第36話 ●「王都への旅路3」

「イズール、確かにあの旅団がそうなんだな?」

「へい、ギルバートのかしら、あの旅団で間違いないです」


 イズールと呼ばれた小柄な男は、ギルバートと呼ばれた男の問いに答える。

 イズールは、各町に潜伏した盗賊「黒衣の鴉」の情報員の一人だ。


 情報員の仕事は、町に滞在した旅団の中から適度に金を持っていそうで、適度に警護隊が少ない旅団を探し出し、それを伝えることだ。


 イズールは、「アス」の町に潜伏する情報員だが、先日滞在した旅団の情報を賊頭に伝え、今、その旅団を「黒衣の鴉」が捉えたところである。


 その旅団は人足(戦闘では使い物にならないし、金目も期待できないから頭数としては除外する。)を除けば警護隊は十名ほどである。


「黒衣の鴉」の構成員は五十名と、「銀狼」と並び盗賊団最大規模である。

 さらに傘下の盗賊団を集結させれば百二十名はくだらないほどの規模になる。


 単純計算で四~五名で警備隊一名を相手にすればいいので脅威ではない。

「黒衣の鴉」だけで十分だろう。


 乗客用の馬車は二台あるがイズールの情報では、三十代後半の男が一人、ガキが二人、メイドが三人と男を除けば格好の鴨である。

 男は強そうだが警護隊を全滅させた後に囲んでしまえば問題ないだろう。


 この時期にガキとメイドが中央に向かう旅路を移動しているという事は、王立学校入学予定のどこかの貴族の子供だろう。


 貴族の子供はそれだけで金になる。身代金で大金を手にすることが出来る。

 メイドは犯した後に奴隷商人に売ればいい。


 野営の準備を始めたようで二つほど焚火の灯りが見える。

 その周りにいる人間を数えても、やはりこちらの方が人数は多い。

 ガキが男に話しかけている姿が見えるが、この距離では流石に内容は分からない。

 まぁ、別段気にするほどの事でもなかろう。


(貴族の癖に警護がこれだけとは、下級貴族かもしれんな。高額な身代金はあきらめるか。


 まぁ、荷馬車も四台あれば荷物だけでも十分な金にはなるか。

 メイドは三人、五十人の相手をしているうちに壊れちまうかもしれねぇな。

 最悪女のガキも使う事になるかもな)


