第53話 ■「スカウト活動してみよう」

 年が明けて僕は九歳になった。


 この世界では生まれた年をゼロ歳として、一月一日に年を取るシステムだ。

 つまり十二月三十日に生まれた子はゼロ歳は一日しかない。

(この世界は全ての月が三十日の三百六十日周期になる。)


 とは言え『公式文章上は』という事で誕生日については生まれた日にお祝いする事になる。


 ちなみに僕は一月五日生まれと一月一日に近い分、あまり違和感がない。


 入学から八ヵ月も経つと、教室内でも派閥同士のつぶし合いが裏で色々と起こり始めている。

 僕たち末姫派閥は、完全に蚊帳の外で、平和だからありがたい。


 僕たちを潰す事へのリソースを大派閥に向けたほうがいいから賢明ではある。

 いや、そんなバカバカしい事をしている時点で賢いとは言えないけどね。


 彼らがすごいと思う事は先生の前では感心するほど不仲感を出さない事だ。


 僕の感覚的には小学三年生で皮をかぶることが出来る彼らは、精神的には成熟しているのかもしれない。


 確かにこの世界は、十五歳で成人として扱われる。労働力でみれば七歳からだ。

 モンスターや賊と言った外部的な脅威にさらされているから、精神的な成熟スピードは日本に比べれば早いという実感がある。


 まぁ、だから元の世界よりこの世界の方が優れている……って事ではないんだけどね。


 平和であれば平和であるのが一番だ。

 モンスターや賊に晒されていることが普通のこの世界が異常ともいえる。


 僕はというと、『実戦訓練研究会』に半所属扱いになっていた。

 というのもアインツとユスティのラスティ兄妹が、僕が治療のボランティアをしている事を聞きつけて入部したのが原因だ。


 もともと治療のボランティアだから怪我人が出なければ基本的には暇になる。

 とある日、アインツが練習相手の申し込みをしてきたことが切っ掛けだった。


 出来るだけ学校では平凡な学生を演じてきていた僕だけれど、アインツは僕が知る限り、この部活の中でも上位クラスの腕前だったことが災いした。


 アインツとの模擬戦が楽しくなってちょっと本気を出してしまったのが運のつきだった。


 一応言っておくと僕の剣術のレベルは突き抜けて凄いという事は無い。

 ガイエスブルクに来るまでにモンスターや賊と実戦を積んだことが大きい。


 戦闘勘を養うのは一か月の練習より一度の実戦の方が圧倒的に意味がある。

 この部活は中央の平民が大多数で危険な旅をした事が無い分、実戦を経験したことがある方が珍しい。


 さらに毎日のバインズ先生との実戦を意識した訓練が、何時の間にか僕の動きを洗練したものにしていた。


 僕とアインツの模擬戦は多くの部員たちの目に留まり、それ以降、僕を見ては模擬戦の依頼をしてくる人が殺到した。

 正直僕の手には余り、治療行為に支障が出るほどに。


 なので、部長が僕を半所属扱いにして毎日三十分、三組だけ模擬戦を行う形にして、治療に専念できる環境にしてくれたのだ。


 僕としても今までバインズ先生との訓練ばかりだった分、同世代との練習が出来るのはためになる。

 特にアインツとユスティは僕の予想以上の腕前だった。


 騎士団として功績をあげ男爵になった父の才能を色濃く継いだのであろう。

 アインツは剣、しかも双剣を得意としていた。

 双剣は一打一打は軽いものの圧倒的手数による攻撃を得意としている。

 ただ、アインツの場合はインパクトの際に力を乗せるのが上手く、一打がとても重い。


 ユスティは槍、いや東方で愛用されている槍だそうで薙刀に近い。

 彼女自身が守勢を得意としているらしく薙刀との相性がよい。

 ただ、本来は弓を得意としているので接近されないように戦うのが本来の戦闘スタイルだそうだ。


 僕としても彼らとの実戦は楽しいので一日三組のうち一組はアインツかユスティと日替わりで対戦する事にしていた。


 僕は二人をスカウトする気は満々である。


 既に話して、ある程度手ごたえを感じていたりするけど問題は故郷との距離という事らしい。


 バルクス領はやっぱり中央との距離がネックなんだよね。

 何てったって片道で二ヵ月ってのは中々に遠い。

 それでも前向きでいてくれている二人には感謝しないと。


「そういえばヒリス男爵領ってどんなところなの?」


 一通りの模擬戦が終わって、流れた汗を拭きとりながら僕はアインツに聞いてみた。


 通常、特定の封領を持っている男爵家は稀だ。

 ただ、騎士としての功績で男爵家となった家については、王国から幾ばくかの領地が与えられることになっている。


「うーん、そうだな。

 ここから南に1か月ほど行った所にあるんだけど、五十人くらいの村があるだけだな。

 しかも家自体は兄さん二人のどっちかが継ぐ予定だから、どうせ家に帰るつもりはないからなぁ。


 エルが俺たちを部下にって言ってくれたことは凄くありがたい事なんだ。

 何年かに一度くらい家に帰れれば俺的には問題ないんだけど、両親は俺よりユスティに会えないってのが気になるみたいなんだよな」

「あー、たしかに娘の事は気になるんだろうね」

「私としては、いい加減両親には子離れをしてもらいたいんですけどね」


 僕とアインツのやり取りを横で聞いていたユスティは、何とも言えないような苦笑をする。


「僕としてはやっぱり二人にはバルクス領に来てほしいな。

 両親に確認は必要だけど、お兄さんに家督を譲った後に

 両親にはバルクスに住んでもらうってのはどうかな?」

「あー、なるほど。父さんも母さんもヒリスに住んでまだ日が浅いからそれはありかもしれないな」

「そうですね。今度両親に送る手紙に提案内容を書いてみます」

「うん。よろしく」


 よしよし、二人が来てくれれば、戦力的に問題ないからうまくいくように頑張らないとな。

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