第35話 ■「王都への旅路2」

「ファンテ」を出発してからさらに馬車に揺られること一週間。

 バルクス伯領境の関所を越え、ルーティント伯領に入った。


 ここからバイント侯領、ピアリント公領の二領を越えてやっとエスカリア王領に入るらしいのでまだまだ先は長い。


 ルーティント伯領は、バルクス伯領と違い、町と町の間がかなり開いている。

 そのため、場合によっては野営の必要がある。


 これはルーティント伯領が、魔陵の大森林から大分北に上がってきたため、モンスターによる被害がバルクス伯領に比べて少ないのが原因のようだ。


 ただ、近年は盗賊が増加傾向で襲撃への警戒が必要になっている。

 特に「黒衣のからす」や「銀狼」と呼ばれる五十名以上の大規模な盗賊団もあるそうだ。


 けれど、ルーティント伯爵は、盗賊対応を放棄しているらしく表だって批判する人は流石にいないが、伯爵の評判はすこぶる悪い。


 中には盗賊を後ろから操っているのが伯爵で、そこから私腹を肥やしているという噂もあったりする。

 いやいや、さすがにそこまではねぇ。

 越後屋と繋がる悪代官じゃあるまいし、さすがにお話の中だけの出来事でしょ。


 まぁ盗賊が増えていると言っても流石にこれだけの警護がついた集団を襲ってくることは無いでしょ。

 そう思っていた時が僕にもありました。


「エル、お前、人を殺す覚悟があるか?」


 バインズ先生にそう尋ねられるまでは。


「えっ」


 そして、それに一番驚いたのは僕ではなくベルだった。

 ベルさん、ベルさん、驚きすぎてフルクス(こちらでのパンになる)

 が手から落ちて太ももの上に乗っかってますよ。


「バインズ先生、それはどういう事ですか?」

「八歳のお前に言うのも何だが、既にモンスターを殺すことは出来る。ためらう事もないだろ?」

「はい、そうですね。血がかかったら嫌だぁと思うくらいで……」


「それは、奴らが異形だからと言う可能性がある。

 騎士の中でもモンスターであれば大丈夫だが、人間相手だと躊躇して……死んだ奴もいる」


 なるほど、確かにゴブリンといったモンスターは人間に近いけどやっぱり違う。という意識は確かにある。

 でも……


「僕は伯爵公子です。もしもの時には、人を殺したり、味方に死んでくれという覚悟はできています。

 それだけの人の命を預かるというわけですし」

「ふっ、ガキんちょが話す覚悟にしてはでかすぎだな。いいか、賊どもはモンスターじゃない。

 モンスターは、最初に攻撃してきたやつを優先的に攻撃目標にする。

 やつらに強者か弱者かを判断するだけの知能が無いからだ。

 だからこそ、アタッカーもしくはタンク役が率先して攻撃するんだ」


 なるほど、ゲームで言うところのヘイト調整で弱者を守る戦法か。


「それに比べて賊はまず弱者を狙う。

 これだけの警護だ。モンスターは攻撃しにくいと判断するが、賊にとってはそれだけの価値があると判断される。

 そして、お前やベルを見ればまず間違いなく格好の的だ。

 もちろん、俺や警護隊は全力でお前たちを守るが、お前たちが捕まった時点で詰みになる。

 だから自衛のために人を殺す覚悟をしろ」


 ほんと、こっちの世界に来てから状況はいつもスパルタ教育だ。

 八歳の子供に自分を守るために人を殺せとか、左の翼な人が聞いたら卒倒もんだろうな。


 けれどこの世界ではこれがリアルなんだ。

 僕としても人を殺すなんて出来る事ならばやりたくはない。

 けれど必要であれば躊躇している時間は無い。躊躇すればそれは自分の死を意味するのだから。


 逆に、無垢な平民を殺すのではなく、「殺してでも奪う」を実践している盗賊を退治すると思えば少しは気が楽になる。

 まぁ、それも倫理的にどうなの? 状態ではあるが……ここは平和だった日本とは違う。


 平和だからこそ「どこどこで通り魔によって人が殺されました。」と言う見ず知らずの人のニュースにも可哀そうにと哀れみを感じる事が出来るのだ。

 もし戦時中ですぐ隣に死の匂いがする状態の時、人々には哀れみを感じる余裕はあるだろうか?


 この世界は常時戦争中……とまでは言わないが常に身の危険にさらされている。

 モンスターや賊からの襲撃なのか?天災なのか?それ以外なのか? は人それぞれではあるが……


 その中では自衛のためであれば他人の命の価値は低くなってしまう。

 人を殺してはダメ、大いに結構。だけれどそれで自分の命を失うのは間抜けでしかない。


 特に僕の場合、この世界の人類滅亡回避のために転生したのだ。

 その為であれば、心を鬼にする覚悟は既にできている。


 まさに大事の前の小事でしかない……こんな考えだと死んだら地獄行きかもね……

 その際には神様じじいに散々文句を言ってから地獄に行くとしよう。


「ちなみにその場合、禁止魔法を解禁しても?」

「あぁ、問題ない」

「ありがとうございます。であればベルやメイドさんたちを守る分には問題なさそうです」


「まぁ、正直オーバースペックだがな。賊は所詮平民崩れが多いから、まっとうな訓練を受けたやつがいない。

 だが、たまに騎士や傭兵崩れもいるから気を付けろ」

「はい、わかりました」


 まぁ、とりあえず賊に襲われたらの話だからね。

 確率的には宝くじを当てるくらいの感じでしょ?


 ……三日後に僕は、宝くじを買っておけばよかったなと思う事になる。

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