 ギルバートはそんな下賤なことを考えながら部下に指示を出していく。

 五十人の部下を馬車が逃げられないようにぐるりと包囲するように配置する。


 ……獲物はまだ気が付いていない……


 ――――


 ギルバートは元々は近くの村に住む農夫の家系に生まれた。

 両親と兄と十八歳の姉、十歳の妹の六人家族の三番目の子供である。

 貧しいながらも幸せな家庭だった。


 ある年、村が基礎収穫量の七割も収穫できない不作に襲われた。

 税として基礎収穫量五割を納める必要がある村としてそれは致命的ともいえる。


 村長は、減税を請願するため伯爵の元へ向かい…帰ってこなかった。

 逆に村に来訪した徴税官は基礎収穫量の五割五分を納税するように下命した。

 村長による不敬罪として追加の五分を徴収すると…


 それは、村にとって死ぬことを命令されたに等しかった。


 ……そして翌日、ギルバートが起きると、姉と妹の姿が無かった。

 人さらいにあったと思った彼は両親と兄に捜索しようと必死になって訴えた。

 だが両親も兄も曖昧に答え、ギルバートの目を見ようとしなかった。


 ギルバートは「十~二十歳の妙齢の女を奉公に出せば、人数によりその家については減税する」と言う御触れを徴税官が持ってきていた事を思い出す。

 奉公と言えば、聞こえはいいが、ようは慰みものにするためだ。


 つまり姉と妹は自分たちの減税のために身売りされたんだと。


 そして気づく。

 自分たちは、見たこともない貴族にとって搾取されるだけの家畜だと、貴族は強奪する獣であると。


 翌日、彼は家を飛び出した。自分は家畜であるという事への強い拒絶感ともう両親と兄を家族だと思う事が出来なかったからだ。


 その後、たどり着いた町でギルバートは必死に生きた。

 盗みもした。時には人も殺した。殺すことに慣れた頃…彼は周辺で一大勢力を誇る盗賊団の頭になっていた。

 再会した時の姉妹は…もう壊れていた。故郷も彼が逃げた三年後に賊によって壊滅した。

 彼にとっての家族はいなくなった。


 そしていつしか彼は、搾取される家畜側から、強奪する獣側へとなっていた。


 ――――


「頭、そろそろ時間です。」


 イズールの声にギルバートは我に戻る。


「よし! 一斉にかかれ!」


 銅鑼どらが一度鳴らされる。

 その音をきっかけに五十人が一斉に馬車に向かって攻撃を始める。


(なんだ? あの空中の水の塊は?)


 ギルバートは気づく、焚火の上に幾つもの水らしき塊が浮いていることに。

 魔法の心得が無いギルバートではあるが、彼が知る中ではウォーターボールという水の塊を飛ばして相手にぶつける魔法があったはずだ。


(ちっ、中に魔法使いがいやがったか。だがウォーターボール程度であれば盾で十分防げたはず)


「野郎ども! 気を付けろ! ウォーターボールによる攻撃の可能性がある! 盾で防げ!」


 ギルバートは大声で部下に指示を出す。

 少し計算が狂ったが大勢への影響はないだろう。


 そして、浮いていた水の塊の一つがこちらに向かってくる……見た事もない速さで……


(なっ!)


