第46話 ■「戦術教練してみよう2」
「あー、負けたかぁ。部隊が待ち伏せしているなんて思わなかった」
「ふぅー、勝ったぁ。うまくいったぁ」
対戦に勝つことが出来た僕は、大きく息を吐く。
こういったゲームで憧れの戦法「釣り野伏せ」をやってみたのだ。
「釣り野伏せ」というのは、薩摩の戦国大名島津家が発案したとされる戦法で野戦で部隊を三隊ほどに分け、二隊を左右にあらかじめ伏せさせておき、一部隊が敵に正面から攻撃して、欺瞞撤退で敵を誘い込み三方から囲み包囲殲滅させる。
これにより、とある戦いでは十倍の敵に勝ったと言われている。
ゲームでは、島津家は鹿児島だから四方を敵に囲まれてなかったり、島津四兄弟を筆頭に優秀な人材が多いから僕は好んで使っていた。
だからこそ、この戦術を使ってみたかった。
今回は山に囲まれた渓谷の左右に二部隊ずつ伏しておき残りの一部隊で索敵し、五部隊を欺瞞撤退で連れてきて一気に殲滅させたのだ。
相手が五部隊を固めていたのも奏功した。
ゲームだとスキルが発動すれば敵の兵力が一気に減少って感じで簡単にできていたけれど実際に自分がやってみるとものすごく大変だ。
この戦法の
退却というのは簡単に潰走状態に陥りやすい。
しかもその退却が欺瞞撤退である事を敵に気付かれてはいけない。
「統率がとれた撤退」を行うには高い練度・士気の兵士と冷静沈着に戦術状況を把握でき、兵士との信頼関係がある指揮官が不可欠だ。
今回は机上での戦法だったから部隊の練度・士気といった要素や兵士との信頼関係という要素も排除できただけまだマシだった。
正直、全軍への矢継ぎ早の指示で脳みそがパンクするかと思った。
でも……うまくいった時の爽快感はほんとやばいなこれ。
実戦で使用するには色々と事前準備が必要そうではあるけれど。
「うむ、シュタリア君が取った戦術は中々面白いものであった。
だが、今回は相手が全員誘いに乗ったからという運の部分も大きいな」
判定をしていた戦術教導官からそう評価される。
はい、まったくもってその通りですね。島津家恐るべしだな。
「エル様、すごかったです。私には絶対に無理そうですね」
こういった戦闘に関する事についてはどうやら才能が無いベルは早々に負けた後、僕の対戦を観戦していたようだ。
尊敬の眼差しと共に褒めてくれる。
うんうん、褒めて褒めて
「くそっ! なんだこの戦い方は! 卑怯者が!」
突如、教練場に大声が響き渡る。皆が何事かと声がしたほうを見る。
そこには顔を怒りで真っ赤にしながら立つ……あぁラズリアの奴か……
怒鳴りつけた相手は……えっ? リスティ!
「なんだと言われても……がら空きになっていた物資場と本陣を急襲。
それにより動揺したと判定された部隊を各個撃破しただけだが?」
「貴様は貴族だろう! なぜ正々堂々と戦わん!
あぁ、そういえば貴様は『生まれからの貴族』ではなかったか。
それが下賤な平民の卑怯な血か!」
おいおい、今のはちょっとカチンと来たぞ、貴族だから綺麗な血ってか。
僕が文句を言おうと近づいたところで。
「やめたまえ、エスト君
勝負上、ルード君の文句なしの勝利だ。しかもS判定クラスのね。
それに初戦だから君
判定員をやっていたインカ戦術教導官によってラズリアの恫喝は阻まれる。
インカ・ローグンド先生は、今年二十九歳と戦術教導官としては若い方になる。
十六歳の頃に騎士団に入隊後、第二中央騎士団に所属。
実戦経験を積むことで戦術に優れた才能を見いだされ二十三歳の時に騎士団教導官に任命される。
騎士団において教導官に任命されることは、他人に戦術を教えるだけの実力・才能があると認められると同義なので非常に名誉な事になる。
そして二十六歳の時に次世代の育成の為、王立学校の戦術教導官となった。
生徒からも『厳しいながらも、平民・貴族問わずに生徒を対等に扱い、生徒からの提案についても理があれば採用する。』と評価は高い。
先生が間に入ったことで気を削がれたのかラズリアは、悪態をつきながら離れていく。
「先生、リスティアさんのためにありがとうございました」
「うん? あぁ、たしかシュタリア君だったかな?
なに、かまわんさ。
むしろ事態が大きくなるまで注意出来なかったことが失態だった」
「いえ、そう言ってもらえると、ところで先生にお願いがあるのですが。
彼女の試合のデータを見せてもらう事は可能でしょうか?」
「いいとも。しかし、騎士団時代を含めて戦術教導になって六年経つが初戦からこれほどの戦術を実行できる者を初めてみたな」
僕は、インカ先生から受け取った試合結果の資料に目を通す……
すごい、なんだこれ、試合開始時点の布陣、その時点で各部隊に細かく指示された内容、孫子の兵法書といった兵法書を興味本位でかじってみたけど、どれもこれもが理にかなっている。
うん? でも中盤でよく分からない欺瞞的な動きがある……
これがもしかして先生が言っていたラズリア達が何かしていたという奴か?
ふと気づく、あれ? もしかして
であればこの学校で残りのギフト持ちを探そうと意気込んでいた僕のすぐ横にいたという事か。
まさに灯台下暗しという奴だ。……ちょっと恥ずかしい。
……あれ? 実はクリスもギフト持ちの可能性があったのか?
であれば、大ショックだ。クリスとは当面再会することは出来ないぞ。
いやいや、とりあえずは二人目のギフト持ち候補を見つけられたことを喜ぼう。
神様も必ず僕と出会って、ともに歩む仲間になる運命だと言っていた。
であれば、クリスがギフト持ちであればもう一度会えるだろう。
その言葉をとりあえず信じることにしよう。
「しかし、それにしてもこの教練は面白いですね。
……ちなみに練習台を家にも置きたいのですが何とかなりませんかね?」
僕は、インカ先生に聞いてみる。
我が家には元騎士団長のバインズ先生もいるから練習相手として申し分ない。
さらにリスティがギフト持ちなのであればなお良しだ。
「物好きだな君は、さすがにここにある物は無理だな。
……そういえば、前に使用していて年数が経ったから廃棄しようとしていたのがあった気もするが」
「本当ですか! 言い値で買います! ……と言いたいところですけど僕が稼いだお金ではないので出来るだけお安くして頂けると……」
「本当に君は貴族かと不思議に思わざるを得んな。
なに、廃棄しようとしていた奴だ金は要らんよ。
とはいえ、一応校長先生の許諾をいただく必要があるがな」
「よろしくお願いします! インカ先生!」
――――
後日、無駄に広いバルクス伯館の一室に練習台が設置されることになる。
『リスティから先ずは一勝』
それは僕がバルクスに帰るまで、不変の目標となるのである。
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