第81話 ●「少女の告白」

 レイーネの事件から一ヵ月が経った。


 その間に僕の生活でも大きく変わったところがある。

 まずは、ラズリアがあれ以降、学校に来ることもなく退学した事だ。


 先生の話では、パソナ男爵公子が無残に殺されるところを目撃した事によるショック、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)が原因だそうだ。


 ラズリアがそんなタマか? と言われると疑わしい。

 インカ先生に口止めされた後継者問題が絡んでいると考えていいだろうね。


 とりあえず、僕達にもっとも敵対してきていた奴がいなくなった事は、朗報と言えるかもしれない。


 もう一つは『アストロフォン殺し』とかいう微妙な異名を付けられた事。

 そして何時ものように噂話に尾ひれがつく


「アストロフォンの外殻を拳で破壊したらしい」

「いやいや、甲羅をはぎ取ったそうだ」

「俺が聞いた話だと一人で二匹を相手どったそうだ」

「魔法で作り出した十m超えの刃で甲羅ごと真っ二つにしたって聞いたぞ」


 ……彼らの中では僕は人間から逸脱した生物のようだ。

 そんな力があったらあの時、苦労してないよ……


 まぁ、その尾ひれのおかげで僕に対して模擬戦を申し込んでくる人が目っきり減ったことは朗報と言えるか?

 色々なものを失ったような気もするけれど……


 珍しい物見たさ、まるでパンダの見学みたいになっていた僕の周りもようやく落ち着きを取り戻していた。


 あ、そうそうもう一つ変化したことがある。

 それは女の子達がそれぞれを呼び捨てにするようになった事だ。


 あの事件の緊迫感の中で、より親睦を深めたと言っていいだろう。

 これも一種のつり橋効果なのかな?