 その速さに目が追い付かない間に自分の左横を通り過ぎる。


 〈ドサリ〉


 左後方、イズールがいるあたりから何かが地面に落ちる音が聞こえた。


「イズール! 無事だろぅ……」


 ギルバートは最後まで声を出すことが出来なかった。

 そこにはイズールが膝をついた姿でいた。だがそれが、イズールなのか一瞬わからなかった。


 確かにそれはイズールであろう。ただ首から上が何もない空間だった。

 イズールの頭は十mほど後方に落ちていた。


 時間が追い付いたかのようにイズールの体が前のめりに倒れこむ。

 そして首の切断部から思い出したかのように赤い液体があふれ出してくる。


 それはイズールが無事ではないことを意味していた。

 当たり前だ、頭が無くなって生きることが出来る人間など聞いた事もない。


 そしてイズールに起こった光景と同様の事が馬車を中心として始まる。

 それは部下たちの命の灯が次々と消えていくことを意味していた。


「なんなんだ……一体何なんだこれはぁぁぁああ!!」


 ギルバートには理解できない。理解できるはずもない。

 ただの水の塊のはずだった……彼の知る知識では十分に盾で防げるはずの……


 だが現実は、目で追う事が出来ないほどのスピードで水の矢が、部下たちの首を綺麗に貫き、その衝撃に頭が後ろに大きく吹き飛んでいくさまだった。


「くそ、なんなんだ、俺は、俺たちは悪魔にでも遭ったのか。」


 自分たちは奪う側のはずだった。なのにどうだ。

 今は奪われまいと逃げまどい、それでも水の獣に追いつかれ命を散らす側になっている。


「嫌だ、俺は奪う側になるんだ。俺は……」


 ギルバードが最期に見たのは自分に向かってくる生命いのち持たぬ水の獣であった。


 ――――


「ふぅ、これで全部かな?」


 エルは一息つく。

 低級魔法相当の魔力消費しかないウォーターアローだけれど、流石に五十個も同時に制御すると待機中も魔力を消費するため、かなり消耗している。


 ただ、待機制御しようと思えばできることが分かったのは大きな成果だった。


 野営地に着いた時点で、エルがサーチャーを使用して索敵したことでギルバートたちに囲まれていることは分かっていた。


 バインズ先生に人数を伝えたところ、敵の数的にこちら側の警護隊への被害は免れられないだろうという結論だった。


 なのでエルから提案したのだ、まずは襲ってきたと同時にウォーターアローによるけん制にて敵を混乱させ各個撃破する。と


 バインズ先生も最初は渋ったものの、想定被害とこれからの警護体制など総合的に見て僕の作戦を採用してくれた。


 ただ、この近くの村民で警戒しているだけという可能性があるので相手が敵対行動を行うまでは待つようにと言われたので五十個の水鏃は空中に待機させておいた。


 もし本当に村民であれば魔力の無駄遣いになるけれど、それはそれでよかったね。になる。

 実際には予想通り盗賊による襲撃だったわけで。


 僕としても流石に最初から武器を使っての殺生に抵抗感があったから魔法でけりがついたのは良かった。

 現に、そこらじゅうに遺体が転がっているけれどそこまでの嫌悪感は少ない。


「しかし……なるほど……バインズ先生の言う通りウォーターアローは対人としては殺傷能力が高すぎるな……」


 いままでモンスターにしか使用してないから分かりにくかったけれど人間は想像していたよりも脆い。

 急所である首をピンポイントに狙ったからと言うのもあるだろうけど。

 やっぱり、訓練などでは使用できない。


「しかしお前だけで全滅させるとは流石に予想していなかったぞ」


 僕の傍に近づいてきたバインズ先生に呆れられながら声を掛けられる。

 バインズ先生自身は、僕の魔法による混乱に乗じて盗賊を倒す予定だったのに何もしないまま終わったことになる。


「流石に僕も予想外でしたよ。……いやぁ人間ってウォーターアローの速度だと避けられないんですね」

「ある程度場数を踏んだ騎士や傭兵ならいざ知らず。平民崩れの盗賊では無理だろう」

「あとは、ウォーターアローの殺傷能力の高さに少し驚きです。バインズ先生の言うように学校では封印ですね」


「まぁ、それがわかっただけ善しとするか。さて、しかしこの死体の数はどうするかな?」


 確かに、五十人分の遺体が転がっている様は異様である。

 ここは旅人にとっての主ルートだから放置したままというわけにもいかない。

 遺体がモンスターを呼び寄せる可能性もあるからだ。


「魔力を大分消費したので今すぐは無理ですが、火葬しますか?」

「……そうだな。では警備隊の連中にも手伝ってもらって一か所に集めるから後で焼いてくれるか?」

「はい、了解です」


 そういって、バインズ先生は警備隊の所へ向かう。

 それに入れ替わるようにベルが僕の所に来る。


「エル様、怪我や体調が悪いところは本当にないですか?」

「うん、さすがに制御で魔力を大分消費したけどそれ以外は問題ないよ」

「よかった。あまり無理はしないでくださいね。……それに……」


「……? ベル?」

「一つだけ我儘わがままを言わせてください。

 どうか人を殺すことに慣れないでください。どうしようもない事があるのは分かっています。でも……」


 そう言ってうつむくベルの頭に優しく手を乗せる。


「わかってるよベル。人を殺すのに良いも悪いもないかもしれないけれど。

 できるだけ、そうならなくて済む様に努力するよ。……さて戻ろうか。疲れたから何か温かい飲み物でも作ってほしいな」


 そういう僕に、ベルは笑い返す。


「はい、エル様の好きなアウトリア産のお茶の準備をしますね」

「あー、バルクスのお茶が飲めるのか。嬉しいなぁ」


 喜ぶ僕にベルはクスクス笑う。

 そして二人でバインズ先生と警備隊の人たちがいる方へ戻っていく。


 ――後日、伯領全土に「黒衣の鴉」が壊滅したことが発表される。

 その布令には、『壊滅原因は不明』とも併記されていた――

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