡を取るな。という事でしょうか……」


 メイリアは絞り出すように声を発する。

 時々の便たより位は……その言葉を期待しているのかもしれない。


 だけど……


「うん、そうだね。今後一切の連絡は出来ない。

 学校に在学中も手紙のやり取りは原則やめてもらう。

 僕の情報がどこに流出するか分からないからね。

 もし火急の用がある場合にはその手紙の内容を確認させてもらう。


 バルクスに戻っても、アクス男爵からの一切の物資はストップされる」


 余りにも非情な僕の言葉に全員が言葉を失う。


 幾ら強がったところで僕達はまだ十歳、いくら強欲な両親であっても愛情が無いなんてことはあり得ない。

 それを完全に遮断すると言っているのだ。

 どう考えてもひどい話でしかない。


 メイリアの中ではその情と僕の提案が両天秤に乗せられたようなものだ。

 どちらに傾くのか……それはメイリアしかわからない。


 だからこそ、僕は逃げ道を提案したのだ。

 断っても今まで通り友人として学校生活を送ると。


 僕達の元を去るという決意までしていた彼女にとってはそれでも十分だろう。


「すぐに答えを貰わなくてもいいよ。

 メイリアの中で踏ん切りがついた時に答えを貰えれば……」


 そして僕は答えまでの猶予を与える。


 けれど……


「いいえ、その必要はないです」


 メイリアは答える。

 その声は緊張で震えているけれど、自分の想いを伝えようと必死だ。


「メイリア・アク……いえ、メイリア・ベルクフォードは、エルスティア・バルクス・シュタリア様の配下として非才ながらお役にたちたいと思います」


 そう、覚悟をもって告げる。


「本当にいいんだね? メイリア」


 僕は再度尋ねる。


「はい……私はアクス家においては四番目の子。

 兄や姉がいればアクス家は問題ないですから……」


 そんなわけがない、どれだけ子供がいても不要な子などいるはずが無い。

 言葉に出す事で、それを事実として自分を納得させようとしているのだ。


 その事に胸がチクリと痛む。


(本当に、僕は最低な人間だね。)


 自嘲の笑みが零れる。


 この事は気にしすぎでしかない可能性がある。

 でももし利用された場合、それはバルクス伯にとって毒となる。

 メイリアは恐らくベルの補佐としてバルクス中枢に深く関わることになる。

 より毒の威力が高くなるだろう。


 この一年ほど彼女をどう受け入れるかを葛藤かっとうして出した結論だった。

 メイドトリオ(かつ諜報員)のミスティに「悩むなら(両親を)殺してきましょうか」と明るく言われた時にはどうしようかと思った……


「それじゃ、メイリア。これからもよろしくね」

「はい、エル様。よろしくお願いします」


 そして僕達は握手をもって臣下の契りを結ぶのだった。


 ――――


 エスカリア王国記にはメイリアがアクス家と再び繋がりを持つのは、それから十二年後、王国歴314年のある事件で両親が処刑される時を待つと記載されている。


 その史料だけをもって「非情なる番犬」「十二年も家族の情を断ち切った蛮物」とエルスティアを良く思わない者は強く批判したと言われる。


 だが実際には物資検閲後、問題ない場合は全てメイリアの元へ届けていたという資料も散見する。


 メイリア本人もこの事について一度として不平、不満を漏らす事なく、両親の今際の際いまわのきわに立ち会えた事をエルスティアに涙ながらに感謝した。

 と幾つかの文献に記載されている。


 戦争や政略において数々の非情とも見られる対応は、彼の微妙な立場を考慮すれば致し方なかったと言わざるを得ない。


 実際、この判断自体も突き詰めれば貴族政略の延長でもある。


 その事をもってエルスティアという人物を全て肯定する事は出来ないが、ただ非情な人物であったとする事には懐疑的であるとここに記す。


 ―― 「エルスティア・シュタリア人物録」――

 著 ベルスティア・レクス

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