第54話 ■「呪詛(じゅそ)の産声1」

 季節が過ぎて新たに千人ほどの入学者を迎え、僕たちも二年生に進学した。


 これからは座学よりも実習形式の授業が増えていくことになる。

 というのも、学校ひいては王国全体の問題でもあるのだけれど、座学で教えるにしても教科書が圧倒的に不足しているのだ。


 この世界は活版印刷技術はまだ発明されていない。

 つまりは教科書は全て手書きになり、一冊あたりが高額になってくる。

 学校として準備してあるのは補充分も合わせて二千冊。


 なので一年生が座学に使用すると二年生以上には行き届かなくなる。

 まぁ、よくよく考えれば二千冊の手書き本ってどれほどの労力を消費する事になるのだろうか?


 であれば『実習で体に叩き込め』というスタンスだね。

 そもそもこの学校にはテストと言う物が無い。

 普段の授業内容で判断するという感じだ。


 剣術や魔法、馬術にダンスと言った実習形式のものが多いからだろうね。


 剣術についても一年の時の基礎練習から実戦形式に変わる事になる。

 しかもトーナメント方式で毎回優勝者を決めていく形式と、プライドが高い貴族たちを煽る感じになっている。


 僕も対戦…………はいいんだけど。


「なんだ、最初から、どこぞの犬が相手か」

「……ハァ」


 最初からラズリアの奴か。

 勝つにしろ負けるにしろめんどくさそうな相手だなぁ。


「うん? なんだ、もう私に負ける未来を想像してため息が出るのか。

 まぁ、仕方ないだろうな。私はかの有名なラーザント名誉顧問に剣術を習っていたのだからな」


 誰だよラーザントって知らねぇよ。

 あれか? 知る人ぞ知る≒マニアしか知らないって奴か?


 とはいえ、これほど自慢するのであれば侮るというわけにもいかないよな。

 バルクスまで情報が来ていないだけで本当にすごい人と言う可能性もある。

 けど大言を吐いているけど、筋肉の付き方や体型を見る限りそこまで強いとは思えないんだよな。


 とりあえずは基本方針を決めよう。

 僕の見立てが正しい場合、勝ちに行くかわざと負けるかだ。

 さっきも言ったようにどっちにしてもめんどくさい事にはなるだろう。


 だけれどこの時、僕の中には、順調にいけば決勝で対戦する事になるだろうアインツの事が浮かんでいた。

 部活でも模擬試合はできるけど、恐らくまだ本気を出していない。

 それでも僕とは五分五分なのだからどれだけの力を秘めているんだろうか?


 けど授業であればもしかしたら本気を出したアインツと戦えるかもしれない。


(ってことは最初が大事だよな。)


 アインツの性格的に、ここでこいつに負けでもしたら今後も本気で戦ってくれるかどうか微妙だ。


 僕にとっては爵位を気にせずに戦ってくれるのはバインズ先生とアインツ・ユスティくらい。


 そのチャンスを棒に振るわけにもいかない。

 ということで勝ちに行くことが基本路線だな。


「それではシュタリア訓練生とエスト訓練生による演習試合を開始する。

 双方、準備はいいか」

「はい、問題ありません」

「ええ、いつでも行けます」

「よし、では始め!」


 審判役のインカ先生の開始の合図とともにラズリアとの演習試合は始まった。


 ――――


(うん、いやぁ、これほどかぁ)


 試合が始まって思い知る。いやぁこれほどなのかラズリア。


(弱すぎる。)


