第79話 ●「襲撃 レイーネの森9」

「いいか! まだ魔物がいる可能性がある。

 必ずツーマンセルで行動しろ」


 分隊長の大声が響き渡る中、俺と弟のベルダはツーマンセルを組んで慎重にレイーネの森を奥へと進む。


 木々に囲まれてはいるが、どこかしら焼けており戦闘の激しさを物語る。

 漂う臭いも木や魔物が焼けた臭いが酷いが既に鼻が麻痺しつつある。


 魔物がほぼ倒されていたため騎士団は目下、行方不明四名の捜査中である。


 その中でもほんの数時間前に会話をしたエルスティア伯爵公子とアインツ男爵公子の行方が特に気になる(他の二名には悪いが……)


 エルスティア伯爵公子は、父上からの手紙で以前から名前を知っていた。

 幼少ながら将来有望、リスティと仲良くしてくれるとも書いてあった。

(父上がここまで人を褒めるのも珍しい)


 今日――日付が変わったから昨日か――対面してなるほどと思った。

 人見知りのリスティが他人にこうも素を見せるのかと驚いたものだ。

(可愛い妹をとられたような少し寂しさを感じたのは内緒だ)


 そしてインカ元教導官の報告を聞いて驚いた。


 学生ながら魔物を抑えるために二名で先行したと言う。

 そんな馬鹿なという話だが、インカ元教導官の人柄・性格は先輩騎士からよく聞かされた。


 その話からすると適当な判断で動くような人物ではない。

 それが最適と判断した結果だ。


 それが、よりエルスティア伯爵公子とアインツ男爵公子の優秀さを物語る。


(だからこそ……)


 だからこそ、無事でいてくれ。


 そう祈りながら騎士団は森の深部へと歩を進める……


 ――――


 慎重に進むこと二十分。


 突如、森が開けた場所に出る。いや開けた場所なのではない。

 戦闘により完全に木々が燃え尽きポッカリと穴が開いたようになっているのだ。


 地表は爆裂炎系の魔法(おそらくファイアーボールだろうか?)により所々がクレーターのようにえぐれている。

 その事がこの場所での戦闘の激しさを物語る。


 現にクレーター周辺には数千の魔物の遺体が山積みのようになっている。


(おいおい、これをたった二人でやったのかよ)


 魔法にそこまで詳しくはないが、十歳の学生が出来るような事なのか?

 非現実のような現実に俺は少し混乱する。


「分隊長! 生徒を一名発見! 容姿からアインツ男爵公子と思われます!」


 先行していた騎士団から要捜索者の発見報告が上がる事で俺は我に返る。


「呼吸安定! 生きています! おそらく意識を失っただけです!」


 その報告に騎士団の中に安堵のため息が漏れる。

 まずは、一名の生存を確認できたのだから。


「アインツ男爵公子は、エルスティア伯爵公子と一緒だった。

 傍にエルスティア伯爵公子がいる可能性がある! 集中して探せ!」


 分隊長の声に騎士団は一斉に周囲の捜索を開始する。


 そんな俺の目の前に突如、山が現れる。

 いや、それは山ではない。それは……


「くそっ! なんでこんな所にアストロフォンがいる!」


 ベルダは毒突きながら剣を構える。俺は咄嗟に緊急を知らせる笛を吹く。

 アストロフォンは将級、とても二人で対応できる魔物ではない。


 笛は魔法の刻印が打ってあり、対象者以外には聞こえない。

 対象者についても半径一キロと非常に広範囲でも聞く事が出来る優れものだ。

 音を聞き集まった騎士達は驚きながらも即時戦闘陣形を構成する。

 とはいえ、分隊規模の戦力で将級を相手にするには荷が勝ちすぎているが。


 俺の中では、最悪の状況が頭をかすめる。

 将級魔物を相手にするには一個小隊の戦力が必要とされる。


 それを僅か二名、しかも十歳の子供が対峙したのだ。

 アインツ男爵公子は運よく無事だったが、エル様は……


(くそ、父上とリスティにどう報告すれば……)


 浮かぶのは父上とリスティの顔。

 特にリスティがエル様に向けた顔は、信頼、いやそれ以上の……


「レックス兄上……どうする?」


 不意に、ベルダが俺に声を掛けてくる。

 そのわずかな言葉で、俺と同じようなことを考えていた事が分かる。


「今は……エル様を信じよう。まずはこいつだ。」


 そう言いながら、それが自分にも言い聞かせる言葉である事に自嘲する。


 戦闘陣形を構成しながら、俺たちは少しずつ違和感を感じ始める。

 アストロフォンに動きが見えないからだ。


 ――俺たち騎士など眼中にない――そんな可能性も考えられたが、

 生命活動において隠せない、呼吸による動きさえ感じる事が出来ない。


「分隊長! このアストロフォンは死んでいます!」


 慎重にアストロフォンの前面に移動した騎士の一人が声を上げる。

 その声に騎士団に困惑が広がる。


 アストロフォンが死んでいる。それは自分たちにとっては好都合だ。

 だが、誰が? どうやって? まさか? そんな感情が手に取るように伝わる。


「レックス兄上! あそこ!」


 ベルダが俺に声を掛けながらある方向を指さす。


 その指の先、アストロフォンの前面から十mほど離れたところに横たわる一人の少年の姿。


 その髪色はこんな中でも黄金色に輝き、その中に混じる一房の黒髪が誰であるかを容易にする。


 俺は咄嗟に駆け出す。騎士に支給された量産品のシルバープレートアーマーが駆けることを阻害するがそれに構っている暇などない。


 それは思ったように昨日会った青年。エルスティア伯爵公子。


 目は瞑られ、服や肌はすすで黒く汚れている。

 そして、その肌色は青白い……


(間に合わなかったのか……)


 体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「嘘だろ……」

「嘘だろ……」


 ん? いや、俺から漏れた言葉にかぶせるような声が?


「嘘だろ……パートナーから上がってきたソース、バグだらけじゃねぇか」


 うなされながら寝言のように呟かれる言葉。


 パートナー? ソース? バグ? 聞いた事もない単語だ。

 だけど、そんな事はどうでもいい……それよりも重要なのは……


「エルスティア伯爵公子発見! 生きています!」


 俺はそう大声を上げる。


 小さな英雄の生存を神にまで伝わるような大声で―――

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