 ……でもいまだに僕を呼び捨てにしてくれるのはアインツだけ……

 悲しいなぁ……


 ――そして、放課後――


「そういえば今日はメイリアの姿を見なかったけど。どうしたんだろ?」


 今日姿を見なかったメイリアの事を、一番親しいだろうベルに聞いてみる。


「それが、先生に聞いてみたのですが『今日はお休み』としか……」


 ベルは少し困惑気味に答える。


「そうか、もし病気でも軽い風邪ぐらいだったらいいけどね」

「はい、そうですね。風邪であれば治癒魔法で何とかなりますし」


 そう言いながら僕達は訓練場に向かう。


 いつもの訓練場、そこには先客が……


「あれ? メイリア?」


 学校指定の制服姿ではない私服姿のメイリアがそこには居た。


「エル様、皆さん……今日はお別れを言いに来ました」


 メイリアはいつもの柔らかい笑顔で告げる。

 本当にいつもと同じ。だから最初は何を言ったのか理解できなかった。


 いや、僕はいつかは来るとは分かっていた事だった。

 それでも現実問題となった時、少なからずの衝撃を受けていた。


「お別れって? それってどういう? 意味が分からないよ」


 ベルにとって親友に別れを告げられるのは二度目――クリス以来だ。

 その辛い経験を思い出して少し混乱しているのだろう。


 ――――


「……私は、皆にずっと黙って……裏切っていました……」


 それは罪の告白――


「……私は……」


 それは私自身が望んだ事ではない――家の方針――


「私は、エル様達の弱みを探すための。スパイです……」


 それは、父と母が大金を受け取った事への代償――


「ラズリア伯爵公子に、エル様の弱みを伝えるために近づいたのです」


 黙っていればこれからも友として傍に居れただろう。でも――


「私は、皆さんの親愛を裏切った最低の人間なんです」


 これ以上、もう嘘をつき続けることは出来なかった――


「だから、もう皆様の前には居れない。居ちゃいけないんです」


 だって、こんなにも皆の事が好きなのだから――


「ですから明日、学校を退学します。もう皆さんの前には現れません」


 これは私自身への贖罪しょくざいなのだから――


 耳が痛くなりそうなほどの沈黙。


「そうか……そうだったんだね……」


 その沈黙を破ったのはエル様の呟き。

 そこに含まれるのは、怒りか。悲しみか。失望か。


 これから罵倒されても仕方がない。それほどの裏切りをしていたのだから。


「わかったよ。メイリア。君とは絶交だ……」

「エルっ!」

「エル様!」


 エル様からの絶縁宣言。

 それにアインツ君とベルが不満の声を上げる。

 それだけでも嬉しかった。

 けれどそれは二人のエル様に対する立場を悪くする。


「アインツ君、ベル、いいの。全ては私のせいなんだから」


 本来、伯爵家に対して、たかが男爵家の人間がスパイ行為をしていた。


 それは伯爵家に対する侮辱行為。


 最悪の場合、殺されても仕方ない。

 それを絶縁で済ませてくれる寛大な処置をしてくれたのだから。


「エル様。寛大な処断いただき有難うございます」


 私は、エル様に一礼する。

 そして顔を上げると――


「えっ?」


 そこにはエル様から差し出された右手。


「改めて、メイリア。僕達の親友になってくれないかい?」


 そしてその先にはいつものエル様の笑顔がある。


「なぜ……どうしてですか! 私は、エル様を……エル様達をうらぎ……」

「じゃあ、なんでそうやって泣いているのさ?」


 咄嗟に私は頬に指をあてる。

 その指は瞬く間に水気を帯びていく。


「それにねメイリア。皆には黙っていたけれど。

 僕は、メイリアが近づいてきた最初の理由は知っていたんだよ」

「え、嘘。なぜ。どうして……」


「不本意ながら、僕に限らず貴族は人に恨みを買いやすいらしくてね。

 僕に近づいてくる人は粗方身辺調査をするようにしているんだ。


 そういった意味ではメイリアは分かりやすかったよ。

 僕たちと友達になった前後から、浪費癖がある両親の羽振りが良くなったからね」


「うん? ちょっと待てよエル。

 ってことは俺たち兄妹も身辺調査したってことか?」


 話を聞いていたアインツ君がエル様に尋ねる。


「うん。もちろん。

 最初から信用してたのはベルとバインズ先生の娘のリスティだけだし」


 それにアインツ君は文句を言おうとして……止める。

 実際こうして私がスパイとして潜り込んでいたのだから。


「なら、分かっていたのに。なぜ」

「だから言ったでしょ。『』って」


「え?」

「メイリア、君が一緒にいたのは本当にスパイをするためだけだったの?

 僕達、特にベルと親しくしていたのは打算?

 レイーネの時、残ってくれた時の思いは嘘だったの?」


 その言葉に、レイーネの事件の際にエル様に掛けられた言葉を思い出す。


『……メイリア、残ってくれてありがとう。感謝するよ』


 そう、エル様は私にだけ『感謝する』と言った。

 それは私が『残らない』という選択肢を選ぶことも考慮していた言葉。

 でも今でも思う。あの時『残らない』という選択肢は私の中には無かった。


「もう一度聞くよ。本当にスパイをするためだけだったの?」


 そう尋ねられ私は俯く。そんなはずはなかった。

 こうしてエル様達と一緒にいるのは、破天荒な体験もしたけれどそれ以上に楽しかったからだ。


「そんなわけないよね?だって君は、結局ラズリアに対してほとんど報告をしていないんだから」


 本当に何もかもがお見通しだ。


 そう、楽しかった。だからこの関係を崩すことが怖かった。

 だからいつもこう報告していたのだ。

『特に変わったことは無し』と。


 エル様の能力。それはラズリアにとっては重要な情報だったろう。

 それを知っていれば、あの時の魔法教練は別のストーリー、おそらく取り巻き達による陰湿な妨害工作が行われていた。


 去年の十一月頃から無能な私はラズリアに切られ、支給がなくなった事で両親から金の催促が来ていた。(流石に学校まで来ることはなかったが)

 ……本当にどこまでも私には両親の影が付きまとっていた。


 そして今回のレイーネの事件。

 表向きにはラズリア達は被害者となっている。


 けれど、ファウント公爵派の貴族の間では『ラズリアが、エルスティア伯爵公子を殺すために起こした事件』と、そういった噂が既に広がっている。


 それが、私の中でエル様から遠のこうとした決定的な理由となった。

 もしこのままエル様の傍に何も言わずにいたら、上の人間がラズリアから別の……おそらくヒューネ侯爵公子に挿げ替わるだけだろう。


 それでは今までと何も変わらない。

 私の存在がエル様に危険を呼び込みかねないのだから……


 そんな葛藤をする私に、エル様はいつもの優しい声色で問いかける。


「ねぇ? メイリア? 君の本当の気持ちを教えてよ。

 君は僕たちといて楽しくなかったの?」


 と――

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