 正直、太刀筋も何もあったもんじゃない。

 ただ僕に当てようとがむしゃらに木剣を振ってくるだけだ。


 それを時には受け、時には逸らしながら思い出す。

 そういえば、貴族にとっては実戦形式ではなく美しく魅せるための剣舞のほうが珍重されるんだったな。と


 さっき言っていたラーザントと言う人は剣舞の先生なんだろう。

 うんきっとそうだ。

 ……そう思わなければ名誉顧問という名に傷がついてしまう。

 いや、習ったというのも一日くらいの体験学習だったのかもしれない。


 前世でも実力に見合わない大言を吐く貴族が出る読み物は溢れていたしね。

 貴族だから、実力が無かったとしても周囲はおだめそやす。


 それにより本人は才能があると勘違いしさらに慢心する。

 もし実際にそうであれば、ラズリアも被害者の一人なのかもしれない。


 僕の場合、母さんが周りに対して褒めるという事を禁止していたのだろう。

 いや、褒めないのではなく、それが普通だと思わせる努力をしていた。

 と言う方が正しいのかもしれない。

 そのおかげで僕はそれが普通だと思い努力する事が出来た。

 環境って本当に大事だなと改めて感じる。


 ――――


 二十合もしないうちにラズリアは肩で息をし始める。

 とはいえ、訓練を十分にしていない九歳の子供であれば当たり前か。


「ゼェゼェ……貴様、受けてばかりで攻撃して来ないとは。

 恥ずかしいと思わないのか。」


 ラズリアは苦しそうに僕を睨みながらそう言ってくる。

 いやぁ、逆にこれだけ疲れながらも僕に悪態をついてくる根性は褒めるべきなのかもしれない。


「あぁ、それじゃこちらからも攻撃させてもらうよ」


 そう言って僕は、ラズリアの木剣の鍔上辺りを薙ぐ。

 何度も打ち込んでいたことで握力が落ちていたのだろう。

 その一撃でラズリアの手から木剣は少し離れたところに落ちる。


 さらに僕は二の太刀でラズリアの首元に木剣をすんでの所で止まるように打ち込む。


「そこまで! 勝負あり」


 インカ先生の宣誓により勝負が終わる。


「馬鹿な。こんなはずはない。貴様、いったいどういったズルをした!」


 はぁ、思った通り絡んできたか。


「おいおい、ルーティント家は力不足を他人のせいにするのが家風なのか?」


 不意に思わぬところからラズリアをあおるかのような言葉が発せられる。

 そちらに振り向くと金髪碧眼の男の子と取り巻き六名がいた。


 えっと、たしかヒューリアン・クィント・ウォストン伯爵公子だったか?


 彼は、僕に助け船を出したかのようになったが、そんなつもりはまったく無いだろう。


 クィント家は次男ベルティリア殿下を推すウォーレン公爵派。


 つまりは三男イグルス殿下を推すラズリアと次男ベルティリア殿下を推すヒューリアンのいさかいのダシに使われたのだ。


 うん、とっても迷惑。


「くっ! なんだと貴様!」

「おいおい、僕はこの目で見た事を素直に述べただけだよ。

 ラズリア伯爵公子が『芋剣術』でエルスティア伯爵公子に無様にも負けたという事実をね」

「『芋剣術』だと! 貴様、わが伯爵家を侮辱するのか!」


 二人の諍いは取り巻きも含めて徐々にヒートアップしていく。

 あのぉ、わたくし、そろそろ休憩をしたいのでおいとましてもよろしいですかねぇ。


「貴様ら! 何を騒いでいる!」


 僕の模擬戦終了後の処理をしていたインカ先生が諍いに気付きやってくる。


「いえ、ラズリア伯爵公子が、エルスティア伯爵公子の『正々堂々とした』模擬戦に有らぬ疑いをかけておりましたので事実を伝えていさめていただけです」


 おぉ、いまのやり取りにそんな意味が含まれていたなんて、当事者の僕も気づかなかった。

 いやぁ高度なやり取りだなぁ……んなわけあるかい。


 インカ先生もある程度は察しているのだろうが、内容が内容だけに大きく問題にすることもできない。

 頭を押さえながらも全員に解散を命じる。


 ヒューリアンとしてはある程度、鬼の首を取った形となったので満足しながら去っていく。

 残ったラズリアは行き場のなくなった怒りの矛先を僕に向け睨みつけてから去っていく。


「しかし、シュタリア。君も面倒に巻き込まれやすいな。

 だが、先ほどの打ち込み見事だったぞ」


 インカ先生は溜め息交じりに僕を慰めてくれる。

 いや、その言葉だけでも救われますよ。


 ちなみにその後の模擬戦で、僕がヒューリアンに完封勝利したことはお茶目な事後談である。

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